コロナ禍でブーム再来の「釣り」。移住やワーケーションの要素としても注目は集まるが、先んじて2018年から「地域×釣り」に取り組む自治体がある。
(アイキャッチ画像提供:タカミヤ)
コロナ禍で増える釣り人
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により人々の移動が制限され、観光業や飲食業を中心に大きな影響が出た。GoTo事業で一時回復したものの、その後の第3波、第4波の到来で、いまなお影響は続く。
一方、3密を回避できるアウトドアレジャーに注目が集まった。釣りも例外ではなく、各地の釣り場にはファミリー層を中心に多くの釣り人が訪れた。一部の釣具店では昨年夏以降で月単位の売り上げが前年比プラスになり、さらには過去最高の売り上げを記録した店舗もあったほどだ。
コロナ禍は新たな価値観や生活スタイルも生んだ。リモートワークの実施で出勤の必要がなくなり郊外に引っ越す人が増えたほか、地方都市への移住やワーケーションなどにも関心が向けられている。コロナ前から移住促進や関係人口増加に取り組む自治体は多かったが、インバウンドが見込めず観光業がダメージを受けている今、改めて国内から人を呼ぶための施策が必要になっている。
釣りいこか倶楽部の立ち上げ
北九州市は2017年、市制55周年記念事業の一環でユーチューバー「釣りよかでしょう。」を採用した動画3本を作成し公開。いずれも1週間で40万回再生(現在は600万回再生)されるなど大きな反響があったため、翌18年、九州を中心に全国で釣具量販店を展開する株式会社タカミヤ(同市)に地方創生事業への協力を要請した。これを受け、同社では釣りの振興や人口増加に寄与し、特に船釣りの敷居を下げる事業として「北九州釣りいこか倶楽部」を立ち上げた。

同事業を担当するタカミヤ・釣人創出室の黒石英孝氏は「北九州の多種多様な釣りを通して魅力を発信し観光客・宿泊客の増大を図り、最終的には定住・移住人口増につなげる計画で、市としては通過観光から滞在型へのシフトが狙いだった」と語る。
4000人以上が利用
黒石氏がまず取りかかったのは、釣りのネガティブイメージを払拭できる事業設計の立案だった。「釣りを教えてくれる人がいない」「釣れても捌き方が分からない」「釣り船の予約の仕方が分からない」など、初心者にとってハードルとなる要素を一つ一つ解決していきながら運営体制を構築した。
現在「北九州釣りいこか倶楽部」には遊漁船23隻が登録しており、予約を受け付けた運営事務局が釣り人のニーズに合わせて釣り船に斡旋している。旅行代理店、レストラン、宿泊・入浴施設とも連携しており、「釣って終わり」ではない手厚いサポートを行う。

例えば、釣り船の予約から釣具のレンタルやガイドの依頼、レストランや釣った魚の料理の手配、提携する宿泊施設の紹介まで、トータルコーディネートするケースも少なくない。予約は、サイト上の申し込みフォームのほか、電話・メール・LINEでも受け付ける。当初旅行やアクティビティの予約サイトへの掲載もしていたが、手数料負担や管理の煩雑さから、運営事務局での受け付けに一本化した。特に若年層や初心者層はLINEでの申し込みが多く、申し込み内容も様々だという。
利用者は、2018年6月の発足から2020年12月までの累計で4000人を超えた。黒石氏によると実際に運営して驚いたのは「リピート率の高さ」。全体の6割が年に3回以上利用する。10回以上利用し、今では自身で釣り船の予約をするようになった利用者もいるそうだ。
また、コロナ禍以降、女性の参加も増加しているとのことで、30~40代の子育て世代、母と子どもの2人での利用も多いという。黒石氏は「(コロナ禍で)子どももストレスが溜まっており、それを発散する場として釣りが最適だったのでは」と振り返る。

首都圏からの利用が多いが、これは魚種が豊富で魚影が濃い(魚がたくさんいる)こと、沖が荒れていても比較的穏やかな関門海峡で釣りができるため出船可能率が高いことなどが好まれているのではないかと黒石氏は分析する。特に後者については、自然を相手にする釣りとしては重要な要素だ。
コロナ禍でも利用者増
コロナ禍でも利用者は増え続け、昨年8月以降は前年比125%で推移した。緊急事態宣言中は遠方(首都圏)からの利用は皆無だったが、地元北九州を含む福岡県、山口県からの利用者が増えた。特に夏以降は、ファミリー層、初心者層が増加した。コロナ禍をきっかけに防波堤などでの手軽な釣りを楽しんだ人たちが、次のステップとして船釣りにチャレンジする傾向が見られたという。
黒石氏は「今後はファミリー向けのプランを強化し、さらに船釣りの敷居を下げたい」と語る。魚の捌き方教室とセットにし、食育・魚食の堪能のレベルを上げていくプランも作る予定だ。また、しばらくは在日外国人が対象となるが、インバウンド向けの商品造成にも着手する。
地元企業や団体とコラボも
昨年、ファミリー向けの企画として北九州アーバンサップ協会とコラボイベントを実施。午前中は小倉の街の中心を流れる紫川でSUP(スタンドアップパドルボード)を楽しむ家族と、遊漁船で釣りを楽しむ家族に分かれてそれぞれレジャーを体験し、その後合流して市内のレストランで釣った魚をみんなで食べるという企画だ。
釣魚の食べ方は刺身や焼き魚など和食のイメージが強いが、同イベントではフレンチに仕上げてもらい非日常感を演出した。母と娘はSUP、父と息子は釣りといった形での参加が多く、当初船1隻の予定が申し込み多数で3隻まで増やしたという。
地元企業や銀行が福利厚生や企業研修の一環で利用するケースも多く、地域経済界とのつながりも広がっている。
釣りは滞在型観光
北九州市は観光名所が少なく、これまでは通過型観光に甘んじていた。一方、釣りは朝が早いレジャーであり、前泊もしくは釣行後の宿泊が必要になる。また、釣った魚を店に持ち込んで食べることになれば、飲食店にも人は流れる。黒石氏は、これらの点で「滞在型の観光として『釣りいこか倶楽部』のパッケージが(地域経済に)寄与している」と話す。
「北九州釣りいこか倶楽部」について、他の自治体からの視察や問い合わせもあるという。黒石氏は、同様の事業を他の自治体でも成功させるためには「まず漁業者や港湾局との調整が大事」だと語る。漁業者と遊漁者(遊漁船)の関係性は地域により異なるが、双方が納得できる調整が必要になる。
そして、遊漁船の船長らのモチベーションのコントロールも重要だという。「北九州釣りいこか倶楽部」では、定期的に釣り船の船長らを含むプロジェクトメンバーを集め、ミーティングを実施している。

ベテラン船長にトレンドを共有し、若い釣り人のニーズに合わせた、新しい「釣り」の開拓にもまい進する。併せて、船長のサービスシップや釣り船の清潔さに関するチェックリストを作成するなど「お客様へのサービス」の観点での改善点の指摘も忘れない。こうした細かなコミュニケーションが、サービス全体の質向上につながっているという。
釣りで地方創生を
日本では全国各地で釣れる魚種や釣り方が異なり、主として楽しまれている「釣り」は地域によって様々だ。
インバウンドの回復がいつになるか分からない中、地方創生や活性化に取り組む自治体にとって、観光資源や地域の魅力の再点検は喫緊の課題となっている。人を呼び込み、地域経済にも寄与する「釣り」が、今後の地方創生事業の重要なキーワードになるかもしれない。
<TSURINEWS編集部・船津紘秋>
The post コロナ禍で注目集まる「釣りで地域活性化」 北九州市の成功事例とは? first appeared on TSURINEWS.