【羽生結弦・単独インタビュー】プロ転向は「結果という形がない...の画像はこちら >>

公開練習後、個別インタビューに応じた羽生結弦

「羽生結弦とは何か」の自問

 6月に開催されたアイスショー「ファンタジー・オン・アイス2022」のパンフレットの、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)との誌上対談で羽生結弦は、競技選手とプロスケーターの違いを質問していた。それに対しフェルナンデスはこう答えていた。

「競技をやめると決めた瞬間から、新しい人生が始まったなと感じ、生活も一日でガラッと変わった。

それまでとは生活のすべてが変わり、まるで扉を開けて、新しい世界に一歩踏み出していくような感覚だった」

 その変化を実際に体験した羽生は今、どう感じているのか。8月10日にアイスリンク仙台で開催された公開練習「SharePractice」のあと、個別インタビューでこう話した。

「実際に自分が(プロスケーターに)なってみると、本当に忙しいですね。自分でいろいろと考えて、いろいろなことを進めていって。これから演技をしていくにあたっても、どういうふうに皆さんに見ていただきたいか、何が皆さんにとって羽生結弦なのかということを、またあらためて自分に問いかけました」

 7月19日のプロ転向の発表会見のあとは、緊張しながら生活していたという。自分としてやらなければいけないこと、プロとしてやらなければいけないことを考える必要があった。
囲み取材での羽生の話だ。

「今まで人任せにしていたものを自分から率先して考え、やっていかなければいけない。そういうことがけっこうあって、睡眠時間もだいぶ減ったなと思います。それに気持ちのなかでは、競技者よりもすごくハードな練習をしなければいけないと思っていて、実際にしています。これまでは試合に追われながら頑張ってきましたが、今は何か、皆さんの期待を超えたいという気持ちもあるのですごく大変だなと思っているけど、とても充実した日々を送れています」

「プロのアスリートになる」の真意

 決意表明の場として開いた7月の会見で、羽生のこだわりが感じられたのは、「プロのアスリートになる」という言葉だった。その真意をあらためて問うと、こう答えた。

「皆さんが応援してくださる声のなかに、やっぱり難しいことにチャレンジしていること、本当に失敗を恐れずずっとチャレンジし続ける勇気とか、また絶望から立ち上がるところ......そういうところに対しての応援というのが大きかったなと思いました。

もちろん自分のスケートに対しての応援というものもあったとは思いますけど、何かそこもひっくるめて全部大切にしていきたいと思ったんです。だからこそ、プロのアスリート。引退ではなく、もっとうまくなりたい、もっと強くなり続けたいという思いからです」

 プロ宣言後の初めての公の活動となった今回の公開練習を、公式YouTubeチャンネルでライブ配信したのにもプロとしての思いがあった。

「自分がこれからプロとして活動していくにあたり、練習の光景や4回転アクセルに挑戦していくところを見せる機会はなかなかないなと思っていて。それでも自分の練習を見たいと思ってくださる方もいますし、そのなかで自分のアスリートらしさというか、根本的にある『さらに追求し続ける姿』みたいなものを、見ていただける機会になればいいなと思い、練習を公開するイベントをつくってみました」

公開練習で平昌五輪の"リベンジ"

 ライブ配信のため、使用曲の版権の問題もあり限られたプログラムになったが、『天と地と』や『ホープ&レガシー』も演じた今回、目標にしたのは2018年平昌五輪で優勝した時のフリー『SEIMEI』を、当時演じようとした構成でノーミスの滑りをすることだった。羽生はこう説明した。

「やはり平昌五輪の『SEIMEI』のイメージが強いと思いますが、あの時はノーミスをしきれたわけではなかった。

もちろんリカバリーとかがうまくいったと思う点はありましたけど、あの時に本来したかった演技というのは、足首の状態もあって全部はできなかった。あの時はそこまで確率は上がっていたわけではないので。今の自分はあれから成長しているところを見せたかったというのが、一番強かったと思います」

 平昌五輪では演技後半の4回転トーループで着氷を乱して3連続ジャンプにできず、次の連続ジャンプの予定だったトリプルアクセルに、1回転ループと3回転サルコウを付けて3連続ジャンプにした。

 今回の練習では、1回目の挑戦はステップシークエンスのあとの4回転サルコウでミスをしてそのまま曲を流し続けたが、終わるとすぐに2回目に入り、4回転サルコウ+3回転トーループを決めたあとの4回転トーループが両足着氷になって、「アーッ」と叫び声を上げた。だが、続けてスタートした3回目の挑戦では最後まで滑りきり、目標のノーミスを達成。

「今日はちょっと気合いが入りすぎて空回りした部分もあったかなと思うけど、本来の練習でも3回続けて練習するみたいなことはやっているので、実際の練習形態に近いですね」

【羽生結弦・単独インタビュー】プロ転向は「結果という形がないからこそ怖いところもある」「いろいろなことを勉強し続けなければいけない」

羽生結弦としての幅を広げていきたい

 羽生はそう言って納得の表情を見せた。

それ以外にも、『ホープ&レガシー』の曲かけでは、冒頭の4回転ループに3回転トーループを付けて連続ジャンプにしたり、4回転アクセルの挑戦も見せた。その意図をこう説明する。

「ループのほうは、本当は4回転ループ+3回転トーループにするか、4回転ループ+トリプルアクセルにするか迷ったんです。でも今日は『SEIMEI』のノーミスが目標だったので、ループ+トーループくらいにしておこうかなと思いました。まだ本番で組み込めるほど確率は高くないし、これから自分がやっていきたいと思う活動のなかでその難易度のものをやる必要があるかとか、競技の場だったら得点的にもおいしくないと思うとやる必要はないかもしれないけど、ポテンシャルとしてここまであるぞ、というところはちょっと見せたかったんです」

 また、4回転アクセルに関してはこう話す。

「4回転半は、できればプログラムのなかで跳ぶ機会があったらなというのは思っています。
でも、まだそういう確率にもなっていないですし、正直、今回もやったけど頑張っても全日本の頃の4回転半くらいにしかなっていない。負担がかなりかかるジャンプだけど、そういう意味では今は全日本の頃より左足の状態もいいし、右足首もだいぶよくなってきてこうやって挑戦できているので。これからさらに平昌五輪の経験や、それまで培ってきた経験、学んできたことなどを活かしてもっとうまくなれたらなと思います」

 挑戦し続ける今の自分の姿を見せたいと、練習を公開した羽生。今後の活動については、「会見後からやっと動き始めたので今はめちゃくちゃバタバタしている状態」と言うが、「これをやりたい」「あれをやりたい」というのが少しずつ決まってきている。「年内には形になるめどがつき、その練習も始めている状況です」と話す。

 新たなステージは、「正解」が得点や順位という結果で出たこれまでの世界とは違う。

ましてや難度の高い技術を入れていくという点でも、未知の世界に踏み出すということだ。そして、その場では「競技の時よりもさらに一つ段階を上げ、ギアも一つ上げた演技をしていかなければいけない」とも決意するが、その難しさは計り知れないものがある。

「やっぱり難しいなと思えるからこそ楽しいんですよね。もちろんプロになったら失敗できないというのはあるし、結果という形がないからこそ怖いところでもあると思うんです。でもその結果というのは、これから応援していただく方々が、『また見たい』と思ってくださるかどうかが、すべてだと思っているので、それをちゃんと出していかなきゃいけない。難しさはあるけど、それを追求するのがやっぱり羽生結弦なのかなと感じています」

 そのためには過去や常識にとらわれない、新たな想像力もさらに必要になってくる。

「いろいろなことを勉強し続けなければいけない。バレエだったり、ダンスだったり、いろんなことを勉強していって、さらにフィギュアスケートとしての幅を、羽生結弦としての幅を広げていきたいと思います」

 羽生が公開練習を「SharePractice」と名づけたのは理由があった。

「イベントでありつつも、戦い抜く姿を見てほしいというのがテーマとして大きかったので、練習という単語を外したくなかった。それに皆さんと共有してそこで一緒に戦っていけると考えた時、シェアというのが自分らしいかなと思った」

 プロのフィギュアスケーターとして新たな道を切り拓こうとする、羽生結弦の第2ステージはここからスタートする。

(文中敬称略)