NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。

6月29日放送の第25回「灰の雨降る日本橋」では、浅間山の噴火によって降り積もった灰を片付ける“灰捨て競争”を経て、日本橋進出を目指す蔦重は、対立してきたライバルの地本問屋・鶴屋喜右衛門とついに和解。鶴屋喜右衛門を演じる風間俊介が、役に対する思いや蔦重役の横浜流星の印象などを語ってくれた。

-第25回、灰捨て競争を経て、鶴屋が蔦重と和解するのはサプライズな展開でした。

 灰捨て競争という蔦重のアイデアに、鶴屋が賛同する点が意外で面白いですよね。ただその根本には、これまでと同じ「自分たち本屋業界にとって利になるかどうか」という判断基準があるんです。灰捨て競争によって、通油町の人々の士気が上がるのはいい。でも、それが蔦重の発案ということは許せない。だから、自分が賞金を出すことで、その手柄を譲らないようにした…と僕は解釈しました。

-これまで知的で冷静だった鶴屋喜右衛門が、本気で蔦重と熱い戦いを繰り広げていたのも意外でした。

 元々、“鶴屋”は上方にルーツのある地本問屋で、鶴屋喜右衛門は自分では上方の人間のつもりでいたはずです。それでも、江戸で暮らしているので、江戸っ子の“粋”みたいなものが芽生えてきた部分もあると思うんです。あのとき、そういうものが抑えきれなくなってしまったんじゃないかなと。

実は競争するとき、なぜか鶴屋は下駄履きなんです。その分、走るのが遅くなるのに。すぐ近くに自分の店があるので、履き替えることもできたはずですが、「こんなことに本気になっている」と思われたくなかったのでしょう(笑)。でも、いざ競争したら、「絶対に負けたくない!」という気持ちが出てしまったんでしょうね。

-蔦重と和解した鶴屋の中には、そういう気持ちが以前からあったのでしょうか。

 鶴屋は元々、本屋としての蔦重の力を認めていたと思います。その証拠に、今まで他の地本問屋たちが蔦重を馬鹿にしていたときも、嫌味は言っても鶴屋が嘲笑(ちょうしょう)するようなことはなかったはずですから。それはつまり、認めているがゆえに、認めてはならぬ、ということだったのかなと。それが一気に氷解したのが第25回で、蔦重と笑い合うときは、僕の心が赴くままにやらせていただいた結果、思わず吹き出す感じになり、それまでの“作り笑顔”とはまったく違う心からの笑顔になったと思います。

-そんな蔦重役の横浜流星さんの印象はいかがでしょうか。

 ストイックかつ物静かで、作品作りに真摯(しんし)に取り組む姿はどこかミステリアス。そんな横浜流星くんが、カラッとした江戸っ子の蔦重を演じていることにしびれます。

元々快活で、先頭に立ってみんなを引っ張っていくようなタイプなら驚くこともありませんが、彼は俳優として、本来の自分とは異なる豪快な蔦屋重三郎のキャラクターをしっかりと作り上げている。その上で、まったくノッキングすることなく、シームレスにアウトプットする。その姿が非常に美しいな…と。

-鶴屋と蔦重のように、撮影を通じて横浜さんとの関係が変化してきた部分もあるのでしょうか。

 長く撮影しているおかげで、流星くんと談笑する機会が増えてきたことがうれしいです。「僕の話で流星くんが笑ってくれた!」みたいな喜びがあって(笑)。大河ドラマの主役を務めるに当たって、流星くんはとてつもなく重いものを背負ってスタートを切ったに違いありませんから。

-それが変わってきたということでしょうか。

 物事は、ある程度加速がつき、歯車がスムーズに回り始めれば、少ないエネルギーで進んでいくようになりますが、スタートするときは膨大なエネルギーが必要です。この作品もそういう過程を経て、ようやく彼が笑顔を見せられるようになったのかと思うと、ストイックに見えた最初の頃は、想像を絶するエネルギーを使っていたんだろうなと。そう考えると、今の彼の笑顔を守りたい。そのためには、僕も全力で取り組まなければ、と思います。

-先ほどお話に出た「認めているがゆえに、認めてはならぬ」という蔦重に対する鶴屋の心情には、私たちの日常でもありそうなリアリティーを感じますが、風間さんご自身はそういった経験はありますか。

 「ないものねだり」は、誰にでもあるものだと思うんです。だから、僕自身は自分の中でそれを許容するようにしています。自分にないものを持つ誰かをうらやましく思う。ということは、きっと他の誰かも僕をうらやましく思っているときがあるはず。そう考えれば、“お互いさま”ですよね。お互いさまだから、自分にできることをやるしかない。ただし、特定の人をうらやましがると、その人に固執しかねないので、みんなをうらやましく思うようにして、特定の誰かを妬む気持ちを生まないように心がけています。

-すてきなお考えですね。

 だからといって、自分のやったことに対して「よくやったな」という“誇り”みたいなものが、ないわけではないんです。でも、それを誇示するつもりもなくて。むしろ、やや軽く見られるくらいでもいいのかなと。

それでも、ひとつひとつ積み重ねてくると、「風間さんみたいなやり方、すごいですよね」と褒めてくださる方もいるので、ありがたく思いながら、その褒め言葉をむさぼるように、血肉に変えてやっています。

-東京出身の風間さんは、江戸を舞台にした本作に特別な思いはありますか。

 僕が育ったのは、通っていた中学校のすぐそばに江戸東京博物館があり、道を歩けば線路沿いの壁に街を彩るアートとして浮世絵が描かれているような環境でした。劇中にもなじみ深い地名がたびたび登場しますし、放送後の「べらぼう紀行」でも、よく知る場所が紹介されるたび、そんな歴史的な場所だったのかと驚くばかりで。今まで当たり前に見ていたもののすごさを、改めて実感しているところです。僕は地元愛の強い方だと思っていますが、それは自分が育った土地だから、というだけで、これまでルーツについてはあまり考えたことがなかったので、この作品が故郷を知るいいきっかけになっています。

-ところで、第25回で和解した鶴屋と蔦重ですが、今後2人の関係はどうなっていくのでしょうか。

 今まで2人はライバル関係でしたが、これからは“仲間”という形に変わっていきます。

-これまでの2人を見ていると、とても信じられませんが…。

 そうですよね(笑)。といっても、鶴屋がコロッと変わるわけではありません。例えば、蔦重が「何かを始めたい」と言ったとき、「蔦重のやりたいようにやればいいよ。

応援するから」というのが歌麿(染谷将太)だとすれば、「気持ちはわかりました。でも、気持ちだけでできるんですかね?」といった感じで、耳の痛いことを言うのが鶴屋です。それでも、必要なことは教えるし、「そのために私はこれをやりましょう」と協力もする。そんなふうに、今までの鶴屋らしさは残しつつ、仲間と感じていただけるようになると思います。そこが森下(佳子)さんの脚本のすてきなところだと思いながら、僕も楽しく演じているところです。ぜひ楽しみにしていてください。

(取材・文/井上健一)

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