日本では早々に阪神タイガースがセ・リーグのペナントレースを制したが、これからポストシーズンが控え、残暑さながらの熱い戦いが続いていく。
一方、中欧の夏は短い。
そんななか、チェコの国内最高峰の野球リーグ「エクストラリガ」のチャンピオンチームを決めるチェコシリーズ(7戦4勝制)が行なわれ、ブルノを拠点とする「ドラチ・ブルノ」と「フロシ・ブルノ」の両雄が激突。互いに譲らず、第7戦までもつれる熱戦となったが、レギュラーシーズンを首位で通過し、チェコ・エクストラリーグ最多優勝を誇る名門・ドラチ・ブルノが26度目の王座に輝き、2025年シーズンの幕を閉じた。
【チェコ代表としてWBCに参加】
歓喜に沸くドラチの選手たちを、敗者のベンチから複雑な表情で見つめる男がいた。アウェイでの第1戦、投手戦の終盤に決勝となる値千金のホームランを放ったものの、ホームでの第5戦でセカンドの守備に入り、自らの送球エラーから大量失点を招いてしまった。このシリーズを制していれば英雄となるはずだったが、このエラーによって戦犯のひとりとなってしまった。
その男の名は、ウィリー・エスカラ。彼の名前を覚えているファンは多いかもしれない。無名の米独立リーガーだったエスカラは、チェコ代表として2年前のWBCに出場。侍ジャパン戦で佐々木朗希から膝に死球を受けたことで、その名を知られることになった。
チェコ代表のエスカラだが、キューバ系アメリカ人である。"キューバ人街"リトルハバナのあるマイアミで、キューバから渡ってきた両親のもとで生まれ育ち、現在も自宅はマイアミにあるという。
「キューバに行ったことはないんだ。
幼い頃からプロ野球選手になることが夢だった。だから大学でも、公式戦だけじゃなくドラフトの登竜門と言われるサマーリーグにも積極的に参加。しかしMLBドラフトにかかることはなく、卒業後は米独立リーグの世界に飛び込んだ。
そんなエスカラにとって、母国・アメリカやルーツのあるキューバのナショナルチームは壁が高すぎた。そんななか、世界の舞台に立つ方法として選んだのは、それまで縁もゆかりもないチェコだった。
きっかけは、大学卒業後にプレーした独立リーグ「サセックスシティ・マイナーズ」のコーチだった。ドイツでも指導経験のあるそのコーチが、ヨーロッパでプレーする道を紹介してくれたのである。のちに、そのコーチがチェコに渡ると聞き、エスカラもその後を追うことになった。
「現役を続けられる可能性を探してチェコに来たんだ。アメリカでもプレー先を探したけれど、なかなかいいチームが見つからなくてね」
2022年秋のWBC予選で本戦出場を決めたチェコにとっても、独立リーグとはいえアメリカでプロ経験のある「助っ人」は大歓迎だった。エスカラはチェコ国籍を取得。ナショナルチームの一員としてWBCに出場することになった。
侍ジャパン戦で佐々木朗希の豪速球を膝に受けて悶絶し、場内を騒然とさせたものの痛い素ぶりを見せることなく一塁へダッシュ。
この一連の行動で、チェコはさわやかなチームというイメージを世界中のファンに植えつけた。試合には敗れたものの、このWBCをきっかけに各国との交流が始まり、昨年秋には日本を再訪し、今年秋には韓国代表とのテストマッチが予定され、DeNAのトレバー・バウアーがチェコに訪問するというサプライズもあった。そう考えると、エスカラはチェコの野球界の発展の立役者と言っていいだろう。
【再び東京ドームで試合することが目標】
エスカラがあの死球について振り返る。
「アメージングな体験だったよ。ファンの熱狂もすごかったし、満員の東京ドームで試合ができたことは本当にすばらしい体験だった。独立リーグでは、あんな多くの観客の前で野球をすることはないからね。痛かったかって? そりゃ、あれほど速い球が直撃したんだから、痛いに決まっているさ。東京にいる間はずっと痛かった。まあ、その後のシーズンに影響はなかったけどね」
WBC後、エスカラはアメリカでの独立リーグのシーズンが始まるまで、約1カ月チェコに残り、エクストラリガでプレーした。
今シーズンは、昨シーズン途中に移籍した独立リーグ、アメリカン・アソシエーションのミルウォーキー・ミルクメンで開幕を迎えたが、シーズン途中でリリースされ、再びチェコに戻ってプレーを続けている。
チェコの野球選手たちにとって、モチベーションとなっているのは来年に迫ったWBCだ。もちろん、エスカラも出場する気満々だ。シリーズ初戦でリーグを代表する投手から放った決勝ホームランは、最高のアピールになったはずだ。
「今のこのリーグで、次のWBCのために頑張っているよ。エクストラリガの選手は、みんなそうなんじゃないかな。ナショナルチームに選ばれれば、また日本でプレーできるからね」
再び東京ドームの舞台に立つことを夢見るエスカラに、現在の佐々木の状況についてどう思っているか聞いてみた。
「じつは今シーズン、独立リーグのシーズンが始まる前に、シカゴでドジャースの試合を見たんだ。チームの本拠地が近かったからね。でも、先発は佐々木じゃなく、山本(由伸)だったけどね。佐々木がメジャークラスのポテンシャルを持っていることは間違いないよ。今は彼にとって、アメリカの野球にアジャストする期間じゃないかな。修正するところは修正して、頑張ってほしいね」
再び対戦できることを夢見て、エスカラはエールを送った。