「今はコートに戻る日が待ち遠しい! ここで、私の近況をお伝えします」

 そのような書き出しとともに、大坂なおみが自身のツイッターで一枚の写真とメモを公開したのは1月11日のこと。1月16日開幕の全豪オープン欠場を発表した、4日後のことだった。

 アップされていた画像は、胎児のエコー写真。メモには、次のように書かれていた。

「今の私が楽しみにしていることは、近い将来に子どもが私の試合を見ながら、『見て! あれが私のママなの!』と言うことです」

 つまりそれは、ファンへの妊娠報告。

 添付の文章は、「来年の年明けに、みなさんに会えるのを楽しみにしています。なぜなら、2024年の全豪オープンには出るつもりだからです」の一文で締めくくられていた。

大坂なおみ、出産→現役復帰後の道のりは…。女性スポーツの先端...の画像はこちら >>

昨年12月にニューヨークで撮影された大坂なおみ

 全豪オープン開幕を10日ほどに控えた時点で、大会側が「ナオミと連絡が取れていない」と明かしたことで、世界中のメディアは『大坂、消息不明』『足取り掴めず』と書き立てた。

 大会が公式に欠場を発表された時も、理由は明らかにされず。「このまま引退では?」とまで囁かれた。

 そのなかでの妊娠発表は、多くの人を驚かせた。だが同時に、彼女のここ数カ月の行動を説明するものでもある。

 大坂が最後にコートに立ったのは、昨年9月の東レパンパシフィックオープン。出産予定時期に関する記述はなかったが、1年後にはコートに立つ心づもりだという。

 出産後の女性アスリートが競技活動を継続するのは、昨今ではさほど珍しいことではなくなった。

 特に、賞金や環境などあらゆる面で女性スポーツの先端をいくテニス界では、「ママさんプレーヤー」などの言葉が陳腐に響くほど、出産経験者や子どものいる選手は多い。

 現役選手では、現シングルス24位で元世界1位のビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)がその筆頭。昨年のウインブルドンで初のベスト4へと大躍進したタチアナ・マリア(ドイツ)は、二度の出産を経験した35歳だ。

 ダブルス元世界1位で現29位のサニア・ミルザ(インド)や35位のベラ・ズボナレワ(ロシア)も、産後に復帰したトッププレーヤーの系譜である。

【出産後にグランドスラム制覇】

 歴史をさかのぼれば、先駆けとなったのは、グランドスラム最多優勝記録を誇るマーガレット・コート(オーストラリア)だろう。さらには1970年代から1980年代にかけて活躍したイボンヌ・グーラゴング(オーストラリア)も有名だ。

彼女たちはいずれも、出産後にグランドスラムを制している。

 記憶に新しいところでは、なんといってもキム・クライシュテルス(ベルギー)の衝撃が大きい。24歳の時に電撃引退したクライシュテルスは、翌年に第一子を出産すると、その約1年半後に現役復帰。直後の全米オープンを皮切りに、1年半で3つのグランドスラムタイトルを獲得したのだ。

 クライシュテルスの活躍が選手たちの出産観や常識を変えたのは、想像に難くない。それに伴い、テニス界の環境も徐々に変化を見せていく。

 グランドスラムを筆頭に、大きなツアー大会は会場に託児所を設け、保育士を雇うようになった。今ではすべてのグランドスラム(全豪、全仏、ウインブルドン、全米)に託児所があり、選手はもちろん、家族やコーチも子どもを預けることが可能だ。全仏では歴代優勝者などの"レジェンド枠"も増えたという。

 そのように先達たちが切り開き、整備してきた道を仕上げとばかりに舗装したのは、やはりセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)である。

 マーガレット・コートに次ぐ23のグランドスラム優勝記録を持つセリーナは、2017年、35歳の時に妊娠を公表。多くの人々が「さすがのセリーナも引退か」と囁くなか、出産の約半年後に復帰してファンを驚かせた。

 このセリーナの復帰により、妊娠・出産からの復帰支援システムを強化すべきだとの意見が、関係者や選手の間からも立ち上がる。果たして2018年末、WTAの選手評議会は「スペシャルランキングの見直し案」を提出し、トーナメント実行委員によって承認された。

「スペシャルランキング」とは、ケガや病、出産などにより長期ツアーを離脱した選手のランキングを凍結する救済措置。2019年から施行された新ルールの最大の改善点は、「出産以降の3年間、スペシャルランキングが有効」であること。従来は、復帰後最初の試合に出てから1年間しかスペシャルランキングは有効ではなかった。加えて行使できる大会数も、8から12に増えた。

【セリーナが残した偉大な功績】

 さらに大きいのは、「出産や病欠によるスペシャルランキングには、シードがつく」ことである。

 従来のルールでは、スペシャルランキングは大会出場のみに用いられた。その点が改善され、スペシャルランキングもシード適応の対象になったのだ。これにより、上位選手の復帰ロードはより短縮されたと言えるだろう。

 巷間で「セリーナ・ルール」と呼ばれたこの新制度の助けもあり、セリーナは復帰後も3度のグランドスラム決勝に進出。優勝とはならないまま昨年9月にコートを去ったが、テニス界に残した功績は計り知れない。

 そして、その恩恵に大きく預かりそうなのが、セリーナに憧れ抜いた大坂だ。

 スペシャルランキングは"妊娠の始まり時期"で決まるため、大坂の正確な数字は不明だが、50位以内なのは確実。グランドスラムでのシードはつかないが、ツアー大会ならシード対象の可能性がある。

「産後3年」のスペシャルランキング適応期間も、もとより出場大会を絞る大坂にとって、大きな助けになるだろう。クライシュテルスやセリーナが証明してきたように、再びグランドスラム決勝の舞台に立つのも、決して不可能ではない。

 2021年に精神面の不調を明かし、ツアーも離脱しがちだった大坂にとって、新たな家庭を築くことは、心身の大きな転換期になるのは間違いない。

 かつて「いい人すぎて勝てない」と言われたクライシュテルスは、復帰後、ファーストキャリアを上回る活躍を見せた。

「子どもがいることで、オンコートとオフコートの切り替えができるようになった。テニスは人生の一部にすぎないと感じられた」

 そう語り、次々にタイトルを掴むクライシュテルスに、精神面の強化を見た人は多い。

 果たして大坂は、クライシュテルスやセリーナが切り開いてくれた道をたどるのか? あるいは......?

 その答えを知るには、少なくとも1年は待たなくてはならない。