欧州サッカー最新戦術事情
第5回:チェルシー
日々進化していく現代サッカーの戦術を、ヨーロッパの強豪チームの戦いを基に見ていく連載。第5回は、昨季CLで優勝し今季も好調のチェルシー。
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各国の代表クラスの選手たちが集まっているチェルシー
【トップクラブのなかでは戦術的に平凡】
トーマス・トゥヘル監督の就任でチェルシーは変わった。
昨シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)でマンチェスター・シティを下して優勝。プレミアリーグも4位まで浮上して今シーズンのCL出場権を獲得した。
今年1月に就任してごく短期間で立て直した手腕は、見事というほかない。今季もプレミアリーグは、第18節終了時点でシティ、リバプールに次ぐ3位につけている。
シティのジョゼップ・グアルディオラ、リバプールのユルゲン・クロップとともに現代を代表する監督のひとりであるトゥヘルだが、戦術的な尖り方はシティやリバプールほどではない。
ポジショナルプレーを活用しているのはシティと同じだが、グアルディオラのチームのような流動性はない。チェルシーの3-4-2-1は、基本的に担当レーンの上下動がメインになっている。
シームレスな攻守とプレッシングの苛烈さはリバプールと似ているが、こちらもリバプールほどの迫力は感じない。チェルシーもプレッシングは速く強力だが、クロップのチームが内包しているある種の狂気がないのだ。
トゥヘルのチェルシーは十分先進的ではあるけれども、そのグループのなかではむしろ平凡な部類だろう。過去に率いたドルトムントでもパリ・サンジェルマンでもそうだった。
【代表チーム化しているクラブ状況】
トゥヘル監督は2シーズン連続でCL決勝を経験している。パリ・サンジェルマンを率いて準優勝(2019-20シーズン)、チェルシーで優勝(2020-21シーズン)。率いたチームは違うし、相手チームも違うが、共通しているのはどちらもコロナ禍での異例のシーズンだったこと。
ヨーロッパのトップチームは年間50~60試合をこなす。さらにコロナ禍が重なったとなると、まともなトレーニングすらできない状況だ。トゥヘルのチームは、その影響を受けにくいのかもしれない。
チェルシーの3-4-2-1システムはシンプルだ。1トップ2シャドーの3人が、5レーン(※ピッチを縦に5分割)の中央3レーンの守備を担当。2人のセントラルミットフィルダーが前方3人の隙間を埋めるようにバックアップして中央を固める。
サイドはウインバックが高い位置で寄せきればハイプレスで奪いきり、ウイングバックが後方待機なら5バックで守備を固める。ウイングバックがハイプレスかリトリートのスイッチ役だ。
中央のMF以外は基本的に担当レーンの上下動。
このチーム作りの手法はチェルシーのような戦力が充実しているチームには向いていると思う。特定の選手に依存していないので、選手起用のローテーションができる。
選手層が厚い、練習時間が限られている、さまざまな性格の試合が想定される。こうした条件は、実はクラブチームというより代表チームのものだ。選手のクオリティを阻害しない程度の戦術的な縛り、攻撃的にも守備的にも戦える対応力、誰もがプレーできるわかりやすい機能性......。
チェルシーは代表チームに求められる特徴をすべて持っていて、それが現代のビッグクラブが置かれている状況と、コロナ禍でも強さを発揮している要因と考えられる。
【戦術単体より少し大枠の戦略的戦術の手腕】
GKにはエドゥアール・メンディ(セネガル)とケパ・アリサバラガ(スペイン)。
MF陣はさらに層が厚い。エンゴロ・カンテ(フランス)、マテオ・コバチッチ(クロアチア)、ジョルジーニョ(イタリア)、ルベン・ロフタス=チーク(イングランド)の4人のうち2人が中央を担当。ウイングバックは右にリース・ジェームズ(イングランド)かアスピリクエタ、左にマルコス・アロンソ(スペイン)とベン・チルウェル(イングランド)。
シャドーはメイソン・マウント(イングランド)、カラム・ハドソン=オドイ(イングランド)、カイ・ハフェルツ(ドイツ)、ハキム・ツィエク(モロッコ)、クリスチャン・プリシッチ(アメリカ)、ティモ・ヴェルナー(ドイツ)、サウール・ニゲス(スペイン)、ロス・バークリー(イングランド)と8人もいる。1トップはロメル・ルカク(ベルギー)が絶対的だがヴェルナーも控えている。いずれも各国の代表選手たちで、実力もかなり接近している。
リュディガーとジョルジーニョがプレーするのは確定的だが、飛び抜けてスーパーなのはルカクだけだろう。全体的に高いレベルで均衡している集団で、代表チーム的な選手構成と言える。
過密日程下で必須となるローテーションに向いている。選手が代わってもほとんど戦力がダウンしない。戦術の単純さによってさまざまな選手起用が可能。これだけ多彩な選手を連係させるには、オーダーメイドにしてしまうと身動きがとれなくなるが、ある意味で誰がやっても同じ戦術であり、同時に人によって変えていい余地を残しているのも強みになっている。
トゥヘル監督は細かい戦術指導に定評があるが、それよりもチームが置かれている状況で最高のパフォーマンスを維持するための戦略として、戦術を使っているわけだ。
中庸路線なので図抜けた強さは発揮しないかわりに、ライバルがパワーダウンした時に勝ち残れる力を持っている。コロナ禍の2シーズンで連続してCLのファイナリストになったのは、トゥヘル監督のマネジメント能力によるものだろう。
戦術単体ではなく、もう少し大枠の戦略的戦術の手腕こそ、トゥヘル監督の真骨頂なのではないか。