大阪桐蔭・中野大虎インタビュー(前編)

 申し入れのあった球団スカウトとの面談は、いつもあいさつ代わりの確認から始まった。

「やっぱり、阪神ファンなの?」

 これにいつもの笑顔で「はい」と返し、場が和んだところで本題へ。

これが毎回のパターンになった。

【ドラフト】大阪桐蔭のキャプテンにしてエース、中野大虎が語る...の画像はこちら >>

【祖父は阪神の私設応援団】

「名前に『虎』が入っちゃってますからね」

 そう言って笑うのは、大阪桐蔭のエースにしてキャプテンの中野大虎だ。「だいと」の読みは一発正解とはならなくても、文字の並びに、野球好きの関西人なら当然ピンとくるだろう。阪神ファンの家系に埋まれ育った選手だと。

 そのとおり、祖父が阪神の私設応援団を務めており、その強い希望から「大虎」と名づけられたという。子どもの頃から阪神の試合を甲子園やテレビで観戦してきた。

 夏の甲子園のあとに開催された世界大会(WBSC U−18)の時も、沖縄の宿舎で阪神のリーグ優勝をテレビ観戦。世界大会を準優勝で終えて大阪へ戻ると、久しぶりの甲子園観戦も楽しんだ。

「甲子園で観戦したのは中学2年以来だったと思うんですけど、今回は初めてライトスタンドで応援して、テンションが上がりまくりました。やっぱり、あの雰囲気はめちゃくちゃすごくて。自分は座ってしっかり試合を見ていましたけど、盛り上がるところはみんなと盛り上がりながら、あらためて『この雰囲気のなかで自分も投げたい!』って思いました」

 虎への熱い思いを聞くと、ドラフトの結果も別の意味で気になってきたが、まずは大好きな野球を仕事にできる大きなチャンス。さまざまな思いをめぐらせながら、運命の日を待つ。

 人生の節目を迎えるにあたり、「中野大虎」という野球人を理解するうえでも、新チーム結成からの1年を記したい。

【圧倒的なリーダー力】

 昨夏、新チームが立ち上がった際、投手としての負担は承知のうえ、中野のキャプテン就任は一択だった。「入部した時から、最後は中野がキャプテンになるとみんな思っていました」と大阪桐蔭監督の西谷浩一が振り返るように、目配り、気配り、コミュニケーション能力の高さ、視野の広さ、負けん気の強さ、徹底力......と、圧倒的なリーダー力でチームを引っ張った。

「この1年はどうやってチームをつくっていくか、強くしていくか、100%そっちの頭だったんで、"投手・中野"は2年の夏が終わって一旦ストップでした」

 昨年秋は近畿大会初戦で滋賀学園に敗れ選抜出場を逃し、今年春の近畿大会でも中野が先発した東洋大姫路戦で打ち込まれて完敗。そこから選手個々ともう一度向き合い、ミーティングも重ね、最後の夏に向かったが、決勝で東大阪大柏原に惜敗。

 しかし、最大のライバルである履正社を準決勝で下した翌日の決勝は、"中野劇場"と評したくなるほど、中野らしさが詰まった一戦だった。

 その履正社戦。中野は「ピッチャーとして持っているものを出し切ったという点では、3年間で一番のピッチングと言っていいかもしれないです」と語ったように、7回(コールド)1失点の完投勝利だった。

 ストレートは右打者に対してはシュート気味に食い込み、左打者には外へ逃げていく。球速もコンスタントに145キロ前後を計測し、ネット裏で観戦していた石田寿也コーチの「回転数も一時より200くらい上がっています」の言葉に納得。指のかかりのよさを感じさせる良質のボールだった。

【主将としてエースとして大活躍】

 7回、101球を投じた準決勝につづき、決勝でも7イニング、124球を投げた。試合後の中野は、まさに精魂尽き果てたといった姿で記者たちの前に現れたが、その消耗がピッチングによるものではないことは、グラウンドでの中野の動きを見ていれば一目瞭然だった。

 試合前のキャッチボール、シートノックから動き回り、常に大きな声を飛ばし、試合が始まればきつい日差しを浴びながらベンチ最前列で声を張り上げる。攻撃時にはネクストバッターズサークルや打席の選手のもとに行ってアドバイスを送る。

その回数は、確認した範囲でじつに7回。

 さらに、イニング間にはレフトを守る須貝蒼のキャッチボール相手を務め、大阪桐蔭の攻撃が始まる前には、円陣を組み熱く気合を込めた。

 そうしたなか、2点ビハインドの4回からは先発の森陽樹をリリーフしマウンドへ。「流れを変えてくれ」というベンチの思いを受けての登板だった。

 すると代わりばなの投球を、空振り三振、空振り三振、レフトフライと3人で打ち取ると、拳を握りしめて叫び、駆け足でベンチへ。その足でまた円陣に加わり、西谷の指示が終わると、いっそう気合のこもった声で檄を飛ばした。

 しかし簡単に流れは変えられず、6回表の守りで二死から四球のあと3連打を浴び2失点。0対4となり、絶望的な展開に思えた。

【最後までチームを鼓舞】

 それでも、中野は中野だった。ベンチから伝令が入り、指示を確認すると、逆に仲間を鼓舞するような笑顔を見せ、声をかける。どんな場面でも気持ちが折れることはなく、円陣が解けるとバックスクリーンを向き、四股(しこ)を踏んで自らに気合を入れた。

「こんじょうやああああああ~~~!」

 なおもピンチは続いたが、ピッチャーフライに打ち取った。

ただ、小フライではなくバッテリー間のややホーム寄りにしっかり上がった飛球だった。走者もいる場面、ふつうなら間違いなく野手に任せるところ、中野は打球が上がった瞬間、両手を広げてスタンドまで届く大きな声を張り上げた。

「オッケー、オッケー、オッケー!」

 両手でしっかりキャッチすると、「ヨッシャーッ!」と拳を握りしめた。この劣勢の場面で、俯くことなく満面の笑みを浮かべられるエースが、どれほどいるだろうか。

 中野のスピリッツが試合を動かし、7回裏に大阪桐蔭が一挙4点を奪い、同点に追いついた。この攻撃のなかでも目立ったのは中野だった。

 4点を追う一死一、二塁で打席に立つと、投球が中野のヘルメットをかすめた。一瞬、球場内がシーンとなったが、その瞬間「ヨッシャーッ!」と中野の叫び声が響き、一塁へ駆け出した。

 しかし、頭部付近への死球のため球審が呼び止め、ベンチへ臨時代走を促した。それでもグラウンドを離れたくない中野は「肩です、肩です、大丈夫です」と、これもスタンドに声で懸命にアピール。一塁へ向かおうとしたが、最後は球審にユニフォームの袖を引っ張られ、やむなくベンチへ下がった。

 ベンチに戻ると座ることもせず、前列で声を飛ばした。

すると、ここから押し出し四球、相手のミス、内野安打とつづき、試合を振り出しに戻したのだ。

 最後はタイブレークとなった延長10回表、一死二、三塁から中野が2点タイムリーを浴び、その裏、大阪桐蔭も1点を返したがゲームセット。キャプテンエース・中野の夏は終わった。

 成長したピッチングを甲子園でも見たかったが、敗れてなお、中野の魅力満載の一戦。最後まで勝利への執念を前面に出し、チームを鼓舞する姿勢はまさに主将そのものだった。

文中敬称略

つづく>>

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