全国の主要駅などで「バスタ新宿」のような高速バスターミナルの新設計画が相次ぎ、国もそれを後押ししています。しかし、新設ターミナルのなかには、利用者や事業者にとって「使い勝手が悪い」例も存在するなど、課題も山積しています。
全国で新しいバスターミナル(以下、BT)の開業や計画発表が相次いでいます。その背景、そして課題を見ていきます。
2020年2月現在、建設中のBTは、羽田空港内に2020年春開業予定の「羽田エアポートガーデンバスターミナル」、同年6月開業予定の「さいたま新都心バスターミナル」、2022年から順次開業予定の東京駅八重洲口再開発地区BTなどがあります。最近では2018年に福岡市で「HEARTSバスステーション博多」が、2019年に熊本市で「桜町バスターミナル」が開業しているほか、構想中のものも仙台市、東京都、新潟市、神戸市など各地に存在します。
高速バスが列をなす「バスタ新宿」前。交通シミュレーションに基づき信号サイクルが制御され、渋滞が抑制されている(2019年12月、中島洋平撮影)。
そのきっかけのひとつは、2016年に「バスタ新宿」の愛称で知られる「新宿高速バスターミナル」が開業し、これが大きな話題になったことです。同BTは、国道整備の一環として国が建設し、分散していた新宿地区の高速バス停留所を集約したものです。
国の制度もBT建設を後押ししています。都市再開発事業において、BTのような公共施設の設置などにより、特例として規制が緩和され、より高層のビルを建設することが認められます。東京駅前に建設中のBTは、この制度を活用した事例です。また、インバウンド(訪日外国人)受け入れ機運の高まりも、BTの新設ラッシュに貢献しています。
こうした流れを受け2020年2月4日(火)、国や自治体が設置、管理するBTなどについて、その運営権を民間に売却する「コンセッション方式」を盛り込んだ道路法改正案が閣議決定されました。これは空港民営化などにおいて活用されている手法で、民間企業が権利を取得してBTを運営し、バス事業者から受け取るBT使用料(入線料)などの収入を得る仕組みです。
国や自治体は、BTを整備しても自ら運営することはできません。また「バスタ新宿」は国が「道路付属物」として整備したものですが、この場合は売店など商業施設の展開に制約があります。運営を民間に任せることにより、駅前や国道沿いといった条件が揃った公有地をBTとして活用しやすくなることが期待されています。
新設バスターミナル「使い勝手の悪さ」も目立つ開発用地が限られる都市部において公的なBTの整備が進むことは、バス業界としてはありがたい話です。一方で、課題もあります。その最たるものは、ニーズを踏まえずに施設の設計が先行し、使い勝手の悪い施設ができるケースが見られることです。
筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)は、BT新設に関するコンサルティングを業務として受託していますが、多くの場合、施設の基本的な設計図ができ上がってから、館内の案内サインやスタッフのオペレーションについてご相談をいただきます。しかし、そのタイミングではすでに、窓口の位置やトイレの面積などを変更することもできないのです。
もっとも、よく話を聞いてみると、地元のバス事業者が以前から意見を求められていたのに、保守的な社風が災いし何も主張していなかった、という例もあります。逆に、構想段階からバス事業者や筆者が関与し、乗り入れが見込まれる路線の特徴や、現場のオペレーションを具体的に想像しながら図面を作り上げているBTもあります。

「バスタ新宿」の空港線乗り場。屋外に長い列ができる(2018年5月、成定竜一撮影)。
ちなみに、「バスタ新宿」の図面を見た筆者の第一印象は「これはBTではなく、駅前広場だ」というものでした。屋内の待合室はありますが、乗車バース(バスターミナル内のひとつひとつの乗降場を意味する言葉)の多くは屋外です。
高速バスは座席指定制の便もあれば、便のみを指定する先着順乗車制をとるケースなどもありますが、特に羽田・成田空港線は後者のため、バースに並んで待ってもらう必要があります。「バスタ新宿」ではこれら空港線に、運用の都合上、屋外バースを当てがうしかありませんでした。海外出張のビジネスパーソンが、暑さ寒さのなか立って並ぶ姿はなんとも違和感があります。
さらに、「バスタ新宿」では、周辺に複数点在したバス停留場を1か所に集約した副作用として、バスの発着が特定のルートに集中し渋滞の原因となり、開業後に一部の便のルートを変更せざるを得ませんでした。
バスターミナルの需要予測にズレ 忘れられがちな「着地型ツアー」の重要性BT計画に際しての正しい需要予測も課題です。前述のとおり、BT新設ラッシュの理由のひとつに、インバウンド受け入れ機運の高まりがあります。
インバウンドと聞くと多くの人がバスを連想するようですが、ここで連想される「バス」とは、中国などの旅行会社によるツアーで利用される貸切バスのことです。団体ツアーの貸切バスは、空港の駐車場で一行を乗せたあとは観光地や宿泊施設に直行するので、都心や駅前のBTを使いません。
しかも、旅慣れた外国人リピーターが増え、また政府が個人観光ビザの発給要件を緩和していることから、インバウンドは急速にFIT(個人自由旅行)へシフトし、団体ツアー市場は縮小しています。さらに2020年2月現在、「新型コロナウィルス」の影響で中国発の団体ツアーは中国側が禁止している状況です。

高山濃飛バスセンター。外国人旅行者の高速バス利用者が多く、続行便も多い(2016年10月、成定竜一撮影)。
その代わりに増加が見込まれるのが、FITを対象とした「着地型ツアー」です。旅先で参加する、日帰りから1泊程度のバスツアーなどのことです。外国人旅行者は空港などから貸切バスで直行するのではなく、公共交通などにより個人で旅行し、一部の日は、現地でこのようなツアーに参加するのです。
停留所やBTでしか乗降できない高速バスと違い、ツアー用のバスは公道で乗降できることから、その存在はBTの計画上、忘れられがちです。しかし、旅行会社のスタッフが参加者名簿を元に乗車受付をする必要があり、規模が大きくなると歩道を占拠しかねず、地区によってはBTに集約する方が合理的です。
「インバウンドに需要のある行先」もバスターミナルごとに違う2020年現在、こうしたFITの増加を受け、都心のBTから、富士五湖や岐阜県の飛騨高山といったFITに人気の周遊型観光地や、御殿場など近郊のアウトレットモールへ向かう高速バスが好調です。
その一方、国際空港から観光地へ直行する高速バスについては、北海道のニセコ、長野の白馬、沖縄の本部(もとぶ)半島など滞在型リゾート地への路線に需要があるものの、飛騨高山のような周遊型観光地への直行便は不調、というようにFITの影響は立地によっても様々です。

建設中のさいたま新都心バスターミナル(2020年1月、成定竜一撮影)。
また、着地型ツアー、観光地向けの高速バス、都市間の高速バス(昼行、夜行)といった商品によっても、必要とされるBTの設備や発着の多い時間帯が異なるので、それらにうまく対応できるよう施設を設計することが求められます。乗客案内や車両誘導のスタッフを手厚く配置し、限られた面積で1台でも多く発着できるようにするか、逆に人手をかけずローコスト運営を目指すかという戦略も、地域や立地によって変わります。
BT新設とは、単に「ハコ」を用意することではありません。現在の、そして将来の利用者ニーズを把握し、それに応えるために「ハコ」に魂を入れるプロセスなのです。