『鬼滅の刃』視点でサッカーを語り合う 第4回

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材しつづける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。普段は欧州チャンピオンズリーグ(CL)を論じる3人が、大人気漫画『鬼滅の刃』とサッカーの深い関係性について語ります。

『鬼滅の刃』のお館様のような、特別な言葉を持つサッカー監督は...の画像はこちら >>

大人気漫画『鬼滅の刃」にはサッカーとの共通点が多数

<特別な言葉を持っているサッカー監督たち>

倉敷 鬼殺隊のトップである産屋敷耀哉は、穏やかで公平で、鬼殺隊の柱たちからとても慕われていました。それは「1/fゆらぎ」と言われるような特殊な声を持っていることもありますが、彼が隊士一人ひとりに掛ける特別な言葉がカリスマ性を持たせていたのでしょうね。

 サッカー界にも特別な言葉を持っている人はいます。近年ですと、ディエゴ・シメオネ監督(アトレティコ・マドリード)やジョゼ・モウリーニョ監督(トッテナム)、ジョゼップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ)などでしょうか。人もサッカーもメディアも動かす監督の言葉には言霊と呼びたくなる力があるものですね。

小澤 やはりリーダーたるもの、言葉で人の気持ちを惹きつける能力は絶対に不可欠ですよね。

シメオネ監督はその典型例だと思いますし、スペインではサッカー監督のリーダーシップやマネジメントがよくビジネス系の雑誌や新聞に特集されます。それに、サッカー的にはエンタメとしても重要な要素だと思います。日常的にサッカーに興味がない人でも、監督が発する言葉には心に引っかかるケースがあるはずですし、それによってエンタメ性も高まりますから。

倉敷 たとえば、会見を見たり、取材をしていて面白いと感じた監督は誰でしょうか?

中山 ヨーロッパのクラブで言うと、マンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督と、アーセナルのアーセン・ベンゲル監督のやりとりなどは抜群に面白かったですね。直接対決の前にはメディアが飛びつくようなコメントをお互いに発信し合って、よりビッグマッチの注目度がアップするような要素がふんだんに盛り込まれていたと思います。小澤さんの言う、エンタメ性は抜群でした。

 また、モウリーニョ監督も、ポルト時代から相当な自信家ぶりを発揮してくれて、つねに攻撃的なコメントをしてメディアやファンを喜ばせてくれますよね。モウリーニョの場合、それでいて選手たちにはマメにメールや電話を入れて団結を促すことも怠っていませんでしたので、身内に向けた言葉と外向けの言葉を巧みに使い分けていた印象があります。

 日本人では、FC東京の長谷川健太監督の会見が好きですね。多くの日本人監督は、勝ったあとと負けたあとのギャップが大きいタイプが多いのですが、長谷川監督は監督経験を重ねるごとに懐が深くなって、会見での表現力が豊かになったというか。勝敗にかかわらず常に心と頭に余裕を持ちながら面白い言葉を発してくれます。

 これは個人的な見解ですが、優秀な監督は言葉の力を持っているから、会見も面白い。

そういう点では、長谷川監督はガンバ大阪でタイトルを獲得するようになってから、随分と会見のエンタメ性が上がった印象があります。

◆『鬼滅の刃』の産屋敷耀哉は、サッカークラブの理想のオーナー像である>>

小澤 バレンシアに住んでいた時には、番記者と同じくらいの頻度でラニエリ監督、キケ・フローレス監督、ウナイ・エメリ監督の会見を取材しました。とくに、キケ・フローレスとウナイ・エメリのスペイン人監督は、当時まだ若手指揮官で頭角を現し始めた時期だったので、結果が出ない時には地元メディアに痛烈に叩かれていました。ただ、会見で厳しい質問をぶつけられても決して怯むことなく、真正面から批判を受け止めた上で、冷静に返す胆力には何度も驚かされました。

 あと、スペインでは会見も完全にエンタメ、ショーと化していて、モウリーニョ監督とグアルディオラ監督が二強を率いていた時代からは、監督の会見のライブ配信が当たり前になりました。今や会見場には記者に向けたAIカメラが設置されていて、マイクを握って質問する記者に対して自動的にカメラが向いて、どの記者がどういう質問をするのかを世界中にライブ配信しています。

だから、監督のみならず記者も鍛えられる環境ですし、そこで響く言葉を放つことができるかどうか、一挙手一投足が注目されています。

倉敷 訴える言葉、心に響く言葉を持っていないと、人はついてこない。認めてもらえない。言葉の伝承は文化の伝承です。ラ・リーガでプレーする選手たちは、敗戦直後のフラッシュインタビューであっても、しっかり自分の意見をそれなりのボリュームで話してくれます。スペインでサッカー選手を目指す子どもたちはそれを見て育つわけですから、しっかりと自分の言葉で話さなければならないと学習できているわけです。

同じく『鬼滅の刃』は名言の宝庫ですが、とくに子どもたちにどう背中を見せるかという大人たちの振る舞いや言動にも、心を打たれるシーンが多いですね。

 今回は産屋敷一族、そして鬼殺隊を率いる産屋敷耀哉というリーダーから、サッカーを語ってみました。また次回は異なる視点で『鬼滅の刃』とサッカーについて話を広げていきたいと思います。

(第5回につづく)