東京都港区で、一見すると博物館のような消防署が現役で使われています。戦艦「三笠」をモチーフにしたというこの建物は、解体を免れ、昭和初期の「ドイツ表現主義」の意匠をいまに伝えています。

太平洋戦争を生き抜いた消防署

 山手線の新駅「高輪ゲートウェイ駅」から徒歩10分弱の高台に、かなり年季が入ったたたずまいの消防署があります。東京消防庁の高輪消防署二本榎出張所。築年数でもうすぐ米寿(88歳)を迎える建物です。

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東京消防庁高輪消防署二本榎出張所の外観(2020年7月、柘植優介撮影)。

 もともと二本榎出張所は、高輪消防署そのものでした。もともと1908(明治41)年、内務省警視局(現在の警視庁)消防本署の第二消防署二本榎派出所として発足し、四半世紀を経た1933(昭和8)年に、現在の建物へ建て替えられ、高輪消防署へと昇格します。

 設計に際しては、当時横須賀で記念艦として保存されていた旧日本海軍の戦艦「三笠」の外観が建物の意匠に反映されました。

 二本榎出張所の道路を挟んだ向かいには、現在も警視庁の高輪警察署があります。当時、このふたつの建物は対になるようにデザインされ、警察署は「三笠」の操舵室を、高輪消防署、すなわち現在の二本榎出張所は「三笠」の船尾をイメージしてデザインされました。

 高輪警察署は1977(昭和52)年に建て替えられましたが、高輪消防署(二本榎出張所)は取り壊されることなく現在に至ります。しかし、過去には解体される計画もありました。

「ドイツ表現主義」をいまに伝える天井 海も見えた火の見やぐら

 旧高輪消防署である二本榎出張所は、建設から30年以上が経過すると手狭になり、設備の老朽化も進みました。

そこで移転が計画され、1984(昭和59)年、港区白金2丁目に現在の高輪消防署が新たに建てられると、消防署の本署機能はそちらに移され、古くなった建物は取り壊しの話が出ました。

戦艦「三笠」がモチーフ!? 戦前の「現役」消防署に潜入 高輪のシンボルになったワケ

建物3階の円形講堂の天井。放射状の8本の梁と10個のアーチ窓で構成された「ドイツ表現主義」のデザインなのが特徴(2020年7月、柘植優介撮影)。

 それに対し、周辺住民や建築学会などから反対の声が上がったことで、解体は取り止めとなり「高輪消防署二本榎出張所」として保存が決まります。2010(平成22)年には「東京都選定歴史的建造物」に指定され、建設から80年以上経った2016年には大幅な改修工事も実施、外観がリニューアルされました。

 現地を訪れてみると、なぜここに消防署が建てられたのかよくわかります。港区高輪は高台に広がる街ですが、そのなかで最も高い場所が二本榎出張所なのです。高さは海抜25mになるそうで、1970(昭和45)年頃までは消防署の屋上から東京湾が見えたとのこと。

 周囲に高層建築などなかった昭和初期などは、東京を一望できたのでしょう。電話などの通信網が未発達だったころには、建物の上にある望楼が火災発見の重要な手段になっていたはずです。

 建物の1階は車庫や受付などがあり、2階が事務室として現在も使われています。そして3階の円形講堂は展示スペースになっており、江戸時代以降の様々な消防用具が保存展示されています。

 この3階部分は、放射状の8本の梁と10個のアーチ窓で構成されており、「ドイツ表現主義」の特徴を伝える構造として、ひとつのポイントになっているとのことです。

車庫には大戦前のボンネット消防車も展示

 昭和初期の意匠をいまに伝える二本榎出張所は、年間を通じ多数の見学者が来所するそうで、案内してくれた職員の方の話では、建物見学と合わせて火災予防などのPRの場として活用しているとのことでした。

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1階の車庫に並ぶニッサン180型消防ポンプ自動車(手前)と現役の消防車(2020年7月、柘植優介撮影)。

 しかし、東京都の歴史的建造物に選ばれているため、庁舎を補修したり改築したりする際に制約が多くあります。とはいえ手入れは行き届いており、また職員の方も案内に慣れているようでした。

 建物1階の車庫には、1945(昭和20)年から1964(昭和39)年まで実際に二本榎出張所、当時の高輪消防署で使われていたニッサン180型消防ポンプ自動車も展示されています。このレトロな消防車は、2013(平成25)年に行われた「高輪消防署開署80周年記念式典」に合わせ、新宿区四谷の消防博物館から里帰りしたものです。

 二本榎出張所の建物が解体されなかったことで、ニッサン180型消防車も展示されることになったといえるでしょう。レトロな消防署と消防車、そろって末永く保存されることを願うばかりです。

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