FC町田ゼルビアの2024シーズン 前編
2024年のJリーグの話題の中心は、J1初挑戦となったFC町田ゼルビアの奮闘だった。序盤から快進撃で首位に立ち、「J1初昇格、初優勝」の声も出るなか、徐々に炎上や誹謗中傷に晒されることとなる。
【予想以上の躍進と風当たりの強さ】
今シーズンのJリーグで台風の目となり、話題の中心となってきたFC町田ゼルビアの"J1初参戦"という挑戦は、3位で幕を閉じた。
11月30日のホーム最終戦後のセレモニー。主将・昌子源は、代表スピーチでサポーターへこう語り始めた。「チームにとって初のJ1挑戦、シーズンが始まる前は正直ここまで優勝争いができるとは思っていませんでした」
J1初昇格の町田が、最終節を優勝争いで迎えると誰が想像できただろうか。その快進撃はシーズン開幕から始まった。開幕のガンバ大阪戦こそ引き分けたが、その後は破竹の4連勝を遂げ、瞬く間に首位に躍り出た。
チーム全体の強烈なプレッシングで相手ボールに食らいつき、高さとスピードに溢れる前線で一気に相手ゴールへ襲いかかる。その迫力あるサッカーに相手は面食らい、サポーターは熱狂した。何度か順位を落とすものの第15節から第28節までの約3カ月、町田は首位でい続けた。新参者がまさにJ1に旋風を巻き起こしていた。
ただ、それだけではない。昌子は続きの言葉をこう紡いだ。
「われわれFC町田ゼルビアは今年、さまざまな意見がありました。厳しい環境で戦いました。それでもホーム、アウェー関係なく、このユニフォームを着て、90分間跳び続け、声を出し続け、堂々と振る舞っていた皆さんを見て、われわれ選手は皆さんのことを誇りに思っています」
具体的な言葉こそ避けたが、今年の町田はたびたび炎上した。ネットニュースでは町田がJリーグの中でもっとも注目、関心を集めたと言っていい。「J1初昇格で初優勝」という前例のない偉業への挑戦、黒田剛監督のマネジメント、そのほかにも町田はさまざまなトピックで注目を集めた。しかし、残念ながらもっとも注目度があったのは炎上ネタだった。
真っ当な批判は真摯に受け止めるべきだが、相次いだ卑劣な誹謗中傷は看過できないものだ。なかには殺害予告もあっという。結局、クラブが法的措置を取る事態にまで発展した。その精神的ストレスは監督や選手のみならず、その家族にまで及び、サポーターも日々戸惑い、神経をすり減らしていた。
新参者への洗礼は覚悟していても、ここまでの風当たりの強さもまた、誰も予想していなかっただろう。昌子の言葉が、今季の町田を象徴していた。
【高まった批判】
シーズン開幕前、黒田監督は「5位以上、勝ち点70」というJ1初参戦としてはかなりハードルの高い目標を掲げた。自らにも大きくプレッシャーをかけ、妥協なくシーズンを戦うという覚悟を持った目標設定だった。
それも蓋を開けてみれば、前述したように町田は怒涛の勢いで勝ち点を積み重ねていく。第8節では王者ヴィッセル神戸に1−2と惜敗するも、FW武藤嘉紀は「やることが明確で、全員がハードワークできるいいチーム。すばらしいサッカーだと思います」と称賛した。そのほかの対戦相手も町田のサッカーを「シンプルに強い」と評する声は多かった。
その一方で雲行きが変わったのは第15節東京ヴェルディ戦あたりだ。FW藤尾翔太がPK時にボールに水をかけた、いわゆる"水かけ問題"が大きく注目され、町田への批判が高まった。
そして昌子も「あれで流れが完全に変わった」と振り返るのが、6月12日に行なわれた天皇杯2回戦の筑波大学戦。町田はPK戦によって敗れ、ふたりの骨折を含む4人が負傷離脱となった。試合後の会見で、黒田監督はケガ人のあまりの事態に黙っていられなかった。審判や筑波大への抗議の言葉を並べると、SNSやネットニュースで瞬く間に物議を呼び、町田への批判は一気に燃え盛った。
また、天皇杯直後の第18節横浜F・マリノス戦の記者会見で、黒田監督の発言が「ゼルビアは悪ではない。
【優勝争いからの後退で誹謗中傷は激減】
黒田監督は会見や囲み取材でメディアに見出しを作りやすい言葉を残し、ざっくばらんにいろんな話をしてくれた。それは黒田監督の魅力でもある。ただ時折、横浜FM戦のように文字にするにはやや強いワードを用いたことも事実ではある。
自身ではメディアとの関わりを「メディアの前で話す以上、100%理解してもらえるように落とし込めなければ、誤解もされるし、思っていることとは真逆の状況に発展してしまうことも多々あった。そこはプロの世界に入ってすごく学習したところ」と振り返っている。
ネット上では炎上を狙った記事が溢れ、狙った通りに炎上し、簡単にPVを稼ぐメディアが後を絶たなかった。いつしか黒田監督のそうした発言を誘う質問をする記者も現れるようになったが、それは必然だった。
クラブ内ではメディア対応について議論を重ねて「試合後の記者会見では最低限のことしか話さない」と監督が方針を出したこともあった。確かに自身からそうした発言をすることはなくなったが、記者から質問をされれば逃げなかった。
側から見ても「もっとやんわりとかわしてもいいのでは」と思うことは少なくなかったが、聞かれれば真正面から正直に答えるのが黒田剛という人間の性分だった。
現場で取材をしてきた筆者としては「悪意ある切り取られ方をされた」と感じることが多く、それがひとり歩きし、収拾のつかないところまで発展したように思う。それを招いてしまったのは、2年目というプロの世界での経験不足と言えるのかもしれない。
ただ、そうしたネット記事は町田が9月から10月にかけて負けが込み、優勝争いから一歩後退すると沈静化し、誹謗中傷がなくなりはしないものの激減したという。つまるところ批判や誹謗中傷の多くが、町田憎しというより、ただのやっかみだったのだろう。
【批判の理由となったラフプレーについて】
町田が批判の的となったもうひとつの理由に"ラフプレー"がある。これについて昌子は「正直、今シーズンのうちはそういうのが多かったと思います」と認める。確かに判断の遅れや相手に上回られて、アフター気味にタックルが入ってしまう場面はあった。
また、ボールと関係ないところでのタックルも町田の批判でよく目にしたものだ。それに関しても昌子はチームメイトに強めに注意してきたという。ある選手にはこう諭したこともあると明かした。
「もしいつかほかのチームに移籍するとなった時に、そのチームのサポーターはお前を受け入れてくれるか? チームが受け入れた以上、サポーターに拒否権はないから『しゃあなし』となるけど、お前を本当に認めるまでに絶対に時間がかかるぞ。
その選手に期待しているからこその説教である。第37節京都サンガF.C.戦でイライラが募ってラフプレーをはたらいたエリキに対して、昌子は口論になりながら収め、相手選手や曺貴裁監督にその場で謝罪を入れた。その姿勢を曺監督は称賛した。ラフプレーをはたらいてメリットはなにひとつない。昌子はそう繰り返していた。
確かに町田にそうしたラフプレーがあったのは事実だが、それはサッカーでは日常茶飯事でお互い様。実際にラフプレーを受けることも多々あったわけで、町田ばかりが一方的に批判されるべきものではない。
なかには意図的にレイトタックルをしているのではないかと思っている人もいるようだが、当然ながらそんなことはない。トレーニングでは強度の高さを求めながら「ファールするな!」というコーチングがセットだ。それでもそうしたファールがあったのは、単純に町田の力不足と言えるだろう。
後編「シーズン途中からなぜ失速したのか?」につづく>>