【唯一の100点台で首位発進】

 12月21日、長野。全日本選手権の男子シングル・ショートプログラム(SP)で、宇野昌磨(26歳/トヨタ自動車)はひとりだけ100点台をたたき出したが、高揚感は見せなかった。他の選手たちが拳をつくってガッツポーズを連発させていたのと、一線を画していた。



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ーー(演技後も)表情は変わりませんでしたね?

 十分に高得点が期待できたにもかかわらず、むしろ考え込むような顔つきだったことで、記者から質問が飛んだ。

「6分間練習からずっと不安定だったので。いい演技でしたが、もう一回やったら、悪い演技になりかねない、っていうのが正直なところです。そのなかではよくやったなって。まあ、ショートはいつも『よくやった』って言っているような気もしますが」

 彼は苦笑混じりに答えた。

 冷静さで情熱を抑え込む様子に、王者の理由が浮かんだ。


 男子シングルのSPは、予想どおりに熱戦となっている。第4グループ、壷井達也がトップに躍り出たが、続く山本草太も94.58点とハイスコアをたたき出し、大きく上回った。その後、三浦佳生、佐藤駿も肉薄したが、スピンのノーカウントやエッジエラー判定で思ったほど得点が伸びず、舞台は不穏な緊張感も帯びてきていた。

【重ねてきたジャッジ対策】

 最終グループの6分間練習、宇野はリンクサイドに出てきた時から誰よりも体を動かしていた。短い距離のジョグを繰り返し、止まっていない。そうやって、急速に体のスイッチをオンにしていたのだろう。リンクに入ると、間髪入れずにトリプルアクセルを成功させ、トーループも軽々と跳んだ。



「全日本後、スケート靴を変えようと思いました」

 宇野はやや自嘲気味に明かしている。

「自業自得なんですけど、(皮が)柔らかいのが好きなんですが、(変えるのを)先延ばしにしすぎて。毎回、同じ練習ができるようにしないといけないのに、できていません。こっち(長野)に来てからも前日練習、朝の練習、6分間練習とジャンプの感触が毎回、全然違うんで」

 宇野は、本番までにスケーティングをアジャストさせていた。靴だけではない。NHK杯で味わった青天の霹靂のようなジャッジにも、対策を重ねてきた。


 練習からジャンプの比重が高くなったことで、バランスも悪くなったという。完璧を求めてエッジを微調整することで、むしろ悪化した。袋小路に入りかねない。追求する演技とズレもあって、そのストレスで楽しめないところはあったという。

 しかし、立ち戻るべき原点があった。

「ステファン(・ランビエルコーチ)が喜んでくれるかどうか」

 それを揺るぎない基準にすることで、冷静に演技へ向かうことができた。


なぜ宇野昌磨はプレッシャーを超えられるのか? 問題を解決していく王者のアプローチ

【長いキャリアの賜物】

 29番目で、宇野は決戦のリンクに入っている。鍵山優真と入れ替わる形だったが、鍵山は冒頭のサルコウを失敗し、"全日本の魔物"と遭遇していた。得体の知れない空気が漂っていたが......。

 宇野のSPは映画『Everything Everywhere All at Once』からの『Love you Kung Fu』で、誰よりも安定した演技を見せている。ささやくようなボーカルから、一瞬の静寂が落ちる。そこで冒頭の4回転フリップを降りると、GOE(出来ばえ点)も稼ぎ出した。

「全体的にスピードを出しすぎない」

 それを心がけ、ジャンプの精度を高めたという。4回転トーループのあと、セカンドは3回転でなく、慎重に2回転トーループを選択。

あらゆる状況を踏まえての判断だった。

 スケーティング技術のすべてを駆使して、音を丁寧に拾う。スピンも、ステップも、すべてレベル4を記録。最後のジャンプ、トリプルアクセルのランディングは尊いほど美しかった。彼だけの高みにたどり着いていた。結果は首位。
104.69点は、2位を10点近く引き離したスコアだ。

「ジャンプの感触はよくなかったです。アクセルも、トーループも、フリップも、今シーズンのなかでは中国杯と同じくらい不安定な感じで。(連続ジャンプを4回転−3回転ではなく)4−2にしたのは正しい判断だったと思います。すべてうまく調整できた演技で、これも長くやってきたキャリアの賜物かなって」

 そう言って笑った宇野は、論理的思考で問題を乗り越える異能の持ち主である。そのアプローチこそが、彼を王者たらしめている。たとえば2019年、全日本選手権でかつてないほどの不調から復活し、優勝を遂げた時も、彼はこう語っていた。

「どん底を経験したから、いつもと違う考えを持つことができるようになりました」

 彼はそう説明していた。撓(たわ)む思考というのか。ロジックをベースにしているからこそ、心が折れない。その場の戦いに合わせられる。

【緊張してもしなくても成功も失敗もする】

「全日本は一番緊張する舞台」と宇野は言う。しかし、重圧で心が縮こまるタイプではない。沈思黙考し、答えを導き出す。それ故、空気感のようなものに流されない。偶然ではなく、必然で一番高いところに立てる。

「(年上としての振る舞い?)ないですよ。(試合の)ギリギリまでゲームしていますし(笑)。自分から話しかける先輩ではないですが、(後輩に)僕の言葉が力になるなら......。たとえば、なんで緊張するのか。緊張はしてもしなくても、成功も、失敗もするもので。僕なりのアドバイスはできるかもしれません」

 12月23日、フリーは『Timelapse / Spiegel im Spiegel』の幻想世界をリンクにつくり出す。王者の舞だ。