J1残留を争う湘南ベルマーレ山口智監督。足りないのは「遊び心...の画像はこちら >>

第33節の横浜FC戦で、監督就任後、初勝利をあげた湘南ベルマーレ監督・山口智(右)。(写真は第31節)

 前節(第33節)、横浜FCとのJ1残留を賭けた重要なゲームにみごとな逆転勝ちをおさめた湘南ベルマーレ。
残留争いのライバルとの勝ち点差を広げたのはもちろん、降格圏を脱し、9月に監督に就任した山口智にとって初勝利となり、三重の美酒となった。これまで自分たちのサッカーに進化と手応えを感じていたが、勝ち星に恵まれず、苦しい時間を過ごしてきた。初勝利を得て、ようやくトンネルから脱した山口が湘南のJ1残留に向け、いよいよラスト5の戦いに臨む──。

 今シーズン、コーチとしてガンバ大阪から湘南にやってきた山口に課せられたのは、守備の整備だった。これまでの試合のビデオや実際に試合を見て、分析すると課題が見えてきた。

「最初、守備は人に対する意識が強すぎて、ボールとスペースを見ることが得意ではなかったんです。

人を見るべきなのか、スペースを埋めるべきなのか、カバーなのか、さらにその距離感でいいのかを僕の一方通行ではなく、選手と話をしながらすり合わせてきました。それから大きく変わりましたね。人に行く、ボールに行くという優先順位が合うといい守備ができるようになり、それがうちのストロングポイントになったと思います」

 山口によって守備が整備されると、細かなポジショニングでボールを奪ったり、スペースを埋めることができるようになった。失点が減り、アグレッシブで強度の高い守備は湘南の強みになった。それでもうまくいかない時もある。現役時代は守備について非常に厳しく、最終ラインから怒鳴り声を響かせることもしばしばだったが、今は冷静に状況を見ることに終始している。

「現役時代は厳しかったです(苦笑)。相手にやられたくないのと攻撃に対するこだわりがあったからこそ守備へのこだわりも強かった。妥協もしたくなかったので。今もそれはありますけど、プレーしていないので、そこの厳しさは今のところ抑えています(笑)」

 守備の強さが増したが、なかなか点をとれずに勝利をとりこぼし、引き分けるゲームが多かった。第33節が終わり、引き分けの数は13とリーグ内では最も多く、負けない湘南のイメージがあるが、山口はそこに物足りなさを感じている。

「単純に負けなしと評価してもらったのはうれしいですが、守備をして終わりじゃない。

その守備が何のためにあるのか、何をしたいがために守備をするのか、その意識が大事なんです。勝てなかったのは、守備の割合が多くて、その先どう攻撃するのか、どう点をとるのかという目線が足りなかったんだと思います」

 前線は守備がきいていいリズムでサッカーをしているが、決定機を決められず、それを繰り返すうちに後半、守備の強度が落ちてやられてしまう。第30節の川崎フロンターレ戦、第31節の横浜F・マリノス戦は、まさにそうで、もったいない試合が続いた。

「パワーを使う守備なので、その使い分けが一番難しくて、今も苦しんでいます。もっと要領よく守れるといいんですが、後半になると体力的な限界もあり、迷いや詰めの甘さが出て、失点してしまう。攻撃面でもボールを奪ったあと、どうするのかというところで迷ってしまう。

そこは、うちの大きな課題ですね」

 湘南の攻撃といえば、奪ったあと、すばやく前に展開し、一気にフィニッシュまでもっていくのが大きな特徴だ。だが、相手のプレッシャーや時間帯によっては、前に行けないケースもある。

「その時にどうするかですよね。奪ったボールをチームとして、どこに運んでいくのかは、そのひとつ前の準備の時から選手に要求しています。それをあやふやにするんじゃなくて、こうするんだという覚悟を持ってプレーしてほしいと思います」

 縦への攻撃ができない時、中盤でボールを回して、相手の隙を伺いながらテンポを変えて攻撃することも必要になる。強いチームは、そうしたメリハリと変化のある攻撃ができている。

「うちももっとボールを持ってもいいと思うけど、持つのが怖いんでしょうね。長い時間、守備をしてマイボールにしたのに3秒で相手のボールになることもあります。でも、怖がらずにやればできると思うし、もっとやっていきたいので、追及していきたいですね」

 現役時代、山口は主としてガンバでポゼッションスタイルの超攻撃的なサッカーで相手を圧倒し、タイトルを獲ってきた。攻撃的なスタイルを標榜しているのは今の湘南もそうだが、ガンバから来た時、山口は、両チームの違いを感じたと言う。

「湘南の選手は、いい意味で真面目すぎる(苦笑)。先手をとるために、どんなポジションをとればいいのか、どうボールを動かせば相手は嫌がるのか、どんなところにボールを出されたら嫌なのか、そういう意識や発想を含めた遊び心みたいなものが足りないですね」

 山口がガンバでプレーしていた時代、遠藤保仁らのプレーには遊び心があり、それがチームの余裕にもつながって、いいプレーをさらに生み出す源泉になっていた。

「遊び心を生み出すためには、ミスを恐れないこと。うちの選手はミスをするとナーバスになってしまう。ミスすることを怖がって自分たちでできることを自分たちで制限してしまう。サッカーはミスのスポーツなので、僕はミスをするなとは言わないです。ミスを恐れずに、ダイナミックにプレーをすれば、自分のプレーに余裕が生まれてくるんですよ。そこから遊び心が生まれてくるし、それができればもともとある真面目さというのがより活きて、いいプレーがもっとできると思うんです」

 山口が湘南とガンバとの違いを感じたのは、選手のカラーだけではない。ホームの横浜FC戦で熱い応援をしてくれたサポーターの違いも感じている。

「湘南には初めて住みましたが、すばらしい環境ですね(笑)。サポーターもコロナ禍の影響で人数制限があるなかでも足を運んでくれましたし、優しいですよね。ガンバは、湘南とクラブの規模や求められるものが違うし、土地柄もあって厳しいヤジが多かったですが、湘南のサポーターは負けても堪えて、温かく応援してくれます。だからこそ選手や僕らは、もっと責任を負わないといけない。うちの選手は、温かく応援してくれるサポーターに甘えているところがあるんで、応援されていることは当たり前じゃないんだというのをより自覚してプレーしないといけない」

 サポーターは、どんな時も山口を支えてくれたが、家族の存在も大きかった。9月に監督になってから横浜FC戦に勝利するまで、2分3敗と結果が出ず、苦しい時間を過ごした。夜中に目を覚まし、サッカーのことを考えると眠れなくなった。そんな時に支えてくれたのは、家族だった。

「大学とユースでサッカーをしている息子がふたりいるんですが、試合を見て、どうだったとよく聞いていました。息子なので、気を使わずに『あの交代、なんやったの』と見たままに言いますし、フランクに話ができるんですよ。それはうちの嫁も同じで、いろいろ言ってくれるのでそういう見方もあるんだという気づきにもなるし、整理できるので、とても助かりました」

 山口は、家族との対話やランニングなどで気持ちを切り替え、試合に臨んでいたのだ。

 J1リーグは、いよいよ5試合を残すのみになった。前節に初勝利を挙げたが、山口自身は結果が出なかった時と姿勢は変わらない。そもそも結果が出なかった時から、この厳しい状況を楽しんでいるように見えた。

「今、こんな状況に置かれているなか、言える立場じゃないですけど、それを失ったらダメだと思うんですよ。しんどい状況が続いて、考え込むこともあるけど、指導者になるのが自分の目標でしたし、好きなことでもあります。この仕事に責任とやりがいを感じていますし、それを楽しむ余裕がないとうまくいかないと思っています。楽しむことは自分のなかではとても大事なことなんです」

 湘南のラスト5の対戦相手は、北海道コンサドーレ札幌サンフレッチェ広島、ベガルタ仙台徳島ヴォルティス、ガンバ大阪だ。古巣であり、残留争いを演じていたガンバと最終節で当たるところに、何か因縁めいたものを感じる。

「最後にガンバなんですよね。力のあるチームですし、最終戦で今まで以上にプレッシャーがかかると思うんですが、自分としては先を見るよりもまず目の前の相手ですね。残り5試合になると追い込まれて、心理面に影響が出そうになりますが、残留するという強い意識と覚悟をもって、伸び伸びと湘南らしいサッカーができるかどうか。それに尽きると思います」

 山口の姿は、ある監督と重なる。

 広島でミハイロ・ペトロビッチ監督が攻撃的サッカーを完成させたあと、森保一監督が守備を整備してリーグ優勝に導いた。湘南は、曺貴裁元監督が超攻撃的な「湘南スタイル」を生み出し、今、山口が守備を整備して新たな強みをプラスした。残留争いという厳しい戦いが続くなか、生き抜けば来年、山口の指揮の下、さらに進化した「湘南スタイル」が見られるかもしれない。ラスト5の戦いは単にJ1残留のためだけではなく、湘南の未来をも左右するものになる。