【めちゃくちゃ元気ですよ】
鍵山優真(オリエンタルバイオ/中京大)は11月3~5日に開かれたグランプリ(GP)シリーズ・フランス杯で、1年7カ月ぶりの国際大会に出場。アダム・シャオ イム ファ(フランス)とイリア・マリニン(アメリカ)が300点台の競り合いをするなか、鍵山は273.14点で3位だった。
11月24、25日のNHK杯は、2位以内で合計247.8点以上を出せば、初のGPファイナル進出が決定することになっていた。
まだケガの影響もあり、4回転ジャンプの本数を抑えてシーズンインした鍵山。フランス杯では4回転はサルコウ1本だったが、帰国後すぐに4回転トーループ+3回転トーループも加える2本の構成にして練習を始めていた。
そして、NHK杯のショートプログラム(SP)で、冒頭の4回転サルコウは若干の力みはあったが、3.74点の加点をとる。次の4回転トーループからの連続ジャンプもきれいに決め、ノーミスの演技とした。
「ここまでいろいろなことを乗り越えてきました。今自分ができる最大限の構成で、自国開催の舞台でノーミスの演技ができたのがすごくうれしかったです」
鍵山は、渾身のガッツポーズを見せた。
その得点は105.51点で、最終滑走の宇野の得点を5点以上上回る首位発進。鍵山は自身の得点が今季世界最高だと知って驚き、さらに演技構成点をすべて9点台に乗せたことも喜んだ。
「めちゃくちゃ元気ですよ」と明るい表情を見せる鍵山の、しっかり芯が入った力みのない軽やかな動き。それは、翌日のフリーでも変わらなかった。
【まったく違うものを見ているよう】
フリーでは、直前に滑った宇野が、4回転4本の構成を流れのある演技で滑りきり、合計を286.55点とした。そのあとに登場した鍵山は、4回転はサルコウとトーループ1本ずつ。フランス杯のフリーではトリプルアクセルのミスと終盤の3回転ルッツの着氷の乱れで175.23点だったが、同じようなミスをしてしまえば宇野の得点に届かない。そんな緊張感があった。
「気持ちの準備はすごくできていて、何も悪いと思う部分はなく、前半は落ち着いていけました」と鍵山。冒頭の4回転サルコウは、練習で見せていたように軽やかに跳び、SPより高い4.30点の加点をもらった。
そのあとの4回転トーループからの3連続ジャンプは、最後のサルコウが2回転になるミスはあったが、流れを途絶えさせず、つなぎの振付けもしっかりと意識されていた。
だが、演技後半に入って2本目のトリプルアクセルで転倒するミスが出た。
「アクセルのミスはあらためて映像を見返したいけど、技術的なことで、体の滑る方向と足を出す方向がちょっとズレてしまったのが原因かなと感じています。でも、そのあと落ち着いて対処できたので、悪くなかったんじゃないかと思います」
トリプルアクセルの次の3回転ルッツ+2回転トーループを冷静に決めると、以降の滑りは集中力を見せた。コレオシークエンスとステップシークエンス、そして終盤の2回のコンビネーションスピンは、ジャッジのほとんどがGOE(出来ばえ点)加点で4~5点をつける高い完成度。とくにステップシークエンスは、昨季と同じプログラムにもかかわらずまったく違うものを見ているような印象すらあった。
「今年3月に復帰してからは、表現力だったりステップだったり、そのあたりを重点的に練習してきた。
【五輪へ向けてブラッシュアップ】
鍵山は今季、父親の正和さんに加え、2014年ソチ五輪銅メダリストで世界選手権は優勝を含め6回メダルを獲得しているカロリーナ・コストナーさん(イタリア)にコーチを依頼した。
その理由と経緯をこう説明する。
「ローリー・ニコル先生に振付けをしてもらう時にアシスタントとしてカロリーナ先生がいました。それからイタリア合宿などでブラッシュアップをする時に何回か教えてもらう機会があって信頼関係を積み重ねてきました。
これまではジャンプへの意識が大きくなっていたが、表現の細かい部分や体の使い方などを丁寧に指導してくれたという。そんな成果も存分にあらわれ、複雑な動きでも流れるように表現し、濃密な空気感まで出すようなステップを見せた。
結局、フリー自体は182.88点で2位だったが、合計は288.39点にして宇野の追撃を振り切った。フランス杯では88.85点だった演技構成点を、プレゼンテーションが8.89点だった他は9点台に乗せ、90.61点に伸ばしたことも大きかった。
演技終了後は喜びをあらわにし、天を仰いだ。
「やっちゃったなというか練習で(トリプル)アクセルを転ぶことがないのでビックリしたけど、それでも諦めずに最後までステップも踏めて、練習どおりに滑りきってホッとした。
そしてキス&クライで得点が出ると、「合計得点が表示された時はちょっとわからなかったけど、順位の『1』を見てすごくホッとしました」。
左足首のケガが完治していない状態のなかで昨年の全日本選手権に出場した時は、鍵山の心には若手の急成長を見ての焦りもあっただろう。だが、それからしっかり休んで治療に専念し、今季も無理をすることなく一つひとつを積み上げていく姿勢を保つことができているからこその、今回の成果だ。父の正和さんとタッグを組む強みでもあると言える。
コロナ禍で中止になって出場できなかったGPファイナルという舞台にたどり着いた。フランス杯では、ともに300点台に乗せた新世代の旗手ともいえるマリニンやシャオ イム ファと戦い、NHK杯では現・世界王者の宇野と戦った。現時点でのトップ3と目される3人とGPファイナルの前に試合ができたことも、鍵山の運の強さを思わせる。
練習では4回転フリップにも取り組んでいるという。フリーで4回転の本数を増やすのはもう少し先になるだろうが、この優勝から彼の復活への一歩が始まった。