戦車砲の照準もいまやコンピューター制御があたりまえの時代ですが、それでも陸上自衛隊では、競技会などを通して隊員の射撃技量向上に努めています。どのあたりに、人間の介入する余地があるのでしょうか。

北海道の大地を揺らした戦車射撃競技会

 砲の照準がコンピューター制御された戦車を用いて射撃競技会を実施するのには、どのような意味や目的があるのでしょうか。

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北海道各地に配備された陸上自衛隊戦車部隊が射撃の技を競う、2019年の「北部方面隊戦車射撃競技会」にて。47個小隊、約190両の戦車が一堂に会した(稲葉義泰撮影)。

 2019年10月28日(月)から11月3日(日)にかけ、北海道札幌市や恵庭市などにまたがる日本最大級の演習場である「北海道大演習場」において、「陸上自衛隊北部方面隊戦車射撃競技会」が開催されました。

 この競技会は、北海道の防衛を担当する北部方面隊の戦車部隊が一堂に会し、射撃の腕を競い合うものです。4両1チームという小隊編成で、各部隊から合計約190両もの戦車が参加する、広大な演習場と戦車部隊を擁した北海道ならではのスケールといえ、まさに圧巻のひと言です。

 射撃競技会の全体的な流れは次の通りです。まず4両の戦車が会場に進入し、それから一度バックして、小隊内の2両が小さな丘の稜線へと上り、残りの2両はその下で待機します。次に稜線の2両が丘から砲塔だけを出し、約3km離れた標的に対して2発、射撃します。それから稜線を降りて下の2両と合流、4両が標的に対して並行に一列に並んでコースを進みつつ、砲塔を進行方向から90度右に向けて射撃します。さらにそこから車体を90度右に方向転換して横一列になり前進し、約3km以内の場所へランダムに出現する複数の静止・移動標的を捜索、小隊長の指揮の下で射撃していきます。

ハイテク戦車でも百発百中とはいかないワケ

 射撃競技会に参加したのは陸上自衛隊の90式戦車と10式戦車で、そのうち90式の部門が報道公開されました。

 1990(平成2)年に制式化された90式戦車は、北海道以外では静岡県御殿場市の駒門駐屯地に所在する機甲教導連隊と、茨城県の陸上自衛隊武器学校にしか配備されておらず、本州では見ることもまれな戦車ですが、陸上自衛隊の現役戦車全体では最も配備数の多い戦車でもあります。

ハイテク戦車でも乗員の技量が問われるのはなぜ? 陸自戦車射撃競技会に見るその理由

競技は4両ひと組の小隊単位で競われる。写真左に見えるのは90式戦車回収車、90式戦車の整備支援や、万が一のトラブルに備える(稲葉義泰撮影)。

 90式戦車は、自動装てん装置の採用により装てん手が不要となったため、乗員数が従来の4名から3名へと省人化されたほか、高度な射撃管制装置とコンピューターなどを搭載したことにより、移動しながらでも目標に正確に砲弾を叩き込める性能を有しています。その性能を活かして、例年8月に富士山のふもとで開催される「富士総合火力演習(総火演)」では毎回、見事な射撃を披露しています。しかし、今回取材した射撃競技会では、標的にわずかな差で命中しない、あるいは大きく標的を外してしまうという光景を筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は時折、目にしました。なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか。

 まず、今回の射撃競技会は戦車と標的との距離が非常に離れており、当然、「距離」は射撃にとって大きな障害となります。距離があれば、戦車が射撃する位置と着弾地点とのあいだで、風向きや気温が当然、変わります。もちろん、90式戦車には風向きなどを計測する風向センサーが装備されていますが、これはあくまで搭載車両周辺の計測を行うもので、遠く離れた目標周辺の風向きなどは計測できません。そのため、遠距離の標的に対して射撃すること自体が非常に難しい作業なのです。

大切なのはチームワーク

 さらに、射撃競技会では標的の出現するタイミングが完全にランダムで、レールの上を移動する標的まであります。

距離が離れており、かつランダムに出現する標的を移動しながら正確に撃ち抜くというのは、いくら優秀な射撃管制装置などが搭載されているとはいえ、操る乗員に大変な技量が要求されるわけです。

ハイテク戦車でも乗員の技量が問われるのはなぜ? 陸自戦車射撃競技会に見るその理由

90式戦車の主砲は44口径120mm滑腔砲。砲弾は10式戦車でも使用できる(稲葉義泰撮影)。

 もちろん、90式戦車の性能は非常に優秀で、それはこれまでも十二分に証明されています。つまり、射撃競技会で重要なのは、この優秀な戦車を「いかにチームとして使いこなせるか」ということなのではないかと筆者は感じました。

 たとえば、ある小隊は小隊長の号令と共に射撃する瞬間、操縦手が窪地を前に車両を少々減速させ、一瞬、砲身が安定した瞬間に砲手が射撃、見事標的に命中させていました。戦車は個々に単独で動いているわけではなく、小隊長の指揮のもとにチームとして動いています。そして、車内でも車長、砲手、操縦手が連携して戦車を操ります。こうした小隊内、そして車内でのチームワークこそが、90式戦車の性能をフル活用するひとつのカギなのではないかと考えられます。

 いくら技術が進歩したとはいえ、それを操るのは人間です。人間がシステムを使いこなせなければ、その性能をいかんなく発揮することはできないでしょう。

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