サッカー日本代表堂安律選手、スポーツクライミングの野中生萌選手、ブレイキンのBBOY ISSINなど、異なる競技のトップアスリートを支える異色のアスリートマネジメント事務所、株式会社イレブン・マネジメント。

 昨年、同社代表取締役社長を務める杉本啓氏がスポーツマーケティング領域で新事業を展開すべく、株式会社イレブン・プラスを旗揚げした。

旧態依然とした日本のスポーツマーケティングの深刻な問題点、スポーツの魅力を最大限に引き出すためのポイントなどを語ってもらった。
堂安律、野中生萌らのマネジメントが仕掛けるマーケティング革命...の画像はこちら >>

【東京五輪で受けた衝撃】

――まず、サッカー日本代表の堂安律選手、スポーツクライミングの野中生萌選手、ブレイキンのBBOY ISSINをマネジメントされることになった経緯を教えてください。

「私はもともとスペイン・バルセロナの大学でスポーツマネジメントの学位を取得し、新卒で株式会社電通に入社。その後、レッドブル・ジャパンでスポーツマーケティングの仕事に従事しました。

 2017年にスポーツクライミングの野中生萌選手とマネジメント契約するカタチで独立し、株式会社イレブン・マネジメントを設立。サッカーの堂安律選手とも契約を結び、しばらく3人4脚で歩んできましたが、昨年新たにブレイキンのBBOY ISSINを迎え入れました」

――東京五輪では堂安選手が10番を背負ってプレーし、野中選手が銀メダルを獲得するなど、異なる競技のトップアスリートを献身的にサポートする異色のアスリートマネジメント会社という印象です。

「東京五輪ではありがたいことにスポーツを応援する数多くの企業の皆さんとお仕事をさせていただきました。

 コロナ禍でいろいろと制限され、企業の皆さんが期待していたものとは異なる大会になってしまったかもしれませんが、オリンピックに出場するアスリートのマネジメントとして、さまざまな取り組みを一緒にさせていただき、大変ありがたかったです。

 ただ、東京五輪を経験して気づいたのは、お仕事をご一緒したほとんどの企業に、スポーツに特化したマーケティングの部署や担当者が置かれていないということでした。

 日本の多くの企業では、スポーツはあくまでもメディアのひとつという位置づけなので仕方がないかもしれませんが、スポーツの価値を最大限に活用できていない企業があまりにも多いことに衝撃を受けたのです。そして、日本のスポーツマーケティングのあり方にも疑問を感じるようになりました」

――どのような点に疑問を持ちましたか。

「そもそも、広告代理店やイベント主催者などは、基本的にスポンサーの"枠"を売るのが主な仕事です。

放映権の販売、VIP席の確保などもありますが、「ここにロゴが掲出されます」「この文言や肖像を使えます」といった権利の販売がスポーツマーケティングの大部分を占めているのが現状です。

 そして、企業は買った"枠"に、看板や映像などをはめこむ作業をします。

 冠パートナー、ゴールドパートナー、シルバーパートナー、ブロンズパートナーなど、いくつかのクラスに分けられることが多く、たとえば大会名に企業名を入れられたり、ハーフタイムに映像を流せたり、子供たちが出場選手と握手できたり、クラスごとにパッケージされたプランを企業は買うことになります。

 スポーツへのスポンサーシップとしてよくあるカタチですが、これがスタンダードになっている現状に対して、私は強い危機感を覚えています」

――危機感ですか。

「危機感しかないです。端的に言えば、スポーツの魅力・付加価値をフルで生かしきれているとは到底思えない。

このやり方で企業がこれからもスポーツに投資し続けてくれて、さらに大きなお金がスポーツ界に流れてくるのであれば、このままでもいいかもしれません。

 でも、企業のマーケティング担当者の中には「支払っている金額に対するリターンが期待を超えてこない」「他メディアより広告効果を評価するのが難しい」と感じる人が徐々に増えているはずです。

 企業は消費者やファンにリーチするため、会場内で映像を流したり、看板を置いたりしますが、それだけではコストパフォーマンスは決してよくありません。効果的なリーチという点では、WEBでCMを打つほうがはるかに意味があるのかもしれません。

 このままでは広告枠を売るだけのスポンサーシップは成立しなくなりますし、それはつまり、スポーツに流れる資金がどんどん減ってしまうことにつながります。

 日常的にスポーツに携わっている身として、由々しき事態です。

結果だけではなく、すべてのプロセスに魅力が詰まっているのがスポーツのすばらしさなのに、現状はそのことがあまり伝わっていないのがもどかしい。だからこそ、今回、スポーツマーケティングの分野で企業のサポートをするために、株式会社イレブン・プラスを立ち上げました」

――イレブン・プラスは、従来の日本のスポーツマーケティングとは一線を画すものになるのでしょうか。

「勝つか負けるか、ゴールを決めるか決めないか、何も確約されていないからこそ、スポーツは面白いのです。言い換えれば、結果だけではなく、すべてのプロセス、すべてのモーメントに魅力が詰まっています。

 ただ単に広告枠を購入して、はめるだけの単発の投資で終わらず、持続的にスポーツ・アスリートとかかわり続けなければ、スポーツの真の魅力は引き出せません。

 とはいえ、企業が日々コンスタントにアスリートとかかわり続けるのは難しいですし、間に立ってやりとりする代理店も権利の活用、アクティベーションの部分に関しては積極的には動かないと思います。

 そこで、企業や代理店にヒアリングし、企画・アクティベーションアイデアを練り上げ、チームやアスリートとコミュニケーションし、その企画・アクティベーションアイデアを遂行するのがイレブン・プラスです」

――具体的なイメージはありますか。

「レッドブル在職時の2017年に企画したキャンペーン『Jason Paul Goes Back in Time』がわかりやすいかもしれません。〝現代の忍者〟とも言われるパルクールのアスリートを江戸にタイムスリップさせ、日本の忍者と戦わせるというコンセプトの動画ですが、現在、YouTubeで3330万回再生されています。

 日本が大好きなドイツ人アスリートと密にコミュニケーションを取り合ったこと、パルクールの魅力を熟知していたことで生まれたアイデアでした」

――マネジメントされているアスリートの事例もありますか。

「2022年のカタールW杯直前に公開されたBeats by Dr. Dreのグローバルキャンペーン『Defy The Noise』に堂安選手が出演していますが、モーメントやタイミングがハマった事例として面白いです。

 日本代表の堂安選手のほか、イングランド代表のブカヨ・サカ選手、フランス代表のキングスレイ・コマン選手、ドイツ代表のセルジュ・ニャブリ選手が登場し、雑音を遮って大舞台に挑むというコンセプトのクリエイティブです。

 カタールW杯出場国のエースをドンピシャのタイミングで同時起用し、話題を呼びました」

――広告代理店、キャスティング会社、制作会社の領域ではカバーできない部分をサポートし、クライアントに最適なスポーツマーケティングを行なうのはなかなか斬新ですね。

「競技やアスリートを因数分解して強みを見つけること、日本だけでなく海外も含めたさまざまなアクティベーション事例を把握していること、多くのアスリート・競技とのネットワークを持っていることが私たちの特徴だと思います。でも、最大の強みは、現役アスリートのマネジメントとして、選手が奮闘する姿を一番近くで見ていることなのです。

 もうひとつ、ぜひ紹介したいのが2015年に公開されたレッドブルの映像『Lindsey Vonn : The Climb』。これはアルペンスキーのリンゼイ・ボン選手が大ケガを負ってから復帰するまでを追ったドキュメンタリー映像です。

 ケガをしたら契約を切ることを考えるのではなく、ケガも競技人生のなかのひとつのストーリーとしてとらえ、アスリートをサポートする。レッドブルのその姿勢に、リンゼイ・ボン選手のファンだけでなく、スポーツ好きならきっと好感を抱くはずです」

――スポーツへの深い愛が感じられますね。

「日本代表に選ばれなかったら、ゴールを決められなかったら、メダルを取れなかったら、オリンピックに出られなかったら、スポンサー契約はそこでおしまいかもしれない......。そういう過酷な世界でアスリートは生きています。

 でも、スポーツの価値って勝ち負けがすべてではないと思うのです。人生をかけて競技に打ち込むアスリートの姿は本当に魅力的です。スポーツ・アスリートに携わる身として、それぞれの競技・大会・選手・ファンにどのような価値があるのかを因数分解し、スポーツマーケティングとして有効活用させるのが"使命"だと思っています。

 アスリートを心の底からリスペクトしているからこそ、イレブン・プラスという組織を作りました。本当の意味でのスポーツのパワー、アスリートの魅力を感じてもらうことができれば、私は幸せです」