『山奥の池に潜む正体不明の巨大魚を狙う』。令和の日本にもこんな心踊る釣りがまだある。
(アイキャッチ画像提供:TSURINEWSライター夏野)
大鳥池のタキタロウに挑戦
タキタロウは古来より山形県朝日連峰にある大鳥池に棲んでいると言われる伝説の巨大魚だ。古くは明治時代の文献にも登場するが、その正体については令和の世となった現在に至っても未だ解っていない。

漫画「釣りキチ三平」でも謎の魚O池のタキタロウとして描かれており、夢中になって読んだという読者も多いのではないだろうか。
タキタロウについて
冒頭で伝説の魚と紹介したが、大鳥池のある朝日地区(旧朝日村)周辺の方に話を伺うと、確かに珍しい魚だが、昔は捕まえて食していたこともあるとの事。その為、今でも色々と詳しい情報を聞くことができる。
外見
1m近い大型魚。体型はイワナに似ているが、下顎が大きく突き出していて体高が高い。体色はビール瓶のような茶褐色で、体を覆っているぬめりが凄い。
生息環境
冷水を好み、夏でも水温の低い水深30~40mの深場に生息している。過去に生態調査が行われた際、やはりこの水深で計測器に巨大な反応があったそうだ。
産卵時期
他の渓流魚と同様に秋に沢に登って産卵する。過去に捕獲された魚体はこの時期に沢付近で網を使って捕らえたものとの事。
食味
脂が乗っていて非常に美味。イワナとは全く違う味で「タキタロウはタキタロウ」との事(羨ましい、一度食べてみたい)。
タキタロウ館
また大鳥地区にはタキタロウに関する様々な資料や大鳥池で捕獲された大型魚の剥製や魚拓、ホルマリン漬けなどが展示されたタキタロウ館がある。ここに立ち寄ってタキタロウの正体についてあれこれ想像を膨らませるのも楽しいのでおススメだ。
大鳥池について
大鳥池は朝日連峰以東岳の麓に位置する標高約1000m、周囲約5.2kmの山上湖。夏の日中平均気温は20度を超えるが、雨の日や夜には15度近くまで下がる事もある。その為、釣りの前にまずしっかりとした登山装備が必要だ。

行き方
スタートとなる泡滝登山口へは大鳥集落から林道を車で約30分ほど。一台通るのがギリギリといった箇所もあるので通行には十分注意したい。また崖崩れで通行止となる事もあるので、その日通行可能かどうかを事前に問い合わせておくと良い。
泡滝登山口から大鳥池までは登山道を約3時間の道のり。ただし釣り道具を加えた登山装備は重量が大きくなる為、4~5時間を見ておいた方が安心だ。

スタートから2つ目の吊り橋までは大鳥川沿いのアップダウンの少ない歩きやすい道が続く。7ツ滝橋の立て札を過ぎてしばらく行くと七曲りと呼ばれるつづら折れの急登が始まる。
タキタロウ山荘
大鳥池の湖畔にはタキタロウ山荘という2階建の山小屋がある。管理の行き届いたキレイな山小屋で快適に滞在できる。ただし他の山小屋同様、電気や電波はないのでご注意を。また山荘ではタキタロウ講話を聞かせて頂く事ができる。

お話しをしていただけるのは大鳥地区にある朝日屋旅館の佐藤さんだ。大鳥で生まれ育ち、現在81歳をむかえられたとの事だが、全く年齢を感じさせず、今も登山道を通い山荘の管理人を現役で務められている。

優しく温和な口調で語られる佐藤さんのお話しは、ご自身が経験されたタキタロウの目撃や捕獲した時の実際の体験談。タキタロウの舞台である大鳥池で貴重なお話しを伺えるとても贅沢な時間だ。
大鳥池のポイント
湖岸は急な斜面になっており竿を出せる箇所が少ない為、池に流れ込む沢とその周辺が主な釣り場となる。大鳥池に流れ込む主な沢は以下の3本。

東沢
1つ目は小屋から以東岳を目指すルートを30分ほど歩いたところにある東沢。3本の沢の中で一番大きく奥深い沢で魚影も濃い。尚、過去にタキタロウとされる巨大魚の捕獲現場の一つがこの東沢である。
中丿沢
2つ目は中丿沢。東沢を渡り以東岳への直登ルートの途中から斜面を下った先にある沢だ。入渓するには藪漕ぎが必須となる為、入る人も少なく魚もスレていない。まさに入れ食い状態の釣りとなるが、小さな沢なので尺を越えるサイズは少ない。
ちなみに水門が開いて水位が下がる時期だけは湖畔沿いを歩いて行く事ができる。
西沢
3つ目が西沢。中丿沢以上のきつい藪漕ぎが必要な為、普段からほとんど人が入らない沢。真夏でも雪渓が残り、魚が登れないほどの急な落差が山の上まで続いている。

釣りが出来るポイントは手前のほんの数カ所に限られる為、3つの沢の中で魚影の最も薄い。しかし人がほとんど来ない為、思わぬ大物が潜んでいる事がある。この沢も水位が下がる時期だけは湖畔沿いを歩いて行く事ができる。

スーパーボール仕掛け?
タキタロウは30~40mの深場に潜んでいるとされている為、岸から離れた水深あるポイントを狙いたいのだが、大鳥池はボート禁止なので沖を直接狙うことはできない。そこで駄菓子屋で見つけたスーパーボールをオモリ兼ウキとして用いたキャスティングで出来るだけ岸から離れた深場を狙う作戦を考えた。スーパーボールは重量もほどほどにあり、水にも浮き、何より安い(ありがたい)。
エサは岸際にいるアブラハヤ。
まさかのヒット到来!
HITをただ待っているだけでは暇なので木陰で本を読みながら待つことにした。スーパーボールを時々横目で観察しているつもりだったが、いつの間にか本に没頭していたようだ。周囲は日が傾き夕まずめを迎えていた。ここでようやくスーパーボールの動きが何やらおかしい事に気がついた。この日、湖面にはごく僅かだが岸に向かう風が吹いており、仕掛けは少しずつ手前方向に流されていた。
……はずなのだか、今はスーパーボールがゆっくりと逆方向の沖に向かって進んでいる様に見える。「目の錯覚か?」と思った瞬間、今度はスーパーボールが沈み始めた。「何かがかかってる!!」

今回使っているスーパーボールは重さのある大きめのサイズ。これを沈めるのはそれなりにパワーのある魚だ。慌てて握った竿から十分な手ごたえが感じられ、一気に期待が高まる。
なかなかのファイトの末、上がってきたのは34cmのイワナだった。「本当に釣れるじゃん!」ほとんど思いつきに近い作戦が成功し、実際に尺上サイズの魚が釣れたのだ。これで俄然面白くなってきた。
大物がヒット!
更なる大物を狙って再び泳がせ釣りを開始。針に先ほどより大きめサイズのアブラハヤをつけた。すると着水直後に勢いよくラインが出始めた。間違いなく何かが食いついている。だがまだエサを咥えているだけのはずだ。ここは焦らずしっかりとエサを食うまで糸を送りこむ。ゆっくり30ほどカウントしてからベールを返すと同時に竿を大きく煽って一気にフッキングをかけた。「重い!」
さっきの尺上イワナとは明らかに重みの違う手ごたえが伝わってきた。さっきは鳴らなかったドラグが鳴り始め、慌てて締め直す。魚は逃れようと勢いよく左右に走りまわっている。
来年もタキタロウを狙う
フッキングのタイミングを間違え逃してしまったが、もしそれが無くてもあのまま最後まで釣りあげられたかについては自分の中で疑問が残っている。今回は携行の利便性と荷物の軽量化から短く柔らかいパックロッドを選んだが、最後は明らかにパワー負けしていたのだ。また短竿では遠投の飛距離も思ったほど伸びなかったが、もう少し沖までキャスティング出来ればさらにチャンスが広がると思う。

最後にかかった魚が何だったのかはわからないままだが、これまで大鳥池で釣ったどの魚よりも重く強い手ごたえだったのは確かだ。もしかしたらタキタロウに少しだけ近づいた瞬間だったのかもしれない。また1年かけてあれこれ考えながら攻略法を模索するのだ。仕掛けを改良して道具も買い揃えよう。謎の巨大魚タキタロウへの興味関心は増すばかりである。来年の夏が今から楽しみだ。
<夏野/TSURINEWSライター>