一般的に人生最大の買い物と言えば「マイホーム」。一方、釣り人の夢の買い物といえば「マイシップ」でなかろうか。

そこで、船はどこで、どうやって造るのか。なぜマイホーム並みの価格なのか。「釣り記者」であり、たった1年ではあるが漁師経験もある筆者が紹介しよう。

(アイキャッチ画像提供:TSURINEWS編集部 四家)

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船の作成期間はほぼ1年

もし家を建てるとすれば、計画から入居まで9カ月~1年程度はかかる。船の場合も同様で、就航までに要する期間は約1年に及ぶ。

大きさという観点で考えれば、家よりも船の方が小さいが、価格も、完成するまでの期間もほぼ同じ。簡単に言えば、それだけこだわる要素があるということだ

元漁師の記者が解説する『釣り船』建造の苦労 まるで家を建てる様? 
1隻1隻にこだわりが(提供:TSURINEWS編集部 四家)

船を造るには、まずは情報収集から始まる。船の場合は、住宅のように展示場があるわけではないので、基本的には港や造船所などを訪れて現物を見るしか情報を入手する方法がない。

場合によっては、遠く離れた港まで出かける必要もあり、ちょっとした小旅行になってしまう。この時点で、船は気軽に手に入れることができない代物であることが分かる。船を手に入れるには、とても手間がかかるのだ。

イメージが固まると、見積りや仮設計図を依頼することになるが、この点は船も家も同じだろう。船の場合は先述の通り、情報が限られているため、詳しい知人やすでに購入した人に相談することも多いという。

設計と製作手順

購入を決めて船の注文を行うと、設計図を元に木型を作り、その中に車のバンパーなどに使われるFRPというガラス繊維と、樹脂を複合させた強化プラスチックを貼り付け、乾燥させる。

住宅なら地盤~基礎工事、柱、屋根の設置といったところだろうか。この時点で、船底の形が決まるため、安定性重視、航行性重視など船の特性がおおよそ決まる。

続いて、釣った魚を生きたまま入れておくイケスや、燃料を入れておく油槽などを分ける隔壁、補強材や配管、デッキ(甲板)などを作っていく。これは戸建ての場合、壁や床、配管の工事と言える。

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船用のエンジン(提供:TSURINEWS編集部)

途中でエンジンなども積み込む。ディーゼルエンジンで、燃料は軽油だ。ヤンマーやいすゞ(イスズ)、三菱、ボルボなど重機・車系の企業がつくっている。船の大きさにもよるが、500~1000馬力程度のパワーがある。

300㎞/hが出せる日産のスポーツカー「GT-R」が570馬力というから、水の抵抗を受けながら航行するためには強力な心臓部が必要になるということが分かる。

船の場合、最高速は船型やプロペラなどで大きく変わるため一概に言えないが、20~25ktが標準。時速で換算すると1kt=1.852㎞/hのため、37.04~46.3㎞/hとなる。

そのほか、人の乗る部分になるブリッジやキャビン、イスなどを別に作っておき、本体に後から合体させる。

家なら風呂場やトイレなどの水周りや配線、内装と外装の工事といったところ。この段階までくると、家でも船でもだいぶ形になってきた状態だ。

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島が映るレーダー画面(提供:TSURINEWS編集部 四家)

最後に、無線や魚群探知機などの電子機器が取り付けられ、細部の調整・加工を行い、仕上げる。こうして初めて船を海に浮かべることができる。

車でいう車検のような、船の検査も受ける必要がある。すべてが終わってようやく走らせることが可能になる。

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魚の反応が出ている魚群探知機画面(提供:TSURINEWS編集部 四家)

船は完成後、陸上、海上輸送で納品される。自ら動かして移動することもあり、造船所がない地域や離島では購入者自身が乗り込み、数日かけて外洋を移動して所属する港に持ち帰っている。

釣り船にも個性がある

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新船の香り?がしそうなキャビン(提供:TSURINEWS編集部 四家)

地域や造船所によっても船の特性に違いがある。また、船長の好みも反映されるので、同じような形の船でも、実は全くの別物に仕上がる。「悪天候や波に強い」「マグロを追いかけるためスピード重視」「停船時の安定性」などそれぞれに特徴がある。

こうしたこだわりをしっかりと船に反映させるため、造船所を毎週のように訪問し、船の確認や作業の手伝いなどをする船長も多いそうだ。

「夢のマイホーム」でも、毎週のように進行具合を確認したくなる人はいると思うが、自ら手伝う人はなかなかいないだろう。

船長にとっての船は、マイホーム以上の存在なのだ。

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みんなで楽しく談笑できるキャビン(提供:TSURINEWS編集部 四家)

例えば、9月に就航した茨城・日立港久慈漁港の「第五大貫丸」では、釣りがしやすい安定性を重視した船体。さらには、テーブルを囲めるキャビンが設置されている。船長の「みんなで楽しく話せるように」との思いがこもっている。

12月に進水式を予定している神奈川・剣崎松輪の「第一号瀬戸丸」は、釣り船には非常に珍しいエンジン2基掛け。36kt(66.672㎞/h)と通常の約1.5倍の船速が出るため、移動が速くなる。「釣りポイント」に一番乗りして、じっくりと釣りを楽しんでもらう配慮と言えるだろう。疲れたときなどにごろ寝して休めるキャビンもあり、釣り人からすれば至れり尽くせりだ。

なぜ高いのか?

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進水式の様子(提供:TSURINEWS編集部 四家)

新造船は数千万円~1億円と、いわゆる注文住宅と同等かそれ以上の金額になる。需要と供給の関係もあるが、設計図から木型を起こし、職人が1隻ずつ作ることがその主な理由。

ほとんどの工程が手作業で、丁寧に素材を削ったり貼り付けたりと時間も掛かる。また、エンジンだけでも1000万円前後と高価。魚群探知機やレーダーなどは最低数十万円と機器類も高くつく。

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進水式はお祭り騒ぎになることが多い(提供:TSURINEWS編集部 四家)

住宅であれば、自由に設計できると言っても、おおよその枠組みは決まっていることがほとんどだ。

船の場合は、家と違い乗り物なので「丈夫さを選ぶと燃費やスピードが落ちる」「軽さやスピードを選ぶと安定性が下がる」といったように、何かを選択すれば何かが犠牲になる。

つまりは、航行する海域に合わせた特性をしっかりと検討する必要がある。こうしたこだわりを反映できる点も価格が高騰する理由の一つだ。

買って終わりではない

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操舵室はこだわりポイントの一つ(提供:TSURINEWS編集部 四家)

家の場合は築年数によって、外壁や屋根の交換、防水処理などリフォームを行うが、船も買ったら終わりというわけにはいかない。

海は塩害や紫外線など機器には最悪の環境であり、港に駐艇していれば貝やフジツボがついて航行時の燃費や速度が落ちる。年1回は上架(陸に上げること)をして貝殻などを削り、再塗装やパーツの交換などメンテナンスをする。

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無線は複数台持ちが多い(提供:TSURINEWS編集部)

ほかにも車と同じようにエンジンオイル、フィルター、バッテリーなどを交換。また削れたFRPを上貼りしたり金属パーツの交換をしたりと、住宅以上にメンテナンスが必要になる。

これらの作業は船長自らが行うが、バッテリーは20㎏以上、エンジンオイルは20L以上と重量があり、交換するのも大仕事だ。

高くても長持ち

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大抵の船は装置のスイッチだらけ(提供:TSURINEWS編集部)

船自体の寿命は長く、30年以上使われることが大半。寿命が長いゆえに中古市場が活発で、中古艇を購入し改造する人も多くいる。新艇より1/10~半分と割安だが、修理や改造費にお金が掛かる。

また、自分が欲しいと思う船に巡り合うことはなかなかないので、妥協との戦いになるようだ。

お金をとるか、こだわりを取るか。家も車も船も、結局のところは同じだ。

でもエンジンは消耗品

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黒レバーで前進・中立・後進、茶色レバーでエンジンの回転数コントロール(提供:TSURINEWS編集部)

船体は長く使えても、1000万円ほどするエンジンは10年前後で交換になる。エンジンを交換するには、船の一部を切断しないと入らないことが多く、クレーンを用いて交換するため、時間がかかる。

10年前後となれば、住宅では外壁工事など最初の簡易的なリフォームはあると思うが、それに比べると時間もお金もかかり、とても大掛かりな修理となる。

船に乗って沖釣りを楽しもう

説明してきた通り、釣り船は超高級な乗り物だ。そして、マイホームに匹敵する、もしくはそれ以上の思いが詰まった、言わば船長のこだわりの作品だ。そんな作品に乗らせてもらって釣りを楽しませてくれるのであれば、半日で5000~6000円、1日で1万円程度の釣り船の乗船料も安く感じないだろうか。

まだ釣りをしたことがない人には、ぜひ船釣りをお勧めする。船酔いさえクリアすれば、こだわりの作品(船)の上で、釣りを存分に楽しめる。

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東京湾の釣り船(提供:TSURINEWS編集部 四家)

最後に釣り記者として一言。乗船取材をしていると、船体にタバコを押し付けて火を消していたり、ワザと傷をつけるような人がいる。そのような行動はやめよう。

釣り人の皆さんも、船長のこだわりを感じながら、釣りを楽しもう。

<四家 匠 /TSURINEWS編>

▼本記事で紹介した釣り船
大貫丸
出船場所:茨城・日立久慈
▼本記事で紹介した釣り船
瀬戸丸
出船場所:東京湾・剣崎松輪

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