アメリカ製の大型SUVとして確固たる地位を確立した「ハマー」。源流はアメリカ軍採用の「ハンヴィー」なのですが、実はこのふたつの名前には明確な使用基準が存在します。
第2次世界大戦において大量に使用された小型4WD(四輪駆動)車である「ジープ」は、その設計の優秀さゆえに、その後、軍用4WD車の代名詞にまでなっていますが、その現代版ともいえる車両のひとつに「ハンヴィー(HMMWV)」があります。
米軍は「ハンヴィー」を約20万台使用するが、現在の主流は装甲ボディに新型エンジンを搭載した改良型(画像:AM General)。
「HMMWV」とは、「High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle」の各単語の頭文字をつなぎ合わせて作った略語で、直訳すると「高機動多用途装輪車両」となります。この名前、実は計画名で、アメリカ陸軍が新型支援車両を開発しようとした高機動多用途装輪車両プロジェクトの計画名称が、そのまま愛称になってしまったものなのです。
開発計画自体は1970年代後半から始まっており、この時「ジープ」だけでなく、ワンランク上の様々な支援車両も包含した複数装備の統合後継として計画されたため、従来の「ジープ」と比べて大きなボディサイズを持つことになりました。
最初のコンペでクライスラー、テレダイン・コンチネンタル社、AMゼネラル社のアメリカ企業3社に絞られ、1982(昭和57)年5月までに各々11台ずつ試作車を陸軍に納入。約1年にわたる試験の後、AMゼネラル社のプランが採用され、制式採用されました。
この時AMゼネラル社は、事前に愛称として「ハマー(HUMMER)」を商標登録していたのですが、開発中からアメリカ陸軍内ではプロジェクトの略称である「HMMWV」を「ハンヴィー」と呼称していたため、こちらの方が一般的となってしまい、その結果メーカーも「ハンヴィー」という呼び方を使うようになったのです。
このように当初は「ハマー」という名称は使われることはなかったのですが、1990年代に軍用に由来する武骨さや知名度、高い悪路走破性に興味を持った民間人からの市販化を要望する声に押されて、民間型をリリースする際に商品名(ブランド名)として使用されることとなりました。
そして1992(平成4)年6月に、「ハンヴィー」にエアコンを搭載し、シートなどを改良して市販車仕様としたタイプを「ハマー」として限定販売したところ、非常に好評だったため、同年10月より一般販売がスタートしました。

民間型の「ハマーH2」。シボレー「タホ」がベース(画像:Artem Konovalov/123RF)。
こうしてAMゼネラル社では1992(平成4)年以降、軍用を「ハンヴィー」、民間仕様を「ハマー」として納入/販売していましたが、1999(平成11)年、AMゼネラル社は経営悪化により「ハマー」ブランドの使用権利をGM(ゼネラル・モーターズ)に売却、以後「ハマー」の商標使用はGMが行うこととなりました。
そのため、これより後は「ハンヴィー」はAMゼネラル社が、「ハマー」はGMがそれぞれ管理・使用することとなり、この時、GMによって「ハマー」の名称は「ハマーH1」に改められています。
ちなみにこの時、「ハマー」の名称を用いた新型車はGMの工場ではなく、AMゼネラル社の工場で生産することと規定していたため、2002(平成14)年に発売された「ハマーH2」については、市販車のコンポーネントを流用し外観のデザインを「ハンヴィー」らしく仕立ているものの、AMゼネラル社のミシャワカ工場で生産されていました。
「ハマーH1」「H2」の人気によりブランドとしても確立した「ハマー」は、GMにとっても重要な存在となり、2006(平成18)年にはユーザーの声を聞き入れて、コンパクトな「ハマーH3」をリリースしました。
その一方、燃費が悪く新たな排ガス規制にも対応が難しくなった「H1」は販売を終了することとなり、これにより2006年以降、「ハンヴィー」と「ハマー」の血縁関係は途切れることとなります。
しかし、「ハマー」ブランドの幕切れは唐突に訪れました。2009(平成21)年6月に商標使用権を有していたGMが倒産、これによりGM傘下の自動車ブランドは整理されることとなり、2010(平成22)年に「ハマーH2」と「H3」の販売は終了、「ハマー」は廃止されてしまいました。
こうして、いまや「ハマーH2」と「H3」の生産は行われていませんが、「H1」の原型となった「ハンヴィー」だけは軍用として納入が続けられているため、AMゼネラル社で生産されているのです。

AMゼネラル社ミシャワカ工場における「ハンヴィー」の生産ライン(画像:AM General)。
AMゼネラル社は現在もアメリカのマックアンドリューズ&フォーブスグループの一員として存続しており、継続的にアメリカ陸軍をはじめとして各国軍に「ハンヴィー」を納入しています。
派生型や改良型は40種類以上もあり、総生産量は約30万台、敵対勢力による鹵獲再使用を含め世界50か国以上で使用されるまでに至っています。
また似たような外観・性能の車両がロシアや中国、フランス、日本をはじめとして世界中で開発生産されており、「ハマー」ブランドはなくなってしまいましたが、源流の「ハンヴィー」は軍用4WD車における事実上の世界標準(グローバル・スタンダード)となったとの見方もあります。
このように、「ハマー」の名は途切れてしまいましたが、「ハンヴィー」はいまも現役であり続けているのです。