圧倒的な強さを誇り、4回出場した五輪では個人総合2連覇を含む金3銀4を獲得し、世界選手権でも史上最多の6連覇を含む21個のメダルを獲得してきた内村航平。昨年3月12日に引退試合を行ない、それからの1年を「忙しかったから一瞬で過ぎた感じですね。

1カ月が1週間くらいの感覚だったので、あれから12週過ぎたという感じです」と笑顔を見せた。

 その1年を振り返りつつ、現役時代なぜあれだけ結果を残すことができたのか。また、「努力論」についても語ってもらった。

内村航平が引退後も持ち続ける王者の思考 体操が「できなくなっ...の画像はこちら >>

現役時代は国内のみならず、世界のトップで活躍してきた内村航平さん

―― 引退してからこの1年は、どういう仕事が多かったのですか。

「講演がけっこう多かったですね。あとは自分の"体操展"というイベントをやったり、この前は羽生結弦くんのイベントに出たり。
講演も自分では見直してないので、うまくできているかわからないけど、初回はやっぱり『うまくしゃべらなきゃ』みたいなところもありました。そもそも自分はうまくしゃべれる人じゃないし、気負わずに今まで経験してきたことをそのまましゃべればいいのかなと思ってやっています」

―― 競技生活も終盤はケガもあって苦しかったと思いますが、33歳まで続けた自分をどう思いますか?

「よく頑張ったなとは思わないですね。ただやることをやってきただけだな、としか思っていないので。五輪や世界選手権、日本選手権で連覇した時も『やることをやったから、ああなったんだ』というだけで、自分のことをすごく評価することもなかったです。やることをやったから今があるのかな、という感じで、ずっときていますね」

―― 6種目やるのが体操だというプライドを持ちながらも、最後はケガでそれができない状況になりました。競技を続ける意味はどう感じていましたか。


「やめるのは簡単ですけど、この状況を打破して上がっていく自分を知りたいという気持ちでやっていました。それにできないとは思っていなかったし、『どうにかすればできる』という気持ちは毎回持ち続けていました。『ここでやりきったらカッコいいよな』みたいな気持ちもありましたね。そういうなかで、基本の動作が大事なんだというところにいき着きました。基本がしっかりできているからこそ大きな力はいらないというか、小さな力で大きな力を生む体操ができているんだなというのも感じました。

 それに、できないことも面白いなと思ったんです。
できなくなっていく自分も面白いなというか......。なんでできなくなるんだろうと考えた時に、一概に筋力が衰えているからというだけでは説明がつかないこともあり、そこが意外と面白かったり。たぶん他の人があまり思わないことを思って体操をやっていたのかもしれないです。できないことが面白いというのは、多分僕は一生体操を嫌いにならないなと思えた瞬間でした。だから他の人よりも、体操においてはいろんなことを知っているのかな、という気はしています」

【継続できたのは「何で?」があったから】

―― 成功体験で終わるのではなく、失敗体験もあるということですね。

「これだけ結果を残しているので一応、成功した人ではあるんですけど、やっぱり失敗のほうが多いので......。結果が出た試合でも納得いってないことのほうが多かったですね。

客観的には成功であっても、僕のなかでは成功というより『もうちょっと上がある』という感覚でいつもやっていたので。もちろん練習のほうがよかったり、練習より試合のほうがよかったこともありますが、試合でしか出てこない失敗ももちろんあって。まぁ、どちらにしても面白いと思えていました」

―― だからこそあそこまで継続できたということですね。

「すべてにおいて『何で?』と思えたことがよかったですね。できたことも『何でできたんだろう』だったし、できないことも『何でできないんだろう』でした。すべてにおいて僕は『何で?』と思うようにしていましたね」

―― 今回出版した書籍も、『何で?』と思う好奇心や、失敗することの意味も伝えたいと思ったのですか?

「そうですね。
体操だけに限る話じゃないと思うんですね。失敗を恐れないのが大事というか、そもそも僕は『できない』と思ってやっているので(笑)。そういうマインドが大事かなと。できないと思っているところから『どうやればできるのかな』という追い求め方をしてたほうが、『あっ、できちゃった。ラッキー』みたいな喜びも大きいし、できなかったとしても『まあしょうがないよね』と思ってそんなに落ち込まないというか。

 でも『できる』から入った人は、できないときには嫌な気持ちになるだろうし、そこから続かないんですよね」

―― 同じようなミスを何度でも繰り返してしまう人は、「できる」から入っているのでしょうね。


「そうだと思いますが、準備をしっかりやっているかも関係してきますよね。本当に試合と同じような場面を想定して準備しているか、というのもあるし、苦手に対してちゃんとアプローチしているかというのもある。これだけやっておけばいいというのは、多分すべてにおいてないので、誰もが考えつかないようなミスも想定して準備をしておかなければいけないと思います。

 普通に考えれば『それはやらないでしょう』みたいなところでも、意外とやることもあるので。普通に歩いていても、躓いて転ぶこともある。そういうことは、ほとんど起きないことだけど、実際に起こることもあるから、そこまで想定しておかなければいけないと思います」

【天才じゃないから面白かった】

―― それは前にも話していたように、「自分は天才ではない」という思いもあるから努力を続けるしかないと。

「そうですね。天才は練習をやらなくてもできるから、続かないのかなと思います。たぶん、やったら直ぐにできてしまうから面白くないんだと思います。今まで見てきた『天才だな』と思う人たちは、そういう人ばかりでしたね。大事な場面でできるかといえば、そうではない人が多かった。結局、どれだけ準備をするかが大事なんだと思います。ただ僕の場合、ここまでくると『続けなきゃいけない』というような義務にもなっちゃうんですけど、自分を維持しなきゃいけないので、気持ちが上を向いていない時でもやらなければいけないんです(笑)」

―― これから体操界を盛り上げていくためにも、自分も演技をするところを見せなければいけないですね。

「そうですね。ある程度は見せることも大事ですよね。やっぱり目の前で見せることがどれだけ破壊力があるかというのは、現役を辞めてみて感じています。現役の時も多少は感じていたけど、そこまで感じたことはなくて。今は試合ではなくイベントでしか僕を見せられないので、そういうときにいかにインパクトを残すかということをすごく大事に思ってやっています」

―― 体操普及のためにこれからやりたいことも、いろいろ考えていると聞きました。

「もちろんアイディアはたくさんありますが、まずは体操の試合があることや体操のことを知ってもらわないと意味がないので、今はそれが目標ですね。体操の試合は『見にきてよ』と言っても、僕が面白くないなと思っているくらいだから、普通の人が見ても面白くないんです(笑)。見せ方もそうだし、ルールがわかりづらいとか、何をやっているのかわからないとか......。僕がギリギリ面白いと思えるものでやっと、『来てもらえるかな』と自信が持てるくらいですね。

 だからまずは、体操って何なのかというのを、ちゃんと知ってもらうことからだと思っています。難しい技ではなくて、学校の体育で誰もがやっていることの延長線上に僕らがやっていることがあるというのを、まずは伝えたいです。そこからこういうふうに技が進化していくとか、みんなに『あぁ、なるほど』と思ってもらえるように説明するイメージで。

 見てくれる人の知識がちょっとずつ増えていって『なんとなくわかるな』くらいにまでにはしたいですね。子どもたちには『そうすればできるんだ』と思ってもらえるかもしれないし、大人には『こういう感じで技は進化しているのか』と知ってもらえれば、会場やテレビで見た時にも楽しんでもらえるのかなと考えています」

* * *

 3月に羽生結弦のアイスショーに出演した時には、「体操もショーとして成り立つな」という考えも浮かんだ。だが、最終的には「まずは試合を見てもらいたい」という思いから、「ショーのほうが面白い」となったら本末転倒だとも言う。

 自分の価値を見せるのではなく、体操の価値を上げるために、もっといろいろなことをやらなければいけないと言う内村。「本当にやることはたくさんありすぎて、『何からやっていくの?』という感じなんです」と言って苦笑するが、引退後も充実しているようで、これからのさらなる活躍にも期待したい。