西武・仁志敏久コーチインタビュー(前編)

 球団史上最悪の91敗を喫した昨季から巻き返しを図り、西口文也新監督、広池浩司球団本部長の下で「球団再建」を図っているのが、パ・リーグで最多優勝回数を誇る西武だ。

 チームづくりを見直すべく、今季外部人材として一軍に招かれたのが3人のコーチだった。

"鬼軍曹"の異名を持つ鳥越裕介ヘッドコーチ、球界屈指の理論派として知られる仁志敏久野手チーフ兼打撃コーチ、日本体育大学大学院でコーチングを研究した大引啓次内野守備走塁コーチだ。

 三者三様の役割が期待されるなか、ミッションが特にわかりやすいのは仁志コーチだろう。得点、打率、OPSともにリーグ最低に沈んだ攻撃陣の立て直しを任されている。

【プロ野球】西武・仁志敏久コーチが語る"令和の打撃指導論" ...の画像はこちら >>

【打てるようにしてやるなんて、おこがましい】

「この世界は結果だけでものを見られるので、(成績で)評価されるのは別に仕方ないと思います」

 そう語るのは、仁志コーチだ。今季の西武は得点、打率、OPSともにリーグワースト。昨季とチーム成績を比べると、大幅な改善が見られたわけではない。

 個別に見ると、長らく1番を任された西川愛也や二遊間で先発起用される滝澤夏央が才能の片鱗を見せるなど、明るい材料もある。だが後半戦になり、西川は右肩の違和感で3週間強の離脱、滝澤は打率を大きく落とすなど、1年を通じて活躍する難しさがあらためて浮き彫りになった。

 プロ野球の世界で、打撃の指導ほど難しいものはないだろう。打てるように導くのがコーチの仕事だが、打席に立つのは選手だ。昭和なら「こうしろ」「オレの言うことを聞けないのか」と上から命じるのが当たり前だったが、令和の今は同じことをするとパワハラになりかねない。

 打撃向上において指導者ができること、そして果たすべき役割について、仁志コーチはどう考えているのか。

「僕らにできることは、選手が打てる可能性を引き上げてあげることです。

打てるかどうかは、最終的に本人の感覚でしかないので。こちら側が選手を変えてやるとか、打てるようにしてやるなんてことは非常におこがましい。そういう考えは選手に対しても失礼だし、『オレの言っていることがすべてだ』となってしまう。

 選手たちに話しているのは、自分の感覚的にちょっと合わないという時は、絶対にやめてくれということです。『その方法がダメなら、もう一回違うことを考えよう』という話はいつもしているつもりです」

【上の人間が言うから正しいわけではない】

 選手たちを引き上げるうえで、仁志コーチが最も大事にしているのは「伝えることの意味」を突き詰めることだ。

「ただこちら側の意見を言うだけではなく、理解をしてもらわないといけない。そして、伝えていることが的確でないといけない。逆に矛盾しますけど、こちらが伝えていることはすべてではない、ということも理解してもらわないといけない。幅が広いですけど、"伝える"という意味合いをよく把握していなければいけないと思います」

 以前のように、教える側のコーチが上で、教えてもらう選手が下、という関係性ではない。仁志コーチがつづける。

「監督やコーチが一方的に言っても、選手にも意思があるし、当然それまでの人生での考え方もある。立場的に上の人間が言うから、正しいわけではありません。選手の意思もちゃんと尊重する。

意思があることを理解して話をしないと、『あれをやれ』『これをやれ』になってしまうのはよくあると思います」

 仁志コーチは現役引退後、侍ジャパンU12やDeNAの二軍監督を務め、伝え方を現場で学んだ。自分が正しいと思って伝えても、相手はそう捉えていない場合もある。表現次第ではうまく伝わらないこともあった。

 そもそも選手とコーチが対等に対話をできないと、課題の解決につながりにくい。コーチが選手に何を言っても「はい」や「わかりました」しか返ってこなければ、頭や心のなかが透けて見えてこないからだ。

 はたして、仁志コーチに「合わないです」「わかりません」と言える選手はいるのだろうか。

「たまにいます。練習であまりいい感じではないなと思って、こっちから『どう?』って聞くと、『ちょっとわかんないです』と言う選手もいます。選手から言えなければ、こっちが気づいてあげるしかないですよね」

 コーチ業に真摯になるほど、そのミッションは深遠になっていく。仁志コーチの話を聞くと、細やかな仕事ぶりを想像できるだろう。

 具体的にバッティングはどう指導するのだろうか。たとえば、今季の春季キャンプで滝澤は「仁志コーチに『確率が悪い』と指摘された」ことで本来目指すべきスタイルが明確になったと話した。

 悪いクセのないという滝澤に仁志コーチが行なったのは、打撃の運動連鎖がうまくできているかを解剖していくことだった。

「バッティングでは、一度しっかり後ろに体重を乗せないと、前に体重は移りません。前に体重を乗せていく感覚や、軸足への体重の乗せ方、打ちにいくときのバットの引き下ろし方や軌道など、それぞれの動きをフェーズごとに分けて考えています。パーツごとに理想の形があるので、選手一人ひとりの特徴を見極めながら『おまえの場合は、この部分をこうしたほうがいいんじゃないか』という形で話をしています」

 他人同士では感覚が異なるなか、打撃の理論的に正しい方向に持っていく。そうして「打てる可能性を引き上げる」のがコーチの役割だ。

 ただし、最後は感覚の世界になるから難しい。しかも投手がボールを離してから、ベース盤に届くのは1秒を切る世界だ。

【投高打低になるのは当然】

 さらに2020年以降、球界では"投高打低"が急激に進んでいる。投手たちの球速&パワーアップ、変化球の多様化は著しい。

 今季、12球団で規定打席に到達した3割打者は3人しかいなかったが、現在のプロ野球は仁志コーチにどう見えているのだろうか。

「噂レベルかもしれないけれども、正直ボールが飛ばないというのは客観的に見ていても、やっている選手たちもそう感じています。そのうえでピッチャーのボールがいいとなると、不利は不利ですね。

トルピードとかバットの新たな形状も出てきましたけど、バッターができることはその程度です。

 ピッチャーみたいにあっちに曲げたり、こっちに曲げたり、タイミングを変えたりとかできない。主導でやっているのはピッチャーなので、最終的に投高打低になるのは当然です。そもそも打率3割しか打てないこと自体、"打高"ではないので」

 メジャーリーグでも投手の進化は著しく、3割打者は両リーグ合わせて8人しかいない。それでも、ホームランを量産する打者は多くいる。三振を恐れず一発を狙うというスタイルに加え、投手の攻め方も影響していると仁志コーチは見ている。

「向こうはまずインコースを見せて、次にアウトコース見せてと、散らすようなことはあまりないので。速いボールなら速いボールを中心にちょっと曲げるとか、そういう攻め方だと思います。それに向こうのバッターは、もともと持っているパワーがあるので。それで反応がいいのと、反応してから打ち出すまでの時間が速い。パワーがあるのと、押す力が強い分、バットをパッと出したところでパワーがすぐに発揮できるのはあると思います」

 いずれにせよ、日米の打者にとって難しい時代が到来した。そんな現代野球で、バッターはどのように対応していけばいいのだろうか──。

つづく>>

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