「地球に優しい株式投資なんてある?」投資教育の授業を受けてい...の画像はこちら >>
奥野一成のマネー&スポーツ講座(28)~ESG投資とは?

 野球部の顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、経済に関するさまざまな話を聞いている3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。前回は「ストックとフロー」という、経済を理解するうえで大切な用語について教わった。

由紀「お金の話というと、つい自分たちのお給料や収入のこと、つまりフローのことばかり考えてしまうけど、ストックも大事なのね」
鈴木「株を英語にするとストック。株式市場はストックマーケット。かっこいいじゃないですか」

 株式投資について、ますます興味を募らせるふたりは、テレビや新聞でよく使われる経済の用語にも敏感に反応するようになっている。たとえばSDGsとか。

由紀「『持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)』のことね」
鈴木「この前なんて、電車のラッピング広告でも大きく書かれていた。流行語みたいになっていますよね」
由紀「どれだけほんとに理解されているかはわからないけどね。

正確な意味は......」

 ちなみに外務省のHPによるとこう書かれている。

「......2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された『持続可能な開発のための2030アジェンダ』に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の『誰一人取り残さない(leave no one behind)』ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいます」

「株式投資の世界でも、似たような考え方をする人たちがいるよ」と言って、奥野先生が会話に加わってきた。

由紀「投資によって、『持続可能でよりよい世界を目指す』ってことでしょうか」
鈴木「でも、まず『お金持ちになりたい』『お金持ちになるためにはどうしたらいいか』を第一に考えてきた僕としては、これをどう考えればいいのかな」

【「企業統治」って何?】

奥野「SDGsは国連によって採択されたもので、政府、企業、個人が2030年を期限として、自分たちの出来るところで達成しよう、という目標のことなんだけど、これは高校の教科書にも載っているから、君たちもおおよそのことはわかっているよね。

 で、このSDGsという言葉が世の中に広がっていく過程のなかで、『ESG』という言葉が出てきたんだ。

 これは、E(Environment:環境)、S(Social:社会性)、G(Governance:企業統治)」という3つの要件の頭文字を充てたもので、簡単に言えば『企業は利益追求のことばかりを考えるのではなく、地球環境や社会性、あるいは企業統治に配慮して経営を行なうべきだし、投資家もそういう企業に投資するべきだ』という思いが込められている。

 SDGsとESGの考え方って結構、似ているから、『いったい何が違うの?』って疑問に思っている人も少なくないのだけど、簡単に言えば、SDGsが政府、企業、個人を対象に目標設定しているのに対し、ESGは企業と投資家が対象になっているというのが、大きな違いかな。ESGは、企業だって社会を構成する一員なんだから、環境や社会性、ガバナンスを重視して日々の経営をするべきだし、そういう企業に投資するのが投資家の責務、ということを言いたいんだ」

鈴木「Eの環境配慮については何となくわかるんですけど、SやGが今ひとつ明確に理解できません」。
由紀さん「私がよくわからないのはGです。企業統治という意味もよくわからないし、それが世の中を良くすることにどう影響するんですか」

奥野「確かにEはわかりやすいよね。投資家の立場から言うと、地球温暖化の問題で二酸化炭素の排出量を減らさなければならないから、炭鉱の採掘ばかりを手掛けているような企業には投資しない、という話。

 Sは社会性だから、わかりやすい事例で言うと、人を殺傷する武器を製造している軍事メーカーには投資しない、とか、あるいはハラスメントだらけの企業、社員をこき使うブラック企業、男女差別の激しい企業、なども投資対象から除外される。社会性に欠ける企業に投資しないことの意味、何となくわかるでしょう。

 そしてG。ガバナンスに『企業統治』という訳語を当てはめたことで、今ひとつ意味がわかりにくくなったのかもしれないね。

 ガバナンスとは、経営者の暴走を抑えるための見張り役をしっかり立てた企業体制ができているかどうかということなんだ。

 よく『ワンマン経営者』なんて言って、何でもかんでも自分の思うようにならないと気が済まない経営者がいるんだけど、こういう企業は、経営者の見張り役である取締役が機能していない恐れがある。

取締役が何も意見せず、経営者の言いなりになっているような会社は、ガバナンスが低い証拠だし、そういう企業は望ましくないから、やはり投資しないようにしましょう、という意味が、Gの部分に込められているんだ」

鈴木「SDGsやESGを重視して儲かっていない会社と、逆に軽視して儲けている会社と、投資家としてはどっちがいいのかなー?」
由紀さん「本当はSDGsやESGを重視して儲かるのがいいと思うんだけど......」

【エコと利益、どっちが大事か】

奥野「SDGsやESGを重視するのは結構だけど、利益を度外視してまで、とは思えないなあ。

 企業の利益とは『顧客・社会の問題解決の対価』だという話は以前にもしたし、これはいつも話している『お金はありがとうのしるし』というお金の原則とも整合的だよね。そういった顧客・社会に付加価値を提供する企業のオーナーになって、その企業があげてきた利益をシェアすることが株式に投資するということなんだ。だから株式のことを『Stock』と言うのは前回話したところだけれど、『Share』とも言うんだ。面白いでしょ? 法的には、みんなが思っているような『Gamble』ではないんだよ。

 そして、そういった顧客・社会の課題を解決する企業があげてきた利益をシェアすることで株主が儲かるということは、結果的に、社会も少しずつよくなっているということなんだ。

それはそうだよね。企業の利益は顧客・社会の問題解決の対価なんだから。実はこの『利己』と『利他』が自然と長期的に融合するという概念こそが、資本主義の根本であり、長期投資の意義なんだ。

 SDGsやESGを語る人は、どことなく利他の部分を強調したがるんだけど、それは、投資を、短期的かつ利己的な行為だと考えているからじゃないかな。確かに、短期的な投資はどこまでいったって、利他とは融合しないからね。しかし、長期投資においては、そうじゃなくて、ESGなんて言葉を強調しなくたって、EにもSにもGも、普通にビジネスの世界で生きている市民であれば当然のことであって、わざわざ『ESG』を強調されると、かえって訝(いぶか)しんでしまう。

 だから、基本的には由紀さんが言うように、SDGsやESGを重視しながらも、しっかり利益をあげている企業であることが望ましいんだろうね。

 それに、表向きではエコに配慮しているように見せかけていながら、実は問題の根本的な解決につながっていないことって、結構あるんだよ。

 たとえば、日本の飲食店でストローをプラスティックから紙製に切り替えたとしても、隣の国が物すごい量の石炭を燃やして火力発電を行なっていたら、地球規模で見たらあまり意味がない。

 あと、最近はやりのEV(電気自動車)なんだけど、これもどうなんだろうね。結局、電気をつくり出すために化石燃料に頼ってしまったら、熱源のところで環境負荷を高めてしまう。しかも、電気を送電線で送った時点で確実に数%の送電ロスが発生するし、乾電池に入れた時点でもロスが生じる。それを考えると、そんなにエコだとは言えないんじゃないかな。つまりEVがエコなのかどうかは、本来的にそれぞれの国の『熱源』によって変わるんだよ。

鈴木「じゃあ、どうしていろいろな国が、新車はEVしか認めないとか言い出したんですか」

奥野「EV化を積極的に推進しているのって、欧州だよね。欧州は多くのスポーツが生まれた土地であり、さまざまなスポーツのルールの決定にも深く関わっている。そしてそのスポーツの世界では、ときどき、結果的に自分たち(欧州)が有利になるようなルールの変更が行なわれている。スキージャンプで日本チームが大躍進すると、スキー板の長さを変えろと言い出したなんて話は有名だよ。

 で、ここからは僕の感想的なところでもあるんだけど、そういった欧州の思考パターンから考えると、今のEV推進は、エンジン自動車の分野ではどんなに頑張ってもトヨタ自動車に勝てないから出てきたルール変更、と言えなくもないんだ。

 最初は、トヨタのハイブリットに、ディーゼルを対抗馬として出してきたんだけど、フォルクスワーゲンの排出ガス規制不正問題などに象徴されるように、ディーゼルの環境性能そのものに問題があり、欧州の自動車メーカーが内燃機関でトヨタを打ち負かす手がなくなってしまった。

 そんな時に、まったくのゼロスタートなら勝てるかもしれないと誰かが思いつき、それならEVだということで、欧州連合としては2035年までに内燃エンジン車の新車販売を禁止すると言い出した。結局、この案は非現実的だということで方針転換したけど、こうした流れを見ていると、結局、彼らがやりたいのは、自分たちにとって有利な産業を持ちたいということにも見えてくる。『世界のルール作り』という面において後手後手に回ってきた日本人のうがった見方、ひがみ根性なのかもしれないけどね。

 そういう観点で考えてみると、世界中が地球に優しいことをやろうとする目的のためにESGに取り組んでいると考えるのは、若干、短絡的なんじゃないかな。その裏側にある経済的な戦いも、常に念頭に置いておく必要はあるよね」

【profile】
奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。