連載第75回
サッカー観戦7500試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7500試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
サッカー日本代表がガーナと対戦。
【アフリカと言っても国によって特徴が違う】
サッカー日本代表が11月14日に豊田スタジアムでガーナと対戦する。
ガーナはFIFAランキングで73位。19位の日本にとっては"格下"ということになる。10月にはブラジル相手に逆転劇を演じてみせた日本としては、確実に勝利すべき相手だ。ドイツとスペインを撃破しながらコスタリカに敗れたカタールW杯の二の舞を避けるためにも、だ。
だが、日本対策など何もなかった(新戦力のテストが主目的だった)ブラジルとは違ってガーナは日本のことを分析して、何らかの対策を施してくるだろう。9月のアメリカ遠征でメキシコ、アメリカの日本対策の前に無得点に終わった日本としては、ガーナの"対策"を破ってゴールを決めたい。日本とアフリカ勢との対戦は2023年10月のチュニジア戦(2対0で勝利)以来。サハラ砂漠以南のいわゆる「ブラックアフリカ」との対戦となると、2022年6月のガーナ戦(4対1)以来になる。
W杯本大会でもアフリカ勢と対戦する可能性がある。独特のリズムを持つアフリカ勢との戦いは、ぜひ経験しておきたいところだ。
さて、アフリカ勢との対戦となると、誰もが口をそろえて「身体能力」という言葉を使う。
もちろん、アフリカ選手の身体能力が高いことは事実だ。
だが、アフリカのサッカーをただ「身体能力」という言葉だけで括ってしまうのは乱暴極まりないことだ。日本とアフリカで何がどのように違うのかを、もっと具体的に考えるべきだろう。また、「アフリカ」と言っても国によって特徴があるのに、ただ「アフリカ=身体能力」で片づけてしまうのもおかしい。
たとえば、今回対戦するガーナと、同じ西アフリカにあって、W杯で実績を残してきたナイジェリアを比較してみよう。両国の間に違いがあるように感じるのは、僕だけではあるまい。
ナイジェリア選手の特徴はパワーや爆発的なスピードだ。それに対してガーナの選手はサイズ的にそれほど大きくはないし、パワーよりも瞬発力や体の柔軟性が際立っているように思う。
では、こうした違いは、いったいどこから来ているのだろうか? 「人種や民族のせい」とひと言で片づけないでほしい。
「ブラックアフリカ」諸国はほとんどがバンツー系の黒人たちの国だ。もともと現在のカメルーン辺りに住んでおり、数百年間前までにアフリカ大陸全体に広がっていった人たちのことだ。
ただ、アフリカというのは非常に多様性が高い大陸で、同じ「バンツー系」でも非常に多くの民族が存在する。
「ガーナ人」とか「ナイジェリア人」と言っても、それはあくまでも国籍のことであって、「ガーナ民族」とか「ナイジェリア民族」というものがあるわけではない。
人口約3500万人のガーナには100以上の民族が住んでいると言うし、人口約2億3000万人のナイジェリアの民族数は250を超える(数え方によって諸説あり)。
1億人を超える人口のほとんどが同じ日本語を話している日本などとは、まったく違う社会なのだ。
【ナイジェリアではスポーツと言えばイボ人?】
アフリカではひとつの国のなかに数多くの民族が住んでいるし、ひとつの民族が国境をまたいで複数の国に住んでいる。
というのは、現在の国境は欧州諸国が1884年から85年にかけてのベルリン会議でアフリカ分割を取り決めて、勝手に(現地の事情など顧みることなく)画定してしまったものだからだ。コートジボワールからナイジェリアにかけての世界地図を見ると、海岸線からほぼ直角に国境線が引かれているのがわかるが、これは欧州人が地図上に勝手に線を引いた結果だ。
ナイジェリアの民族は大きく分けると北部のハウサ人、南西部のヨルバ人、南東部のイボ人の3つに分かれる。
僕は1999年の日本が準優勝したワールドユース選手権(現U-20W杯)の取材でナイジェリアを訪れた。準々決勝のメキシコ戦は南西部のイバダンという街で行なわれたのだが、その時、ヨルバ人の先祖が天から降ってきたという神話があるイフェという街まで観光するために、ホテル専属のタクシー運転手を雇って往復した。イバダンから2時間ほどだったと思う。ヨルバ人にとっては、一種の聖地である。
車中で運転手とその友だちといろいろな話をしたのだが、彼らはこんなことを言った。
「俺たちヨルバ人はスポーツはからっきしだね。スポーツはイボの奴らが強い。ヨルバ人は芸術分野で優れているんだ」。
たしかに、20世紀末頃までナイジェリア代表選手のほとんどがイボ人だった。
「しかし......」と僕は考えてしまった。
イボ人とヨルバ人は、僕たちから見たらまったく区別ができない。それなのに、もし「スポーツではヨルバ人はイボ人には敵わない」というほどの差がある、というのはどういうことなのか。
そこで、ナイジェリアから帰国していろいろと調べてみたのだ。すると、イボ人とヨルバ人の違いには歴史的な理由があることがわかった。
【サッカーの違いには歴史的な要因があったのでは?】
欧州人がアフリカの海岸に進出してきた頃の話だ。
ちなみに、欧州人はアフリカ大陸の海岸を各地の産物にちなんで呼んでいた。
では、ナイジェリア付近はなんと呼ばれていたか? 「奴隷海岸」である。ひどい話だ!
とにかくその頃、ヨルバ人社会には国家があり、王が統治していた(王は現在もイフェに宮殿を構えている)。だが、イボ人には国家的な組織がなく小さな街や村があるだけだった。
そこで、ナイジェリアを統治することになった英国は、ヨルバ人社会は彼らの政府を通じて間接支配したが、イボ人地域は直接統治をしたのだ。英国式の学校が建てられ、英国式の教育が行なわれた。そして、英国式の学校では当然スポーツも行なわれた。
だから、イボ人はスポーツが得意になったのだ。遺伝的形質がどうとか、文化的特性がどうという話ではない。
そして、いったん「イボ人はスポーツが得意」という評価ができあがると、彼ら自身もそれを信じてますますスポーツに力を入れるし、逆にヨルバ人のほうは、「それなら俺たちは芸術分野で......」と考える。
おそらく、だ(ここからは、僕の想像である)。
冒頭に述べたようなガーナのサッカーとナイジェリアのサッカーの違いも、それと同じような歴史的な原因があったのかもしれない。
日本と韓国のサッカースタイルは欧米人から見たら「よく似ている」と言うが(2002年W杯を前にフース・ヒディンクとフィリップ・トルシエの対談の司会という仕事をしたことがあるが、ふたりとも「日本と韓国は似ている」と口を揃えた)、日本人や韓国人は明らかにお互いのスタイルは違うと思っている。
それは、日本人と韓国人の体質や体格の違いのせいなのだろうか? あるいは、両国の文化や教育制度の違いなのだろうか?
僕はそういう人種決定論、文化決定論には与しない。もっと、歴史的、偶然的な原因があったのではないかと思っている。
たとえば、スコットランド人からサッカーを習ったためパスサッカーを信奉していたチョウ・ディンというビルマ(現ミャンマー)人留学生が来日。日本人学生にそれを伝えたといった、偶然の出来事のせいなのではないだろうか?
ガーナ戦を前に、またまた妄想が広がった......。
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