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小林陵侑×中野慎詞 アスリート対談 前編

 現代のスキージャンプ界をけん引し、2026年2月のミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでの活躍も期待される小林陵侑。そして競輪界期待のヤングスターでパリオリンピックでも活躍した中野慎詞。

ともに国際舞台でも存在感を見せるふたりは、岩手県出身という共通点があり、中野は中学までアルペンスキーに励んでいた過去もある。そんなふたりがお互い「初めて」という競技の垣根を超えた対談を行なった。

【共通する好調時の感覚】

――中野選手にとって小林選手は同郷で年上の選手です。小林選手は10代の頃から活躍されていましたので、早いうちから小林選手の名前をご存じでしたか。

中野 はい。僕はアルペンスキーをやっていましたので、小学生の時には小林選手の存在を知っていました。全中(全国中学校体育大会)で優勝されていた時の新聞記事を見た記憶があります。

――岩手県のなかでも、中野選手は花巻市の出身ですが、小林選手の出身地、八幡平市の印象があれば教えてください。

中野 僕は八幡平の安比高原でスキーの練習をしていたので、行く機会は頻繁にありました。花巻も田舎ですが、とても雰囲気がよくていい環境だなと思います。スキーも自転車も含めて、スポーツをするにはすごくいい環境ですね。

小林 八幡平にはスキー場が多くて、リゾート地でもありましたので、僕にとってもスキーは身近な存在でした。

――中野選手は何歳からスキーをやっていたんですか。

中野 僕は3歳からです。

小林 すごく早い。

中野 小林選手も小さい頃からスキーをやっていたんですか。

小林 僕もアルペンをやっていて、小学生の時にクラブチームに入っていました。でもスピードのコントロールがすごく難しくて辞めてしまいました。

中野 確かに難しいと思います。僕もあまり強い選手になれなかったので、何とも言えないところはありますが。

――でも中野選手は小学4年の時にアルペンスキーで全国優勝していますよね。

小林 それはすごい。

中野 そうなんですけど、本当に強い選手だったかというと、そうでもなかったかもしれません。僕はジャンプもクロスカントリーも全然やったことがなかったんですが、小林選手はいつからジャンプを始めたんですか。

小林 全部同時並行です。

ジャンプを本格的にやったのが小学校低学年の時なんですが、はっきりした記憶はないですね。

――ちなみに小林選手は自転車競技トラックを見たことはありますか。

小林 映像では見たことがあって、シンプルにめちゃくちゃ速いなと思いました。どのくらいスピードが出るんですか。

中野 80キロくらい出ます。コーナーでの遠心力をうまく使って、そこでギュッと踏むと、すごく加速します。直線のほうが加速しそうに見えますが、実は直線だと全然加速できないんです。ジャンプは100キロくらいでますよね。

小林 飛んでいる時はもっとスピードが出ます。ジャンプはスピードが出れば出るほどいいので怖さもありますが、慣れますね。

中野 自転車もスピードに対する怖さはないです。レース中は周りの選手とぶつかることがあって、それも怖くはないんですが、レース後に映像を見たり、人のレースを見たりすると怖いなと思うことはありますね。

小林 僕もジャンプのクラッシュシーンを見ると怖いですね。

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王者の風格を漂わせる小林陵侑 photo by Noto Sunao(a presto)

――競技をやっていて楽しいと思える瞬間はありますか。

小林 遠くまで飛べた時は楽しいですね。空を飛んでいるだけで楽しいです。想像してみてください。

中野 僕も競技をやっている時は楽しいですね。競輪だと自分が思ったように相手が仕掛けてくれたりとか、自分が仕掛けたことによって後ろが遅れたり、ごちゃついたりすると、自分がゲームに勝ったような気持ちになれますね。

――楽しいと思えるのは調子がいい時なのかなと思いますが、感覚的にはどのような状態でしょうか。

小林 僕の場合は体を思ったように動かせたり、あまり考えなくてもすごくいい動きができたりする時ですね。昨年、結果が出ない時期が少し続いたんですが、その時には逆にすごく考えていました。何が悪いかを見つけて改善して、結果が出るようになったことで、そのスランプから脱したという感じです。

中野 僕も何も考えずに勝手に体が動く時です。

ここで行こうと思う前に体が動く、そんな感覚です。調子がいい時って、「どうなっても俺が勝てるだろう」というマインドになれるというか、相手がいるレースですが、そう思ってスタートすると本当にそうなったりしますね。

【1台2,000万円に驚き】

――使っている道具へのこだわりはありますか。

小林 それはめちゃくちゃあります。開発している方と夏場からずっとディスカッションをしている状態です。微調整に関してはシーズン中もずっとしていますね。スキーの板が大きく変わることはないんですが、スーツはすごくセンシティブです。そういう競技なので、悩みはありますね。

中野 どんな悩みがあるんですか。

小林 脚の長さや腕の長さ、お腹周りなど、自分の体の基準値にスーツが合っていればいいんですが、生地の厚さや通気量などは限られています。昨シーズン、ノルウェーがスーツを加工する不正を行なったことにより複数の選手が失格になりました。それで僕は世界選手権で繰り上げで3位になったんですよ。それに毎年のようにルールが変更になるので、いたちごっこの状態です。

不正がばれなければ勝ち、みたいな風潮すらあります。

――中野選手の道具へのこだわりはどうですか。パリオリンピックで使用していた自転車はかなり高額に見えましたが。

中野 1台2,000万円です。

小林 すごい。スポーツカーが買える。

中野 その自転車の画像があるので見てほしいんですが。

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パリオリンピックで中野が使っていた自転車 photo by JMPA
小林 これは空力を考えて作られているんですか。

中野 そうです。風洞実験をやって自転車を作り上げていきます。最初は海外製でしたが、日本も作り始めてすごく性能が上がりました。たとえば、自転車のクランク(※)の位置が左右逆になる分だけ数パーセント空力がよくなります。

実は自転車単体だとすごく空力が悪いんですよ。
※ペダルにつながるアームやギア部。通常は右側にある

小林 そうなんですね。

中野 人が乗ると空力がよくなるんです。脚のうしろ側に(後輪の)フォークなどの部品が来るので、風の流れがよくなります。それで空気抵抗を低減していくんです。スキーもきっとやっていますよね。

小林 僕らは脚の開き方を変えたり、スキーの板の角度を変えたり、手の位置を変えたりします。僕らはアプローチ以外だと正面からの風はほとんどなくて、斜め下からの風圧になります。海外に斜め下からの風を受けられるところがあって、そこに行って実験を行なうことがあります。

中野 それは飛んだ状態で風を受けるんですか。

小林 板をつけて吊るされた状態でやります。そこでジャンプのスーツを着て浮いてみたりします。数値での測定もできますが、感覚的にも安定している状態が一番いいというのはわかりますね。

中野 年間に何度か行ったりするんですか。

小林 昨年は2回行きました。その時は12時間くらいやっていましたね。

中野 それだけの価値があるということですね。

小林 そうですね。これを経験することによって、実際に飛んだ時に風圧に耐えられたりします。スキージャンプはヨーロッパのカルチャーということもあって、強豪国は合宿の場所としてそこに行ったりしていますね。

【競技で違う練習&調整】

――トレーニングで重視していることはどのようなことですか。

小林 僕らは試合で飛ぶのは2本だけで、それぞれ十数秒なので、そこでうまくパフォーマンスできるように何をするかを考えます。筋力もそこまで必要ではなくて、ある程度あれば十分です。あとは柔軟性ですね。

中野 僕たちは、自転車でスピードを出す、力を発揮するために、基本的にウエイトトレーニングを週3回やります。自転車に乗って練習することも大切なんですが、絶対にウエイトトレーニングは必須です。レース後でも必ずウエイトトレーニングはしていますね。

小林 僕は、ウエイトトレーニングは週2回くらいですね。ウエイトトレーニングを重点的にやっていた時期もありましたが、その経験をふまえて、今の練習スタイルになっています。

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日本を代表するスキージャンパー。安定した成績で何度も世界一になっている photo by JMPA

――試合に向けたピーキングで重視していることはありますか。

小林 毎週試合があって、その時々で国も変わりますので、ピーキングは難しい部分があって、何をやったら正解かまだよくわかっていないですね。試合の間隔が短い時には、もう寝るしかないです(笑)。僕らの場合は体重管理が重要で、失格にならないラインを見つつ、体重や筋量を増やしたりすることもありますし、ご飯を多めに食べたりすることもあります。だから体重をひとつの軸として調整しています。

中野 自転車競技の場合は、たとえば世界選手権などに向けて、回転を出す練習や持久系の練習などを4~5週間のブロックで分けています。そこに競輪の開催が入っていた場合、めちゃくちゃきついトレーニング期間中でも、それをこなしてから競輪に行きます。競輪は1日1回しか走らないので、コーチから言わせるとトレーニングが足りていないリカバリー期間となります。

小林 きついですね。

中野 そう、関係ないんです。だからレースが終わった次の日からトレーニングをしています。競輪がナイター開催だと練習場所に帰って来られないんですよね。そうなるとその開催地でジムを探して、「そこでウエイトトレーニングをして来い」と言われます。

小林 厳しい(笑)。

中野 でもそれは仕方ないです。自分で望んでやっているので。それも楽しんでやるようにしています。

■対談インタビュー後編 「小林陵侑が中野慎詞に助言 普段どおりの自分を出す秘けつを伝授」 >>

【Profile】
小林陵侑(こばやし・りょうゆう)
1996年11月8日生まれ、岩手県八幡平市出身。小学3年から本格的にジャンプを始め、2016年にワールドカップデビュー。2018年の平昌オリンピックで日本人最高位のノーマルヒル7位、ラージヒルで10位となる。2018-2019シーズンに日本人初となる総合優勝を果たし、2021-2022シーズンも個人総合1位に。2022年の北京オリンピックではノーマルヒル金メダル、ラージヒル銀メダルを獲得した。

中野慎詞(なかの・しんじ)
1999年6月8日生まれ、岩手県花巻市出身。小学4年生時にアルペンスキーの全国大会で優勝。高校から自転車競技を始め、数々の好成績を残す。早稲田大学進学後も結果を出し、ナショナルチームにも加入。2021年には日本競輪選手養成所に入所し早期卒業を果たす。2022年1月の競輪デビュー戦から無傷の18連勝で特別昇級。ナショナルチームの一員としても活躍し、2024年のパリオリンピックではケイリンで4位入賞を果たした。

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