「お久しぶりです!」

 20センチ近く身長の低いこちらを見下ろして、シャピロ・マシュー一郎は人懐っこい笑顔を見せた。「覚えていてくれたのですか?」と尋ねると、「もちろんですよ!」と応じる。

相変わらずのナイスガイぶりに、胸のあたりがほんのりと温かくなった。

【ドラフト】「投げられるならどこの国でも」から「やっぱりNP...の画像はこちら >>

【登板機会が限られた高校、大学時代】

 現在は富山GRNサンダーバーズに所属し、「マシュー」の登録名でプレーする。筆者はマシューの高校(國學院栃木)、大学(國學院大)在学時に1回ずつ取材していた。

 アメリカ人の父・デビッドさんは、かつてNHKの大相撲中継で英語解説者を務めたジャーナリスト。その息子は野球の道に進み、身長193センチ、体重105キロの巨体から最速153キロを計測する剛腕になった。そのポテンシャルは、早い段階でプロスカウトから注目されていた。

 とはいえ、マシューの投球を見るのは高校時代から難儀した。何しろ、登板機会がごく限られたためだ。

 高校時は慢性的な成長痛にコロナ禍が重なり、公式戦での登板は通算3イニングのみ。大学では制球難のため、リーグ通算3登板に終わった。

 國學院大の鳥山泰孝監督はマシューの才能を認めつつ、こんな葛藤を明かしていた。

「東都1部を死守するための緻密さを求めることと、一人ひとりの学生の大きな可能性を伸ばしてやること。この『勝利と育成』は永遠のテーマです。

シャピロはその狭間にいる存在かもしれません。東都の負けられない、しびれる場面でしかつかめないものもありますし、それはMLBやNPBで活躍するために必要な要素のはずです。シャピロにとっても、将来絶対に必要になってきますからね」

 ただし、いくら登板機会が少なくても、マシューに卑屈な様子は微塵も見られなかった。大学4年時にインタビューした際には、にこやかな表情でこんな思いを語っていた。

「試合を見ていただいてご存知とは思うんですけど、國學院大にはすごい選手がたくさんいるんです。ライターさんも、プロのスカウトや社会人の方も、國學院の練習を見ていただきたいんですよね。1週間も見ていただけたら、國學院のよさが伝わると思うんです。自分は恵まれた環境でプレーさせてもらっているなと実感しますね」

 大学4年時にはプロ志望届を提出。2球団から調査書が届いたものの、指名漏れに終わっている。マシューが進路先に選んだのは国内独立リーグ・日本海リーグの富山GRNサンダーバーズだった。

「去年までロッテのスカウトだった永森(大士)コーチがドラフト会議の帰りに國學院のグラウンドまで来てくれて、『一緒に行きませんか?』と言ってくれて。富山にも行かせてもらったうえで、お世話になろうと決めました」

【日本ハム打線を手こずらせた動くストレート】

 8月19日、日本海リーグ選抜と日本ハムファームの交流試合(鎌ヶ谷スタジアム)に、マシューは参戦している。2回裏からの2イニングを投げ、被安打1、奪三振2、与四球1、失点0。

この日の最速は150キロだった。

 登板後、マシューは「チャンスをいただいたことに感謝して、全力で楽しもうと思って投げました」と語っている。

 この日、日本ハム打線を手こずらせたのは、マシューの「動くストレート」だった。マシューは「自分ではわからないんですけど」と苦笑しながら打ち明ける。

「自分のストレートは『真っスラ』ぎみに動くみたいなんです。真っすぐがホップしつつ、スライドするらしくて。今日はキャッチボールの段階で『しっくりこないな』と感じていたんですけど、なんとか丁寧に投げることで対処しました」

 久しぶりにマシューの投球フォームを見て、ある変化に気づいた。大学時代のマシューはクイックモーションで投げていた。マシューの巨体も相まって、学生野球にひとりだけマイナーリーガーが紛れ込んだようなミスマッチ感があった。ところが、今のマシューは左足をしっかりと上げ、タメをつくってから体重移動している。いかにも「和風」な投球動作である。

 その点について触れると、マシューは富山入団後のエピソードを教えてくれた。

「最初はクイックで投げていたんです。大学では『失敗したらダメだ』という思いが強すぎて。でも、富山に来て上原(茂行)監督から『そんなんでいいんか?』と言ってもらえて。独立リーグは失敗しても、次につながればいいという場所。そこを逆手に取って、結果よりも『今日はどこが通用したか?』と考えながらやっています」

 日本ハム戦では、「高めのストレートは通用した」という手応えがあった。リーグ戦(9月3日現在)では12試合に登板し、4勝0敗、23イニングで防御率1.96という成績を残している。課題の制球力も徐々にまとまってきた。

 マシューは充実した表情で、実戦を経験できるメリットを語った。

「大学の時、野手陣がコーチから言われていたんです。『練習の1000スイングより、試合の1球のほうが身になる』って。それはピッチャーも同じで、試合で積み重ねていかないと先はないなと。独立リーグでどんどん試合に出してもらって、成長できたほうが、のちのちにつながる。

独立リーグに来てから、そこが変わったと感じます」

【NPBでプレーしたい】

 10月23日のドラフト会議も近づいてきた。年齢的に焦りを覚えても不思議ではない。しかし、マシューに過度な力みはない。

「ドラフトはあまり意識していません。指名されたいのはやまやまですけど、意識すると崩しちゃうので。自分が成長して、第三者の方に認められるピッチングを続けていれば、勝手に選ばれるものだと考えています」

 1年前、マシューは「投げられるなら、どこの国にでも飛んでいく」と語っていた。日本国内に留まらず、韓国、台湾、アメリカ、メキシコ、ベネズエラ......と選択肢をズラリと並べていた。

 今も、その思いに変わりはないのか。最後にそう尋ねると、マシューはかぶりを振って、こう答えた。

「僕はやっぱり、NPBでやりたいです。世界で一番のリーグだと思っているので。MLBもすごいですけど、WBCで日本が世界一になっているだけの理由があると思うんです。

逆にNPBでやれれば、世界のどこでも通用する。それを大谷翔平さん(ドジャース)ら、先輩方が示してくださっていますよね」

 発展途上の大器、シャピロ・マシュー一郎。富山の地で実戦経験を重ねながら、自分の名前が呼ばれる時を待っている。

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