楽天・早川隆久インタビュー@前編

 パ・リーグの新人王候補筆頭に挙げられ、大卒1年目からふたケタ勝利を期待されるなか、楽天の早川隆久は今季前半戦だけで7勝を挙げた。ただ、昨秋に4球団からドラフト1位指名された逸材は、非凡さを示した反面、ここまでの自己評価は決して高くない。

「シーズンを通して先発ローテーションを守ることを目標にしていました。前半戦の最後に離脱したので、もう達成できないことに悔しい思いがあります。数字的に見ればある程度勝てていますが、内容が伴っていませんし」

楽天・早川隆久の驚くべき投球理論と言語化力。「すごくマニアッ...の画像はこちら >>

前半戦で7勝をマークした楽天のルーキー早川隆久

 前半戦の成績は、13試合に先発して7勝3敗、防御率3.39。規定投球回数には満たないが、単純に防御率だけを見ればリーグ6位と7位の間に入る数字だ。

 客観的には及第点以上に見える。だが、毎試合クオリティスタートを達成すれば防御率3.33になる計算で、わずかに達していないことが辛い評価の一因だという。

 さらに6月25日、疲労を考慮されて登録抹消となり、プロ1年目に描いた目標は未達となった。

「前半戦を通して緊張感がありました。空元気(からげんき)がなかなか出てこなかった、というのが正直なところです」

 マウンド上でベテランのような落ち着きを誇るスーパールーキーだが、初めて挑んだプロの舞台だ。神経を尖らせ、疲労が蓄積されていったのだろう。

 一方、開幕3戦目に抜擢した石井一久監督は持てる力を発揮させるべく、起用法を配慮した。登板日を毎週日曜に固定し、調整しやすくしたのだ。

チームが首位争いを繰り広げる6月下旬、少し早い"夏休み"を与えたのは後半戦を睨んでのことだろう。

 勝負のシーズン終盤、新人左腕の力が不可欠になる。そう想像できるくらい、早川は際立つ投球を見せた。とりわけ光ったのが、修正力だ。

 開幕を約3週間後に控えた3月7日、中日とのオープン戦では"プロの洗礼"を浴びた。

 4回までに72球を要して、被安打8、失点3。

打ち込まれた最大の要因は、スライダーを投げる時に腕の振りが緩むクセを見抜かれたことだ。中学生の頃から指摘されてきたが、どうしても直せない課題だった。

 それを3週間後のプロデビューまでに、見事に改善したのである。

「僕には絶対無理で、『そんなに簡単にできるのかよ!』って思います」

 沢村賞投手で解説者の川崎憲次郎氏がそう語ったほど、レベルの高い話だ。早川は長年のクセをどうやって直したのだろうか。

「自分のなかではピッチトンネルを意識しています。

球種ごとにピッチトンネルを一緒にするには、リリースポイントが同じことや、その誤差を縮めることも大事。真っすぐをイメージしたなかで、少し握り方を変えたり、腕の振り方を変えたり、真っすぐに近づけるにはどうすればいいかをイメージして体を使っています。そういう面では、再現性も割と高いほうだと思っています」

 ピッチトンネルとは、打者から7.2メートルほどの場所にあるとされる"仮想空間"のことだ。この地点までに打者は球種やコースを判断する必要があると言われ、逆に投手はそれより打者寄りで変化させることで打ちにくくする。近年、重要性を説かれる論理だが、早川はこれをイメージすることでストレートとスライダーの腕の振りを一致させたという。

 川崎氏も驚くほどの修正をわずか3週間で行なった裏には、一流投手たちを見て盗み、聞いて学んだこともある。

「先輩方にアドバイスをいただいて、考え方として変わった感じはあります。広島の森下(暢仁)さんが、『ピッチャーはいかにバッターを騙せるか。腕を振り、真っすぐの軌道で変化球を投げれるかが大事』と言っていました。田中(将大)さんのスプリット、松井(裕樹)さんのスライダーもそうですよね」

 メジャーリーグでは昨今、好投手の条件のひとつとして「deception」が挙げられる。「騙すこと」という意味で、まさに早川が口にした内容だ。プロの高いレベルに飛び込んだからこそ、一流投手たちに刺激や学びを得ながら自分の技に磨きをかけられている。

 加えて、学生時代からの蓄積も大きい。

 木更津総合高校時代に甲子園を沸かせた早川だが、早稲田大学進学後はすぐに活躍できたわけではなかった。突き抜けるきっかけになったのが、ロッテやメジャーで活躍した小宮山悟監督のアドバイスだった。

「軸足の拇指球(ぼしきゅう)の上に頭が乗るようにして、平行移動するときには後ろに人が立っているような状態で体重移動しなさい」

 スポルティーバで野球解説者の山本昌氏と対談した際、早川は小宮山監督の助言をそう明かしている。

 ピッチングにおける体重移動は、力を効果的に生み出すために重要だ。詳しく説明を求めると、「すごくマニアックな話になりますよ」と笑った早川は、自身の投球メカニクスをこう表現した。

「拇指球に乗ることによって、そこの一点に集中できます。体重移動の時に(軸足の)ひざが折れすぎると、力が入りにくくなりますし。逆に棒立ちになりすぎると、頭が突っ込む状況になる。パワーポジションの状態からいかに(前足の)ひざが割れないように、体だけ前に倒れていきながらも足を螺旋(らせん)状に動かすというマニアックなことをしていました」

 かかと体重やつま先体重になると、体重移動の際に重心がずれやすい。それゆえ、拇指球に乗ることが重要だ。背筋を伸ばしすぎて棒立ちになると、バランス感覚をとりにくくなって、前に突っ込みやすくなる。

 パワーポジションとは、力を発揮しやすい股関節の位置のことだ。前方へ力を効果的に伝えるためには前足のひざが割れないことが重要で、両足の外旋を効かせる(=螺旋状に動かす)ことで、運動連鎖を起こしながら大きな力を生み出していける。

 以上のような投球メカニクスを追求してきたことが、大学での飛躍、そして現在につながったと早川は言う。

「いろいろ試行錯誤した結果が大学3年くらいで表れました。大学では小宮山監督や、土橋(恵秀)さんという和田(毅/ソフトバンク)さんのパーソナルトレーナーだった方のアドバイスがあり、自分の知識も加えた結果、今に至ったと思います。科学的と言えば科学的ですし、感覚的と言えば感覚的ですね(笑)」

 理屈を詰め、体をどのように使えば理想的な投球フォームで投げられるか、感覚として理解することが「再現性の高さ」につながっている。

 一方、体調は毎日変化し、気候や湿度など置かれる環境も異なるため、「再現性」は容易ではない。パフォーマンスを一定させるには、自身の変化に気づけることが重要になる。

 そこで早川が重視するのは、日々のルーティンだ。

「朝起きてシャワーを浴びて、ご飯を食べてから同じストレッチを毎日行なって、どこが悪いかを確認し、ここが硬いならここの機能を上げようとエクササイズをして、体のコンディションを戻す。それでも悪かったら、外的な要因か、内的な感情から来ているのかを考えます」

 グラウンドでは同じストレッチでコンディションを整え、決まったウォーミングアップを実施する。そしてキャッチボールで感覚を確かめるのが日々のルーティンだ。こうした方法を大学時代に習慣化できたのは、テレビで目にした情報がヒントになった。

「(元陸上競技選手でタレントの)武井壮さんが、部屋の気温や湿度をすごく気にしているという話をしていました。それらを一定にすることで、コンディションを整えられると。だったら、毎日同じストレッチをしたら新たな気づきがあるのでは、と思いました」

 普段からアンテナを張り巡らせながら情報を得て、試行錯誤して自身の血肉とする。そうした姿勢が根底にあるからこそ、早川は卓越した投球メカニクスとコンディショニングに行き着いた。

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 非凡な能力を発揮しているプロ1年目。6月に少し早い夏休みをもらうと、早川は"自由研究"を行なった。テーマは、プロで活躍するための投球術だ。

「離脱した期間で、低めのピッチトンネルをどうやってうまく使うかを考えました。プロのバッターになると高めのボールは弾き返されてしまいますし、下への変化を使えるピッチャーがメジャーでも活躍しています。いかに低めのカットボールを追っつけてもらうか。バッターが低めに目をつけていたところでカーブが急にポンと高めに浮いたら、なかなか手が出にくくなると思います」

 楽天には、低めのピッチトンネルをうまく使う田中や則本昂大というお手本がいる。あえてピッチトンネルから外すカーブは、山本由伸(オリックス)が得意とする投球術だ。自身が成長するヒントは、あちこちに転がっている。

 6月下旬から離脱した期間に、早川はあらためて自身を見つめ直した。1年目の目標は未達となったが、この間に得たものも多くある。

 熾烈な優勝争いが繰り広げられる後半戦。スーパールーキーは、シーズン序盤以上のピッチングを見せてくれるに違いない。

(後編につづく)

【profile】
早川隆久(はやかわ・たかひさ)
1998年7月6日生まれ、千葉県山武郡出身。木更津総合高校時代は2年春、3年春、3年夏と甲子園に3度出場する。早稲田大学に進学後、2020年ドラフト会議で4球団から1位指名を受けて楽天に入団。2021年3月28日、開幕カード3戦目の日本ハム戦で初先発・初勝利を飾る。180cm、76kg。