蘇る名馬の真髄
連載第14回:ウオッカ
かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。
このキャラクターは、モデルとなった競走馬・ウオッカのキャリアを反映したものと言える。競馬史に残る大きな挑戦を敢行し、見事に成功させたヒロイン。ウオッカとは、そんなサラブレッドだったのである。
同馬は2006年にデビュー。その年末には、2歳GⅠの阪神ジュベナイルフィリーズ(阪神・芝1600m)を制して、早くも戴冠を遂げた。3歳になってからも、オープン特別のエルフィンS(京都・芝1600m)、GIIIチューリップ賞(阪神・芝1600m)を連勝し、向かうところ敵なしの状況となっていた。
この頃から、ウオッカ陣営は「ダービー挑戦」を示唆し始める。
最近は"男勝りの牝馬"も多数登場しているが、あくまで一般的には牡馬優位なのが競馬の常識だ。ダービーにしても、過去に牝馬で勝ったのは1937年のヒサトモ、1943年のクリフジのみ。日本競馬の体系化や整備が進んでからは、牝馬の勝ち馬は出ていなかった。
そうした状況にあって、ウオッカがダービーに挑戦したらどうなるのか、大きな話題となったのである。
そんななか、まず迎えたのは桜花賞。ここは通過点であり、注目は次のダービー。そのような眼差しで多くのファンが見守っていたが、ウオッカはまさかの2着敗戦を喫してしまう。殊勲の白星を挙げたのは、ダイワスカーレット。2頭はその後もライバルとして火花を散らし、『ウマ娘』でもその関係性が再現されている。
いずれにしても、桜花賞を獲れなかったことで、ウオッカのダービー挑戦は一度宙に浮いた。
2007年5月27日、日本ダービーのゲートは開いた。外枠からアサクサキングスが逃げ、1番人気のフサイチホウオーが中団につける。2番人気のヴィクトリーはスタートで出遅れ、後方の位置取りとなった。
3番人気に推されたウオッカは、内枠からスタートすると、馬群のちょうど真ん中、18頭中10番手付近につけた。この挑戦においては、急激な距離延長による折り合いとスタミナが大きなポイントとなっていた。それまで1800mまでしか走っていない同馬にとって、ペースが今までより遅い2400m戦で折り合い、最後まで走り切れるかがカギだった。
レース前半の様子を見る限り、少なくともウオッカの折り合いは万全に見えた。あとは最後のスタミナだけである。
依然としてアサクサキングスが先手を取ったまま、レースはいよいよ直線へ。ジョッキーたちのアクションは大きくなり、一斉に先頭を捉えようという構えを見せる。
その時、別次元の末脚を見せたのがウオッカだった。牡馬に引けを取らない優雅なフットワークで馬場の真ん中を疾走し、一気にアサクサキングスを捉えた。レース実況を務めるアナウンサーも「ウオッカだ、ウオッカだ!」と、思わず声が上ずった。
スタミナの心配など知る由もなく、ウオッカは真一文字に突き抜けた。粘るアサクサキングスを引き放して圧巻の勝利を飾ったのである。
「半世紀以上の空白を埋めて、ついに牝馬がダービーを制しました」
実況アナウンサーは、この快挙をそう表現した。鞍上を務めた四位洋文騎手は、堂々と右手を挙げて歓声に応えたのだった。
その後、牡馬とも互角に渡り合う女傑が次々に出現している競馬界だが、牝馬のダービー制覇はこれ以降出ていない。そもそも、勝ち負け必至のオークスを見送って、牡馬との戦いを選択する牝馬がほとんどいないのである。そういった意味でも、やはりウオッカは"生粋の挑戦者"だった。