3月9日、昼下がりのヤクルト二軍の戸田球場では、星知弥と小野寺力投手コーチが一塁ファウルライン上に立ってキャッチボールをしていた。プロ野球はオープン戦に突入していて、この日の夜にはWBC日本代表チームの初戦(中国戦)が控えていた。

ヤクルト星知弥が「うまくいっていない感じ」から150キロ台連...の画像はこちら >>

4月2日の広島戦で1324日ぶりに勝利投手となったヤクルト・星知弥

【ケガとメンタルの弱さに泣いた6年】

 このキャッチボールの狙いは、まずストライクをとるための横のブレをなくすことだ。ライン上という限られた幅のなかで、インコース、アウトコースへ手だけで投げるのではなく、縦のラインを体に意識づけさせて投げる。さらに、体を小さく強く使うことでパワーも生み出す。「この練習はもう何年もやっています」と小野寺コーチは言う。

「はい、苦手の1球目の入りから」
「ほら、また手だけで投げてる」
「腰が入っていないよ」

 キャッチボール中は、小野寺コーチからの注文が飛ぶ。ふたりのコーチと選手としての関係は、星が入団した2017年から続いている。

「わかってます」と、星がもどかしそうに答えると、「ならできるな(笑)」と小野寺コーチ。

そして気持ちのいい真っすぐがミットに収まると、「この球だよ! それを続けていこう」と小野寺コーチの声が響く。

 星が今シーズンのスワローズブルペン陣のピースになるとは、まったく想像もつかなかった。それほど3月上旬の時点では、試行錯誤しているように見えたからだ。

 小野寺コーチは「2月の二軍キャンプの段階では、真っすぐに関してはすでによかったです」と教えてくれた。

「あとは変化球の腕の振りが緩むとか、制球力といったところをどうにかしていこうという話はしました。今年の星を見て、危機感を持っていることを感じました」

 星のこれまでのキャリアは、1年目は24試合(先発18試合)に登板して4勝7敗2ホールドを記録。

即戦力右腕として期待に応えたが、シーズン終盤に右ヒジを疲労骨折。その後もさまざまなケガに泣かされたこともあり、昨年はわずか7試合の登板に終わった。

「持っているポテンシャルは高いのですが、とにかく自信がなさそうなんです。不安でストライクをとりにいって打たれる」

 小野寺コーチは、そこが一番の課題だと思っていた。

「もっと自信を持って投げよう、ゾーンに腕を振って投げようと。あとは確率ですね。

いい1球がきても、次は『ええっ?』というボールになる。とにかく不安があるのか、1球目を様子見で入ってしまって打たれる。僕にはそう見えていました」

 ライン上のキャッチボールから3日後、星は二軍の巨人戦で9回に登板し、サヨナラ2ランを浴びる。小野寺コーチは「いつも同じやられ方」と言った。

「四球を出してからのホームランだったり、ツーアウトからスッと入ってのホームランだったり......。そういうところは成長していかないと、自分はどういうふうにやられているのか考えていこうという話はしました。

もちろん四球を出さないほうがいいのですが、同じ四球にしてももっと勇気を持って腕を振っていこうと」

【清水昇が語った星知弥の変化】

 それから2日後の3月14日、同カードで再び登板した星は1回を3者連続三振。17日には一軍に呼ばれ、その日の阪神とのオープン戦(神宮)でも最速154キロの真っすぐと140キロ台のフォークで3者連続三振という圧巻のピッチングを披露した。その後の3試合でもひとりの走者も出さない完璧な投球を見せた。

 チームのセットアッパーである清水昇は、自身の1年目が終わった時に星から「お互いにどうにかしないとな......」と、オフは一緒に自主トレをするようになった。

 清水は、今年の自主トレでの星を見て「正直、うまくいっていない、いろいろと噛み合わないのかなという感じがしました」と言った。

「それが、星さんが一軍に合流した時にはすごくスッキリした顔をしていたんです。何かちょっと変わったかなと思って......。

いざピッチングを見たら、球は速いし、自信を持って投げていました」

 話しかけてくる言葉も、これまでとは違っていたという。

「前は『どうやって投げてる?』とかだったのが、今は『相手バッターに対してどういう意識で攻める?』と。すごく自信を持って投げているのだなと。僕もそれに感化されて、負けないようにやっています」

 そして星自身は、オープン戦期間中に「真っすぐが戻ってきたことが一番大きいのかなと思っています。そのことで課題としている変化球も、自然と曲がったり落ちたりしてくれている」と話した。

「これまでは肩であったりヒザであったり、コンディションの部分で頭では理解しているけど、体がついてこないところがありました。

今はコンディションが戻ったことで、トレーニングができるようになり、頭で考えていることを体現できるようになりました。そのことで出力も上がったと思います。自分のなかで勝負のシーズンだと思っているので、悔いがないように持てる力をアピールしたいです」

 小野寺コーチも「オープン戦の映像を見ましたけど、必死になって腕を振っているんだろうな」と星の状態に安堵の表情を浮かべた。そして星は開幕を一軍で迎えることになった。

【大学時代に語っていた理想の速球】

 4月2日の広島戦では同点の8回表に登板。無失点に抑えると、その直後にチームが勝ち越しに成功。4年ぶりの勝ち星を手にした。試合後の囲み会見では、「自分のボールに対して、やっと自信が持てているのかなと思います」という言葉を口にした。

「今年はただ自信を持って投げる。そこしか考えてないです」

 開幕から7試合連続で無失点ピッチングを続けていた星だったが、16日の広島戦では4点リードの6回裏二死満塁の場面で登板。"火消し"を託されたが、田中広輔に同点満塁本塁打(自責点1)を浴び、その後チームも勝ち越され敗戦。

 不安がよぎったが、次の登板となった20日の中日戦では同点の7回表にマウンドに送り出されると、再び圧巻の投球を見せた。

「ああいうこと(満塁本塁打)もありましたが、もう気持ち的にはリセットしていました」

 星は先頭のブライト健太に対して、初球を154キロの真っすぐでファウルにすると、最後は152キロの真っすぐで空振り三振。続く大島洋平、アリスティデス・アキーノも空振り三振で打ちとった。チームの延長11回サヨナラ勝ちにつなげたのだった。

 こうした星のピッチングについて、小野寺コーチは「今は腕を振って、真っすぐも変化球も打者に向かっていけています」と話す。

「この先は"勝利の方程式"のなかに入れるように......実際、そういうボールは投げています。そのためにも、いいボールを継続して投げて、勝ちとっていかないといけない。相手にやられることもあるでしょうけど、その時に気持ちを切り替えてまた向かっていけるか。打たれる怖さって絶対にあるので、自分でどう乗り越えるか。(プロ)7年目ですからね。ここまでくるのに時間はかかりましたけど、少しでも変われたことは本当によかった」

 4月25日現在、星は10試合に登板して1勝2ホールド、防御率2.25。奪三振率は12.38を記録し、スワローズの最高ブルペン陣の重要なピースとなっている。

 2017年1月に明治大学野球部寮(府中市)で星を取材したことがあった。最速156キロ右腕は、前年のドラフトでヤクルトから2位指名され、2月の一軍キャンプを目前に控えていた。

「理想は藤川球児さんのような真っすぐを投げることです。真っすぐとわかっていても打たれないじゃないですか。それに比べると、自分の真っすぐはまだまだです」

 かつてはそう語っていた星だが、今年はじつに魅力的な真っすぐを投げている。はたして、星はスワローズ初の3連覇へ導くことができるのか。星の快速球から目が離せない。