11月に行なわれた女子テニス国別対抗戦ビリー ジーン・キング・カップ(以下BJKカップ)のプレーオフ「日本vsコロンビア」で、日本(ITF国別ランキング19位、4月17日付/以下同)は、コロンビア(29位)に3勝2敗で勝利し、ファイナルズ(トップ12カ国で世界一を決定する戦い)進出をかける予選(18カ国)の出場権を手にした。

 昨年、BJKカップ日本代表監督に就任した杉山愛氏率いる"杉山愛ジャパン"は、これで2024年シーズンも引き続き、世界の頂点を目指せることになった。

杉山愛が女子テニス日本代表監督として奮闘中「代表戦の盛り上が...の画像はこちら >>
 今回、BJKカップの会場ポスターや大会プログラムの表紙には、漫画家KASAさんが描いた杉山監督が登場していた。KASAさんは、テニス漫画『BREAK BACK』(秋田書店)の原作者なのだが、日本代表チームのスタッフに知り合いがいたことから、BJKカップの盛り上げにつなげられないかという両者の思いが合致して実現した。

「昨年があまりにも盛り上がってなかったし、BJKカップの認知度もまだまだです。コラボをしていろいろな人の力を借りて、認知度を上げて応援してもらいたいと思い、(KASAさんさんと)つないでもらいました。最初は、日本を象徴するような富士や鶴のイラスト案が挙がってきたんですが、いかにもKASAさんが描いたと一目でわかるほうがいいですし、BJKカップで日本国旗が揺れて有明の会場が盛り上がっている、そんなわかりやすいのがいいねとなり、何回か描いてもらって完成形に至りました」

 さらに杉山監督は、チーム内部にも新しい風を入れたいと考え、車いすテニスのレジェンドである国枝慎吾さんを招いてレクチャーを行なってもらった。

「私が監督に就任した時、(2022年8月)日本女子選手が世界のトップ100におらず危機感を覚えました。
それだと、BJKで結果を出すのは難しいですし、日本女子テニスに元気がなかったので、日本代表に入ることをプラスに感じてもらえるような工夫をしていかなきゃいけないと思いました。

 そんななかで、大阪のジャパンオープン(女子の部)で、国枝さんが車いす部門のトーナメントディレクターをやられていたので、一緒にランチをしてお話をしていた時に、すごくいい話を聞かせてもらったんです。もし、今のお話を選手に聞かせることができたら、どれだけ有意義な時間になるんだろうと思って、『BJKのメンバーに話をしてもらえませんか』とお聞きしたら、いいお返事をいただけました」

 実際に選手たちに向けて行ない、手応えを感じることができた。

「私と国枝さんが約40分トークをしたあと、選手からの質問を受けました。若い選手は、代表に入るだけでモチベーションが上がるかもしれないですが、経験上ベテランになるほどプレッシャーがかかり、アウトプットばかりでインプットのない代表戦になってしまったりするんですよね。

 そうではなくて、今回も(代表に)参加してよかったなと思ってもらうような企画を考えたなかのひとつでした。
国枝さんは、日本のアスリートのなかでも指折りの人格者であり、経験豊富な方ですので、彼の哲学を聞けて有意義でした。素敵な時間を選手たちにプレゼントできた自負はあります」

【日本女子テニス界の現状】

 2022年11月に、収容人数1万人の有明コロシアムで開催されたウクライナ戦では、観客が初日に319人、2日目に1109人しか訪れなかった。この状況を見た杉山監督は、少しでも改善させるために自ら動き、SNSでの告知や知人への声かけなど、有明にテニスファンが来てもらえるように働きかけた。一般的に見れば、監督自らが動くというのは極めて異例のことだった。

「動かないと集まらないからです(苦笑)。(元プロ選手で大会名にもなっている)ビリー・ジーン・キングさんは、テニス界では有名ですが、やはり(一般的には)まだまだ知られていない。それに、私自身も昨年のような会場でやりたくなかった。

観客が来ればプレッシャーが増えるかもしれないですが、そこが代表戦のよさでもある。代表戦の盛り上がっていないスポーツの将来は、危ういなと考えています。今年はバスケットや(野球の)WBCが、めちゃくちゃ盛り上がったなかで、(テニスが)置いてけぼりになることは、とても悲しいことです」

 杉山監督は現役時代に、"有明の奇跡"と言われる1996年ドイツ戦で、第5試合のダブルスに抜擢され、シュテフィ・グラフを擁するドイツを相手に、満員の有明コロシアムで勝利したことが、競技人生で忘れられない思い出のひとつになっていると振り返る。

 今回のコロンビア戦では、人が集まることでプレッシャーを感じると同時に、後押しも受けながら第5試合で勝利でき、ホームコートアドバンテージを活かすことができた。そして、杉山監督の努力の甲斐もあって、初日2025人、2日目3911人と、観客数アップにも成功した。

「もっと(日本テニス)協会にも動いてほしいし、アナログもデジタルもいろいろ使い、アイデアも出しながら盛り上げていきたい。
今回初めて観戦に来た方も多くて、『テニスって面白いね』、『テニスファンになりました』、『テニス観戦クセになりそう』という声もいただいたので、そういう方たちにもまた届けたい」

 杉山監督は、現役を引退してからも、テニスの解説をしたり、自分のテニスクラブで子供たちと接したり、2018年から「Ai Sugiyama Cup」というジュニア大会のトーナメントディレクターを務めて、テニスの現場に立ち続けていた。そして今年、日本代表の現場では、さらに生き生きとして見える。

「(監督)1年目は、もちろん私だけの力ではないんですけれども、自分が期待していた以上の結果と方向性、選手たちも少しずつ勢いが出てきたという手応えを感じています。日本女子テニスの明るい兆しは見えてきています。監督という肩書きがあるからこそ、選手みんなにすごく声をかけやすくて、何よりも自分にとってもやりがいになっているのが大きいです」

【選手にとっても魅力あるチームに】

 ファイナルズ予選進出を決めた直後、杉山監督は、「ここからが本当のスタート」と語ってさらに兜の緒を締めた。2024年4月12日と13日に開催される予選では、カザフスタンとホーム(日本での開催地はまだ決定していない)で対戦することになった。



 カザフスタンには、2022年ウインブルドンで優勝したエレナ・リバキナ(WTAランキング4位、11月27日付/以下同)がおり、彼女が出場してきた場合、日本にとってかなりの強敵となる。

「どこの国と当たってもタフですが、そのなかでもカザフスタンは十分(日本に)チャンスのある対戦国だなと。さらにホームを引けたので、運はまだ味方しているかなと感じています。みんなの状況をどれだけよくしていけるか、チームとして選手たちとコミュニケーションをとっていくのがすごく大事だと思います」

 現在、日本女子選手で世界のトップ100に入っているのは、29歳の日比野菜緒(95位)だけだ。また、産休で戦線を離脱しランキングが消滅している大坂なおみは、2024年シーズンからカムバックする予定だが、日本代表への復帰は、もう少し先になるだろう。ダブルスでは、青山修子(WTAダブルスランキング12位)と柴原瑛菜(同15位)が世界トップレベルの実力を持っており、日本は第5試合までもっていければ勝機を見出せる。


「うまくかみ合って、みんなが力を出せればチャンスがあると心から信じています。プロセスのなかで、個々が力をつけていくことがとても大事なこと。100位以内に4~5人送り込みたいというのは、私の任期である4年で、やっていかないといけないことだと思っています」

 また、観客側にとってはもちろん、プレーヤーである選手たちにとっても魅力的なチームにならなくてはいけないと語る。

「今まで日本代表チームの魅力は、正直下がっていたと思っています。そこに入りたい、そこで戦いたいと、どれだけの人が本気で思っていたのかなと、いろいろな選手とコミュニケーションをとったなかで感じました。やっぱりそこでプレーしたいんだという魅力的なチーム作りが大事で、そこから激しいコンペティション(競争)が生まれる。

 日本国内でも切磋琢磨し刺激し合って、われこそが今度は(日本代表で)プレーをするぞという、いい意味で意識し合うことが、相乗効果につながっていくはずなのです。みんなにチャンスはあると思います。本当に魅力あるチーム作りが、優勝への一番の近道かな」

 杉山監督が目標に掲げているのは、将来日本チームをBJKカップ優勝へ導くことだ。今はその道半ばで、ファイナルズの舞台へ上がらなければ目標へ近づけない。もちろん簡単な道のりではないが、杉山監督のリーダーシップが発揮されれば、一歩ずつ目標へ歩みを進められるだろう。