【陸上】渡辺康幸が間近で見た東京世界陸上 実は「満身創痍の状...の画像はこちら >>

後編:渡辺康幸が振り返る東京2025世界陸上・トラック長距離編

9月13日から21日まで、国立競技場で開催された東京世界陸上選手権日本代表の長距離支援コーチとして関わっていた住友電工の渡辺康幸監督。前編ではマラソン勢について振り返ってもらったが、後編ではトラック長距離種目について。

3000m障害で三浦龍司(SUBARU)が優勝争いを繰り広げた一方で、ほかの長距離種目では入賞が遠かった。この現実を渡辺氏はどのように受け止めたのか。

また、ヨーロッパ勢、アメリカ勢の躍動が目立った今大会、世界の潮流をどう見たのか。

前編〉〉〉給水を担当した渡辺康幸が見出した「マラソンで戦うためのヒント」とは?

【もう一段階の底上げの必要性を感じた5000m・10000m】

――男子10000mは、終盤に日本勢のふたりがトップに立つ場面もありましたが、鈴木芽吹選手(トヨタ自動車)が20位、葛西潤選手(旭化成)が22位と厳しい結果でした。やはり終盤にペースアップした場面で対応するのがなかなか難しかったように思います。

「スローペースの展開になったことで、8000mまで勝負できましたが、残念ながら『スローペースに救われた』という側面もありました。

 優勝タイムは28分55秒台と遅かったのですが、結果的に26分台の選手が上位に入っているので、順当な結果だったかなと素直に受け止めています」

――鈴木選手は辞退者が出たためにチャンスが回ってきましたが、この種目に2選手を送り出せたことはどのように受け止めていますか。

「葛西選手はワールドランキングで出場圏内に入っていて、芽吹選手は救われた形ではありましたが、日本記録は27分一ケタ台で、26分台に届いていないなかで出場しています。これはふたりだけでなく、日本全体に共通していることですが、現在の状況で世界と戦うのは、まだ厳しい部分があることを、再認識した形となりました。

 これは短距離も含めたトラック種目全部に言えることですけど、参加標準記録を突破するのではなく、ポイントを稼いでのワールドランキングによる出場では、なかなか世界とは勝負できません。それは毎回感じていることですね」

――男子5000mの予選では、森凪也選手(Honda)が、集団の後方でレースを進めつつ、途中のペース変化にもある程度、対応できていたように思えました。

「最後の2000mが4分59秒で上がったので、それは本人も予想外だったって言っていましたね。5分5秒~10秒ぐらいだったら、もうちょっと対応できたかもしれないですけど、3000mから4000mが速かった。

力負けですね。

 ただ、森選手は"やりきった"と思っていると思います。走り終えてすぐ僕のところに来て、『最後の2000m、先頭はいくつですか?』って聞いてきた時も、力は出しきったという表情をしていましたから。

 それに、最高の調整をして、いい状態でスタートラインに立つことができていました。それでも決勝には行けなかった。決勝に進んだ選手は12分台なので、13分15秒がベストだとなかなか厳しいなっていうのは感じましたね」

――10000m26分台と同様に、5000mも12分台を出すことが前提になってくるわけですね。大迫傑選手の日本記録(13分08秒40)も、もう10年も破られずにいます。

「13分10秒台前半までは、けっこう来ているんですけどね。そこからなんですよね。

 記録を出すには、海外のレベルの高い試合に出場するべきですが、そもそも日本の選手は持ちタイムが低いので、レベルの高い試合や速い組に入れないんです。せめて13分5秒ぐらいまでくれば、ダイヤモンドリーグやG1のレースにも出られるチャンスが出てくるんですけどね」

【三浦龍司の人間性、懐の深さが、彼の強さの表れ】

――難しいとはいえ、ワールドランキングではなく、参加標準記録を狙っていくことが大事になる。

「3000m障害の三浦龍司選手(SUBARU)が(8位)入賞したのも、結局、そこなんですよね。

ダイヤモンドリーグで勝負しにいけるだけの記録と力がある。

 男子の長距離種目は多くの場合、世界の舞台に立つのが精一杯という現状が続いています。もちろん、コーチも選手も抵抗はしているんですけど、レース後半のペースアップの対応が、なかなかうまくいっていないのが課題ですよね」

――そのなかで、入賞した三浦選手は、決勝のレースで国立競技場の満員のスタンドを大いに沸かせました。

「世界大会で連勝中のエルバッカリ(モロッコ)に勝てるチャンスがあったし、金メダルもあるんじゃないかっていうレースをしてくれましたからね。

 今回、三浦選手は足の状態がよくなくて、満身創痍の状態で大会に臨んでいました。それでも、ああやってメダル争いができるんですから、ポテンシャルが高い。トラックでこんな選手は今まで出てきたことがないですよ。近くで見ていて、勉強になることが多かったです。

 決勝では、最後は間違いなく、後ろの選手に引っ張られていました。日本陸連として抗議しましたが、普通の選手だったら言い訳すると思いますよ。だけど、ダイヤモンドリーグなどに出ているので、ああいうことがあるのも当たり前だと三浦選手は受け入れていました。そんな三浦選手の人間性、懐の深さが、彼の強さなのかなと思いました。

今回メダルは獲れなかったですけど、2年後の北京世界陸上、そしてロス五輪では、やってくれると思います」

――今回の世界陸上の男子長距離種目では、アフリカ勢よりも、ヨーロッパ勢やアメリカ勢の活躍が目立っていました。ルーツがアフリカにある移民系のヨーロッパの選手もいるとはいえ、潮流が変わりつつあるのでしょうか。

「トラックでいえば、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアやニュージーランドといった国からは、毎年のように好選手が出てきています。今回はアフリカ勢の不調によって、白人の選手が多くメダルを獲得しました。彼らが頑張ったことによって、日本人もやれるんじゃないかっていう希望は見えましたよね。

 今回は、5000mも10000mも、3000m障害も、優勝候補筆頭ではない選手が勝っています。もちろん力のある選手たちですが、そういう意味では、夢があります。

 アメリカのチームのやり方を参考にしている日本のチームも多いですし、動画サイトには彼らのトレーニングが上がっています。欧米系の選手のコーチは緻密です。我々も、もっと努力していかなければいけないなと感じました」

⚫︎Profile
渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)/1973年6月8日生まれ、千葉県出身。市立船橋高-早稲田大-エスビー食品。大学時代は箱根駅伝をはじめ学生三大駅伝、トラックのトップレベルのランナーとして活躍。

大学4年時の1995年イェーテボリ世界選手権1万m出場、実業団1年目の96年にはアトランタ五輪10000m代表に選ばれた。現役引退後、2004年に早大駅伝監督に就任すると、2010年度には史上3校目となる大学駅伝三冠を達成。15年4月からは住友電工陸上競技部監督を務める。学生駅伝のテレビ解説、箱根駅伝の中継車解説では、幅広い人脈を生かした情報力、わかりやすく的確な表現力に定評がある。

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