韓国文化の“今”を再構築し続けるKカルチャー。今回は、デジタル空間で物語を紡ぐウェブトゥーンの世界に焦点を当てる。

平凡な会社員ユミの頭の中で繰り広げられる細胞の物語――。2015年に連載を開始した「ユミの細胞たち」は、全512話で32億ビュー、コメント500万件という驚異的な記録を打ち立てた。今回はその作者であるイ・ドンゴンさんに、作品誕生の背景とウェブトゥーンの現在地を聞いた。

※本稿は、11月1日に駐大阪韓国文化院で行われたトークイベントとインタビューの内容をまとめたものです。

▽主人公の頭の中を描く「ユミの細胞たち」

--「ユミの細胞たち」の発想はどこから?

 すごく単純なんですけど、細胞より先に石臼を思いついたんです。韓国ではあれこれ考えて頭をひねる時に「石臼を回す」という表現をよく使います。いい考えが思いつかない時に「動かない石臼を回すなよ」と言ったり。妻とその話をしていて、「これを漫画にしてみたら面白いかもしれない」って。思いついた時は大成功すると思いました。僕は細胞たちを“ギミック”と呼び、ストーリーというよりギミックやキャラクターを中心に物語を紡いでいきました。

--頭の中の世界を描いたピクサーアニメ「インサイド・ヘッド」(2015年)、細胞を擬人化した日本の「はたらく細胞」(2015年連載開始)と公開時期が重なります。

 そうなんです。

実は「インサイド・ヘッド」の予告編が公開された翌日から「ユミの細胞たち」の連載がスタートしました。アニメが公開されるまでソワソワして眠れませんでした。「インサイド・ヘッド」は韓国で8月に公開されましたが、真っ先に見に行き、全然違う内容だったのでホッとしたのを覚えています。「はたらく細胞」は白血球や赤血球が人体を巡る様子を物語化して専門的に描いたものですよね。すごく良い作品です。僕が描いた話は、細胞と表現しましたが、欲望の話なんです。頭の中は秘密の場所だから。人気があったのは“チュルチュルセポ(腹ペコ細胞)”で、僕が好きだったのは“ウンクムセポ(好奇心細胞)”。今までにない想像ができて楽しかったですね。

--連載中に大変だったことは?

 週2回の連載だったので、大変だったのはタイムマネジメント。即興で物語を作るのが大変でした。「ユミの細胞たち」までは長編を描いたことがなかったので、中編くらいで終えるつもりだったんです。

5年7カ月も続き、後半はほとんど即興でした。「ユミの細胞たち」を終えてようやく長編も描けるようになりました。

--女性の共感を呼びました。

 女性が共感を狙ったわけではなく、自分の悩みをそのまま描いただけなんです。女性の読者が「私も同じだ」と共感してくれたのを見て、逆に男女関係なく同じようなことを悩むんだなと思いました。

▽キム・ゴウンはユミ役にぴったり

--ドラマ化にはどのくらい関わっていますか。

 事前にクリエーターと何回かミーティングをしました。物語の順序を入れ替えてみようとか、どこまで表現していいかなどを事前に話し合いました。ウェブトゥーンには登場しない部分、例えばユミの会社の後輩ウギ(SHINeeミンホ扮)はどんな人物なのか、この人は何を考えているのかを聞かれたり。そういった形で、間接的に関わりました。

--キャスティングの感想は?

 僕は役者のことはよくわからないので、全面的に専門家にお任せしました。キム・ゴウンさんのキャスティングは大変うれしかったです。

というのも、キム・ゴウンさんは明るい役もこなしますが、哀れで悩み多き人物もたくさん演じてきました。ちょうどユミはよく悩むキャラクターだったのでぴったりだなと思いました。

--ドラマの仕上がりは?

 うまく話をまとめているなと思いました。連載では、先にするべきだったエピソードが後から出てきてしまうことがあったんです。でもドラマでは順序がうまく整理されていて、僕が見てもよくできているなと思いました。なので大変満足しています。

▽ステッカー販促漫画がデビューのきっかけ

--ウェブトゥーン作家になったきっかけは?

 始めたのは2011年です。でも漫画を描こうと思っていたというより、当時デザイン文具会社を設立し、ステッカーの販促用にショート漫画を描いたのがきっかけでした。ステッカーはあまり売れなかったのですが、NAVERから「連載をしてみないか」と連絡があり、転身しました。美大で視覚デザインを専攻していて、漫画は大好きでした。マーケティングを漫画にしたくらいですから。

--好きな漫画は?

 それは多すぎて…。

最近特に面白かったのは、「チェンソーマン」(藤本タツキ、2019年連載開始)。少し古いですが、「強殖装甲ガイバー」(高屋良樹、1985年連載開始)も大好きでした。

--恋愛漫画のレジェンド的存在です。恋愛相談をされることはありますか。ユミのように恋愛に臆病になっている女性にアドバイスするなら?

 恋愛相談を受けることはないです。でも、好きな人ができたら、思っている3倍は大げさに表現した方がいいと思います。そこまでやってようやく「あれ?自分に興味あるのかな?」って。男性は全然気付きませんから(笑)。

--2018年に大韓民国コンテンツ大賞の大統領賞を受賞されました。

 「ユミの細胞たち」でいただきました。ありがたいけれど、重荷にも感じました。あまりに大きな賞だったので、そこまでじゃないのにと思ったり。

受賞してからは、もっとプロ意識を持って頑張らねばと思いましたね。

▽ウェブトゥーンが担う“現代の小説”としての役割

 2000年代前半、漫画雑誌の相次ぐ廃刊とともに連載の場を失い、韓国の漫画産業は急速に衰退した。しかし、インターネットの普及が新たな道を開いた。アマチュア作家たちがオンライン上で作品を公開し始め、それが大手ポータルサイトで連載されるようになると、瞬く間に広がっていった。こうして誕生したのが、韓国発のインターネット漫画ウェブトゥーンだ。今やドラマや映画、ゲームなど、多様なコンテンツへと展開され、韓国文化の大きな柱の一つになっている。

--ウェブトゥーンと出版漫画の違いは?

 ウェブトゥーンは、1回の分量が出版漫画の1章分よりも短く、トレンドを素早く反映する部分があるかなと。スマホでスクロールしながら読む形式のことだけじゃなくて、ウェブトゥーンの作者は“時代を映す”意識が強いんだと思います。出版漫画はそれとは逆ですよね。後半になればなるほど、どんどんその世界観にのめり込まされる。キャラクターも立体的に描かれているし。僕が好きな作品を比べた時にはそう感じます。

--Kコンテンツにおけるウェブトゥーンとは。

 今この業界にいて感じているのは、ウェブトゥーンがかつての小説みたいな役割をしているということです。ドラマやゲーム、映画などを制作する時、以前なら本が原作になって、二次、三次と作品が発展しました。今は、NetflixでもDisney+でもウェブトゥーンが原作になることが非常に多くなっています。

--今後描いてみたいジャンルは?

 これまではロマンスカテゴリーでしたが、もう描き切ったかなと思います。僕が年を取ったからかもしれません。今後は、恋愛ものとは離れたアクションなど、新しい挑戦をしてみたいですね。これまでが運が良すぎて、企画について悩んだことがなかったのですが、今回はじっくり悩んでみたいと思います。

--日本の読者にメッセージを。

 頭の中にある悩みって簡単に口には出せないし、頭で思うことと口に出せることは違う。特に日韓は、文化的にそういう側面が強いのではないかと思っています。頭の中ではこんな欲望があったりするけれど、それを口に出したら失礼に当たったり社会的に問題になったりするので、隠したり言わなかったりする。そういうことを物語にしたんです。ユミがどこまで口に出し、どこまで表現するのか、そこに共感しながら見ていただくと楽しめるのではないかと思います。

プロフィール

81年生まれ。ウェブトゥーン作家。デザイン文具会社「甘い会社」の経営を経て、2011年「甘い人生」で漫画家デビュー。2015年「ユミの細胞たち」連載開始。NAVERウェブトゥーンを代表する名作恋愛漫画として人気を集め、2016年「今年の韓国漫画」選定、2018年大韓民国コンテンツ大賞漫画部門大統領賞受賞。「ユミの細胞たち」は2021年ドラマ化、2024年アニメ化。著作に漫画「ジョジョコミックス」、絵本「なっちゃん波の冒険」他。

編集部おすすめ