「バレンタイン」といえば、ミリタリー的にはイギリス製戦車が挙がります。そもそも、バレンタインデーが名前の由来という説も。

WW2期のこの戦車をイギリスは、作りすぎた義理チョコのようにソ連へ押し付けています。しかも有料でした。

バレンタインといえばチョコより戦車 乗りもの的に考えて

 2月14日はバレンタインデーです。日本で「バレンタイン」といえば、世間一般的にはこの日のことをイメージするでしょうが、ミリタリーに関する会話の場合だと話が変わります。バレンタインといえば「バレンタイン歩兵戦車」です。

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イギリスのボービントン戦車博物館に動態保存されているバレンタイン歩兵戦車(画像:柘植優介撮影)。

「バレンタイン歩兵戦車」とは、第2次世界大戦中にイギリス軍が運用した戦車です。さてこの戦車ですが、なんと名前の由来が本当にバレンタインデーから来ているという説があります。

 同戦車の名前の由来には複数説が存在するのですが、そのひとつが、同戦車の計画書が2月14日に陸軍省へ提出されたというものです。本国でも人気のある説らしいですが、否定する資料もあるそうで、真相はわかりません。

 ほかの有力な説には、同戦車を開発したヴィッカース・アームストロング社にて、戦車開発に尽力したジョン・バレンタイン・カーデンから取ったという人名由来説や、単純に、社内で同戦車を開発しているときのコードネームがバレンタインだったというものもあるそうです。

バレンタイン歩兵戦車の「歩兵戦車」はなにを意味するの?

 バレンタイン歩兵戦車の初陣は、1941(昭和16)年11月頃の北アフリカ戦線だったといわれています。

なお「歩兵戦車」という呼称は、当時のイギリス軍が考えた、戦闘での役割を表すもので、分厚い装甲で対戦車砲やほかの火砲の直接射撃などに耐えて、歩兵と共に敵陣地や塹壕を突破することを想定した戦車、といった意味合いです。装甲的には、他国基準だと重戦車にあたります。

 この「歩兵戦車」という分類が曲者で、バレンタイン歩兵戦車は新兵器として配備されたものの、初期のモデルは既存のイギリス軍歩兵戦車が抱えていた問題を引きずっていました。“歩兵”を支援する目的の“戦車”でありながら、徹甲弾しか使えなかったことです。

 一般的に戦車が撃つ砲弾は大きくふたつに分類され、敵戦車や分厚い装甲の車両などに対し使用する、貫くタイプの「徹甲弾」と、敵陣地や砲座、銃座などに向けて使用する、炸裂するタイプの「りゅう弾」とがあります。細かい説明は割愛しますが、敵歩兵などの小さい目標に向けて撃つには徹甲弾は不向きで、歩兵を支援する戦車としては必ずしも満足といえる性能ではなかったようです。

 ただ、当時のドイツ中戦車とは、状況によっては互角以上の戦いもでき、同じ歩兵戦車でさらに鈍重な「マチルダII」よりは使い勝手がいいと、北アフリカ戦線ではマチルダIIにかわる形で、同戦車が歩兵戦車の主力になります。

作りすぎたバレンタイン歩兵戦車 せっかくなのでソ連に輸出

 バレンタイン歩兵戦車は、第2次世界大戦においてイギリス軍がドイツ軍にヨーロッパで追い詰められ、ダンケルクから命からがら撤退してきた直後の戦車不足の時代に、急ピッチで作られたものです。生産性が高い構造だったようで、すぐに量産体制ができ上がり、カナダでも生産されていました。

 しかしそののち、徐々にアメリカからアメリカ製戦車が手に入るようになると、バレンタイン歩兵戦車は余剰が目立ってくるようになります。そこで、イギリスはこの余った同戦車を、イラン経由でソビエト連邦へ輸出(レンドリース)することにします。

 これだけだと、ソ連にいらない物を押し付けたような話になりますが、決してそうではありません。

ちゃんと役に立ちました。

「バレンタイン」と呼ばれる戦車 英がソに押しつけ?チョコならぬ余り物バレンタイン

コーカサス地方はバクーなど原油や天然ガス、鉄鉱石などの資源が豊かな地域。スターリングラードは現在のヴォルゴグラード(国土地理院の地図を加工)。

 1942(昭和17)年6月から、ドイツ軍がカスピ海周辺の油田を狙ってコーカサス方面を攻めた際は、同地においてソ連守備部隊が運用する戦車の40%以上が、バレンタイン歩兵戦車やアメリカ製の戦車でした。T-34などのソ連戦車はスターリングラード方面に展開していたためです。特にバレンタイン歩兵戦車は、ソ連戦車と同じくディーゼルエンジン採用車だったため運用しやすく、戦争が終わるまで主力の補助や偵察任務などに使用されたようです。

 バレンタイン歩兵戦車はバリエーションを全て含めると、7000両以上が生産されています。これは、第2次世界大戦期におけるイギリス軍戦車としては最多の生産量です。不遇な扱いを受けることもあったものの、アメリカでいえばシャーマン中戦車、ソ連ではT-34にあたるのが同戦車だったわけです。

 ちなみに、バレンタインデーにチョコを贈る風習のルーツは、イギリスともいわれています。ソ連に渡したバレンタイン歩兵戦車がチョコ(茶)色だったかどうかは定かではありませんが、ともあれ「余ってた」というわりに有料だったそうです。

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