記録的豪雨をもたらした台風19号。首都圏を流れる荒川にも氾濫が迫りましたが、「荒川下流で氾濫の危険性が高い地点」と指摘されてきた京成本線荒川橋梁も危機を乗り越えました。
2019年10月12日(土)に伊豆半島へ上陸し、関東甲信越、東北地方に歴史的水害をもたらした台風19号。各地で河川の氾濫が相次ぎ、首都圏を流れる荒川にも氾濫が迫りました。
京成本線の荒川橋梁(京成関屋~堀切菖蒲園)。台風19号が上陸した翌日16時頃の様子(2019年10月13日、内田宗治撮影)。
台風一過となった翌日、従来から「荒川下流で氾濫の危険性が高い地点」と関係者のあいだで心配されていた京成本線の荒川橋梁(京成関屋~堀切菖蒲園間。足立区、葛飾区)へと取材に向かいました。
危険性が高い理由は、荒川堤防を京成本線の線路が横切る部分だけ、堤防が3.7メートル低いためです。連なる堤防に線路部分だけ低い段差ができている形です。
訪れたときは、前夜の台風上陸から約20時間たっていましたが、堤防を水が越えるまであと3メートルから5メートルという状況です。堆積物の痕跡などから、あと2メートルから3メートルで越流にまで迫っていた様子が見てとれました(あくまで目測です)。周囲には土嚢も積まれ、緊迫感が依然として漂ってもいました。
なぜこの部分の堤防が低いのでしょうか。
この橋梁の竣工が1931(昭和6)年。その後、1970(昭和45)年代までのあいだに東京下町一帯が、工業用地下水の汲み上げや天然ガス(メタン)採取などにより地盤沈下し、広範囲のゼロメートル地帯、すなわち海水面より低い地域が発生しました。この橋梁部分でも3.4メートルの地盤沈下が観測されています。
地盤が沈んでも川の水面の標高はさほど変わりません。そのため堤防は川に対して相対的に低くなってしまいました。
対策として一帯の堤防をかさ上げしても、橋梁と線路が堤防を通り抜けている部分は、簡単にはかさ上げできません。そのためこの部分が低いままで、現在は橋梁架替え工事の用地買収が進められている段階です。

京成本線の荒川橋梁。線路が横切る部分だけ低くなっているのが分かる(2019年10月13日、内田宗治撮影)。
地盤沈下はとくに荒川沿岸で激しいものでした。荒川の舟運を利用できるために、荒川沿いにかつて工場が多数立地したためといわれています。
顕著な例はJR総武線沿線です。平井~新小岩間で渡る荒川の前後、錦糸町駅は標高0メートル、亀戸駅は同マイナス1メートル、平井駅は同マイナス2.5メートル、新小岩駅は同0メートルと、軒並み標高0メートル以下の駅が続きます(この区間の線路は大半が高架なので、線路ではなく地表の標高。駅前広場の標高ともいえます)。
油断大敵、台風19号では氾濫をまぬがれた荒川だが…荒川を渡る鉄道の橋梁を、下流から順に挙げてみます。
・JR京葉線:新木場~葛西臨海公園間
・東京メトロ東西線~南砂町~西葛西間
・都営地下鉄新宿線:東大島~船堀間
・JR総武線:平井~新小岩間
・京成押上線:八広~四ツ木間
・京成本線:京成関屋~堀切菖蒲園間
・東武伊勢崎線:北千住~小菅間
・JR常磐線:北千住~綾瀬間
・つくばエクスプレス:北千住~青井間
このあたりまでが、いわゆるゼロメートル地帯です。

平時における京成本線の荒川橋梁(2019年9月17日、内田宗治撮影)。
京成本線より地盤沈下の激しかったのが、京成押上線の荒川橋梁です。かつては水面と橋桁のあいだの高さが低く、船が橋桁にぶつかった事故もありました。ですが2002(平成14)年に架替えが完了しました。
またJR総武線の荒川橋梁も、周辺区間の線路増設が行われた1972(昭和47)年に架替えが行われています。
東京メトロ東西線と都営地下鉄新宿線も地盤沈下の激しい地点で荒川を渡りますが、これらの区間は1970年代後半以後の開通なので、地盤沈下もおさまり、橋梁もある程度高い位置に作られています。北千住を出て荒川を渡る常磐線などもその後、改修がなされているようです。
今回の台風19号で、荒川は埼玉県熊谷市付近などで水位が上昇し、避難勧告の目安となる氾濫危険水位に到達しています。また荒川の下流にあたる東京都江戸川区の一部では、浸水の恐れがある約20万世帯に避難勧告が出されています。
各地で被災された方々にはお見舞い申し上げます。ただし荒川は幸いにも(もしかしてぎりぎりの所で)氾濫をまぬがれました。氾濫した場合、最悪のケースでは都内23区の三分の一にも及ぶエリアが浸水すると想定されています。
なお、東急田園都市線の二子玉川駅付近で多摩川の流れが堤防を越え浸水被害を出したことは、盛んに報道されたとおりです。念のため付け加えれば、この原因は、東急田園都市線が横切る地点の堤防の高さが低いということではありません。橋梁はかなり高い地点に設けられています。
また、線路が横切る地点の堤防が低くなっている例はこのほかの場所でも見られますが、京成本線の荒川橋梁のように地盤沈下が理由とは限りません。