ともに岩手県出身でオリンピック出場という共通項のあるスキージャンプ・小林陵侑と自転車競技トラック&競輪・中野慎詞。アスリート対談後編では、試合に向けた調整法、オリンピックにかける思いを聞いた。
【眠れぬ夜】
――メンタルコントロールで実践していることはありますか。
小林 イメージトレーニングはやります。今は時間がありませんが、イメージすることは大事なので、連戦のなかで時間ができたらやりたいですね。
中野 僕は自分なりのルーティンとか、レースに臨む気持ちの整え方とか、自分で掴んできたものがあるので、それをひたすらこなしています。必ずやるのは整理整頓ですね。レースに行く前にぐちゃぐちゃのまま行きたくないんです。例えば靴をしっかりと揃えていくというようなことをやると、気持ち的には落ち着きますね。
小林 僕はあまりないですね。家も散らかっているほうですし(笑)。
中野 そのほうが、メンタルが強いと思います。整理整頓をあまり気にし過ぎると疲れるんですよ。余計なことを考えてしまったりもしますし。だから8割OKだったら合格点にしようと。
小林 ルーティンを決めていてできなかった時に、後々気になるじゃないですか。あまり記憶にはないんですが、過去にそういう経験があって、それでルーティンを辞めたんだと思います。いいジャンプをしても勝てない時は勝てないし、それほど納得したジャンプじゃなくても勝てる時には勝てるんで。でもまた何かやり始めるかもしれないですけどね(笑)。結構その日暮らしをしてますんで。
中野 試合の時はどの時点でスイッチをいれるんですか。僕は結構緊張するタイプなんですよ。
小林 僕も緊張しますよ。
中野 えっ、そんなふうには見えなかったです。僕はレースの1週間前が一番緊張していて、そこから緊張が1回和らいで、また前日に緊張します。

中野 終わったあとにもよく考えちゃうんですよね。
小林 わかります。僕らは基本的に夕方に試合なんですけど、試合が終わって夜ご飯を食べて深夜3時とか4時まで寝られないことがあります。いろいろ考えちゃって。
中野 それはしょっちゅうありますね。1日目が終わった後はすぐに寝られたりするんですが、2日目で大会が終わると興奮していて寝られないんです。体が火照っているうえに、体がすごくきつくて全身が痛くて。
小林 僕はそんなに体を酷使したことがないぞ(笑)。

【オリンピックの記憶】
――小林選手が最初にオリンピックに出場したのは2018年の平昌大会で、ノーマルヒル7位、ラージヒル10位という結果でしたが、初めてのオリンピックはどんな記憶として残っていますか。
小林 無力さを痛感したオリンピックでした。
――中野選手はパリオリンピックが初出場でした。ケイリンの決勝ではあとわずかのところで落車して、メダル獲得はなりませんでした。
中野 ちょっとスケベ心がでたんですよ(笑)。それがよくなかったかなと思います。決勝の前に「(6選手で走るので)3人に勝てばメダルを獲れるな」と思ってスタートしたんですよね。本当に最終コーナーで獲れそうな位置に来たんですよ。「あっメダルだ」と思った瞬間にマレーシアの選手と接触して、そのまま転んじゃって。

小林 何も言えることはないです(笑)。メンタルも考え方もすばらしいから、そのまま進んでくれそうな気がします。僕は最初のオリンピックが終わった次の年(2018-19シーズン)にワールドカップ個人総合1位になって、そこから3位、4位を経て、2021-22シーズンでまた個人総合1位だったんです。そんななかでオリンピックを迎えましたから、結構プレッシャーもありました。もうのりさん(葛西紀明選手)たちもいなかったので、僕がスキージャンプ界の筆頭的な存在になっていて、緊張もしました。でも(金メダルは)たまたまですね。一発の舞台って何があるかわからないですから。
中野 ありがとうございます。僕は決勝とか、ここぞという時に狙いすぎて、一瞬躊躇(ちゅうちょ)してしまう傾向があるんです。
小林 僕の場合、誰よりも練習しているとか、誰よりもうまく飛べるとか、勝負強さがあるとか、そういう自信を持つようにしています。そうすれば、普段どおりの自分でいけるし、パフォーマンスも出せると思います。僕は感情や状態を言語化するのが不得意なんですが、中野選手は言語化もすごくできますし、考え方もしっかりしていますから、きっとできると思います。すでに誰よりも練習をしていると思いますから。
【目標はそろって金メダル】
――ジャンプ競技をより楽しく見るために、ここに注目すると面白いというポイントがあれば教えてください。
小林 生で見てもらうことですね。空中スピードも音もすごいし、浮遊感も見て単純にすごいと思えるので、やっぱり現地での観戦が一番です。おすすめの大会は日本でいうと札幌ワールドカップです。今年はオリンピック前の1月(17~18日)に開催されます。あと海外でスキーフライングという240mくらい飛ぶ試合があるんですが、それは最高ですね。
中野 あれはすごいですね。テレビでしか見たことはないですけど迫力がありました。そういえば、小林選手は昨年、世界記録(※)にも挑戦されていたじゃないですか。あれば練習なしで一発で飛んだんですか。
※2024年4月にアイスランド・アークレイリの特設ジャンプ台でこれまでの世界記録253.5mを超える291mを飛び世界新記録を更新した。
小林 いや、7本飛びました。1本目は170mで落ちて、難しすぎて「終わったな」と思いました。だからそこからは大変でした。
中野 どうやって距離を伸ばしたんですか。
小林 最初に風圧を受け過ぎないようにして、スピードを生かして飛ぶしかなかったです。映像を撮っていたので、これでボツになったら嫌だなとめっちゃ思っていました(笑)。
――自転車競技トラックや競輪を楽しんでもらうために、どんなところに注目するとより面白く感じるかぜひ教えてください。
中野 自転車競技のバンクはお客さんとの距離が近くて、スピード感や迫力があります。バンクの角度が45度あるので、その迫力もすごいですし、選手が通った後に風がフワッとくるので、競技の迫力を肌で感じられるところも魅力かなと思います。おすすめの大会は8月の『全日本自転車競技選手権大会』や、海外の強い選手を招待して行なう5月の『ジャパントラックカップ』も面白いです。競輪であれば、全国各地でやっているので、より身近かもしれません。体がぶつかったりしますし、時にはクラッシュもあったりします。その意味では競輪のほうがもっと迫力があるかもしれないですね。

小林 ビッグジャンプを見せたいですよね。オリンピックでも見せたいですし、ワールドカップでも見せたいです。もちろんオリンピックでは金メダルを目指しています。ラージヒルで獲りたいですね。でも一番大事なのは、そのレベルでちゃんと試合ができて、そこに臨めることだと思います。それで現地に行ってビッグジャンプを見せるということですね。
中野 僕はロサンゼルスオリンピックまでまだ期間があるので、まずは10月(22~26日)に開催される世界選手権のケイリン種目で金メダルを目指したいです。競輪のほうでは、まだGⅠであまり勝てているわけではないので、まずはGⅠの決勝に乗れるようになっていかないとグランプリは見えてこないと思っています。まずは決勝に乗れるようなレースをしていきたいですね。
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【Profile】
小林陵侑(こばやし・りょうゆう)
1996年11月8日生まれ、岩手県八幡平市出身。小学3年から本格的にジャンプを始め、2016年にワールドカップデビュー。2018年の平昌オリンピックで日本人最高位のノーマルヒル7位、ラージヒルで10位となる。2018-2019シーズンに日本人初となる総合優勝を果たし、2021-2022シーズンも個人総合1位に。2022年の北京オリンピックではノーマルヒル金メダル、ラージヒル銀メダルを獲得した。
中野慎詞(なかの・しんじ)
1999年6月8日生まれ、岩手県花巻市出身。小学4年生時にアルペンスキーの全国大会で優勝。高校から自転車競技を始め、数々の好成績を残す。早稲田大学進学後も結果を出し、ナショナルチームにも加入。2021年には日本競輪選手養成所に入所し早期卒業を果たす。2022年1月の競輪デビュー戦から無傷の18連勝で特別昇級。ナショナルチームの一員としても活躍し、2024年のパリオリンピックではケイリンで4位入賞を果たした。