今年2月に行なったJ1順位予想で、筆者は川崎フロンターレの名前を優勝候補に挙げている。

 今シーズン、川崎が例年と比べて戦力的に最強だったとは思わない。

むしろ、ここ数年では最弱の部類だろう。最強に近い陣容だった2020年と比較すると、中村憲剛、田中碧、守田英正、旗手怜央、三笘薫、谷口彰悟と主力が次々に引退や移籍。さらに小林悠、レアンドロ・ダミアンがケガで出遅れることもわかっていた。おまけに開幕直後にはジェジエウ、大島僚太のふたりもケガで戦線を離脱することになった。

 しかし、今シーズン開幕以来、勝ちきれない試合が続くなかでも、川崎は"川崎の匂いがするサッカー"を続けていた。

 攻守一体の能動的なアプローチ。

技術と強度の融合で局面を制し、たとえばショットガンを打ち込むように短い縦パスを打ち込み、小さなスペースに亀裂を与え、ゴールに迫る。"ボールありき"のプレーを踏襲するなか、それぞれの選手がやるべきことの精度を上げつつある。苦心しながらも、立ち返るべきところがあったと言うべきか。

 実際、J1リーグ直近6試合は4勝1分1敗と調子を上げている。1試合少ない状況で、7位まで順位を上げた。残り14試合、首位に立つヴィッセル神戸とは12ポイントもの差はある。

だが......。川崎は逆転優勝の狼煙(のろし)を上げられるだろうか?

 7月15日、横浜。川崎は敵地で横浜F・マリノスと戦い、アディショナルタイムのゴールで0-1の劇的勝利を収めている。勝てば暫定ながら首位に躍り出たはずのJ1王者を下した一戦は、千金に値した。

川崎フロンターレ、2戦連続「首位叩き」へ 奇跡の逆転優勝へ狼...の画像はこちら >>

横浜F・マリノス戦は終了間際の決勝点で劇的な勝利を飾った川崎フロンターレ

「(試合前に)『これに勝てば情勢は変わる』という話をしていました。負けても数字上は可能性を残していましたが、かなり厳しくなるだろうと。
『その覚悟を持って挑まなければならない』と話していました」(川崎/鬼木達監督)

 勝負はどちらに転んでもおかしくはなかった。特に前半は、横浜FMが決定機を外していなかったら、追い込まれていただろう。川崎はボール支配率でも下回っており、相手を押しきるパワーも含め、やはり全盛期とは違う。

【逆転優勝へのキーマンは?】

 しかし、勝負に対する執念を感じさせ、そのなかで各選手が力を出しきっていた。

 1トップに入った山田新は前線でボールを収めながら、際どい反転シュートを狙い、相手センターバックの足を使わせて疲弊させていた。中盤では脇坂泰斗、瀬古樹、ジョアン・シミッチが随所で三角形を作って、ボールを前に押し出した。

宮代大聖は左サイドに入って起点になっていたし、右の家長昭博が勝負どころで見せる1対1は格別で、うっかり食いついた敵を斬り倒す迫力があった。

 ひとつの仕組みのなかでプレーすることで、選手が真価を出しつつある。局面で勝負できるテクニックがあるからこそ、応用にもつながっている。たとえ劣勢でも、各選手の戦術眼と練度の高さがあるからこそ、カウンターも決まる。ボールポゼッションにより、相手のリズムも断ちきれる。状況によって、3バックも使い分けることができる。

うまいだけでなく、"戦い上手"になってきているのだ。

「カウンターではチャンスを作れていたし、そこの狙いを出せていました。しっかりボールを動かす時間は、それほど多くはなかったです。ただ、年間を通して上に行くには、(今日のような戦いで勝つのも)必要なことかな、と」(川崎/家長)

 王者に真っ向勝負を挑むなかで、交代カードも生きた。

 後半26分には、交代出場の瀬川祐輔がカウンターの起点となって、遠野大弥がGKと1対1になり、ファウルでPKを得る。家長が蹴ったキックは、GKに止められた。

だがその後も前がかりになって、勢いを加速させる。交代出場の瀬川からのバックスピンがかかったパスに、同じく交代で入ったDF大南拓磨が右サイドを走り込んで折り返し、DF車屋紳太郎が中央に突っ込んで決勝点を叩き込んでいる。総攻撃が実を結んだ形だ。

「監督からも『下がらず攻撃的に』と言われていたので。相手の足も止まっていた時間帯で、(裏に走って)結果につながって良かったです。90分間、ゼロに抑えるなかで、あそこまで(車屋が)詰めてくれるのはさすがだなという感じ」(川崎/大南拓磨)

 不退転の戦いだったが、気合だけで勝ったわけではない。バックラインは耐え凌ぐ力を見せたし(アンデルソン・ロペス、エウベル、ヤン・マテウスの3トップを完封するのは簡単ではない)、中盤は攻防で一歩も引かず、前線は虎狼の剽悍(ひょうかん)さでゴールを狙い続けた。交代カードも有効だった。

 逆転優勝に向けてのキーマンを挙げるとすれば、宮代になるだろう。左右両足の技術とプレービジョンを高水準で持ち合わせた選手で、シュートセンスはJ1でも屈指。タイプの違う山田とアカデミー出身FW同士で高め合い、殻を破ることができたら、川崎は新時代の幕を開けられる。

「週末の神戸戦に勝つことが大事」

 川崎の選手たちはそう言って、喜びに浸っていなかった。本気で優勝を目指すなら、背水の戦いが続く。2試合続けての「首位叩き」が不可欠になる。

 7月22日、ノエビアスタジアム神戸。神戸を破ることができたら、狼煙は上がるだろう。