プロレス解説者 柴田惣一の「プロレスタイムリープ」(23)
1982年に東京スポーツ新聞社(東スポ)に入社後、40年以上にわたってプロレス取材を続けている柴田惣一氏。テレビ朝日のプロレス中継番組『ワールドプロレスリング』では全国のプロレスファンに向けて、取材力を駆使したレスラー情報を発信した。
そんな柴田氏が、選りすぐりのプロレスエピソードを披露。連載の第23回は、2026年1月4日に東京ドームで引退試合を行なう"100年にひとりの逸材"棚橋弘至。人気が低迷していた新日本プロレスを再び盛り上げた功労者の、"モテ男"としての素顔や家族とのエピソード、ストロングスタイルとは違ったキャラクターが受け入れられるまでの経緯など、長年取材を続けてきた柴田氏だからこそ知る棚橋の魅力を聞いた。
【"モテ男"時代と、父親としての顔】
――棚橋弘至選手といえば、昔から"モテ男"のイメージが強いです。
柴田:若手時代の2002年には、当時交際していた女性にナイフで背中を刺されるというスキャンダルがありました。それでも、2016年に「ベスト・ファーザー イエローリボン賞」と「ベスト・ネクタイ賞」をダブル受賞してからは、トレーニングに集中。「もう、女性問題はありえない」と胸を張っていました。
――結婚されたのは、2007年の10月でした。
柴田:棚橋の奥さんは中学校の同級生で、棚橋の片想いが続いていたんです。何度告白しても断られていたけど、度重なるアタックが実った。常にガールフレンドはいたというから、モテたことは間違いないでしょう。断られ続けて、奥さん以外の女性に......と思った時期もあったようですが、どうしても忘れられなかったんですね。
もともと、棚橋は真面目な男です。
――変わり始めた?
柴田:今では家族を大切にしているKENSOですが、若い時は彼もモテモテでしたからね。その頃、KENSOが道場に女性を連れ込んだのが会社にバレたんです。それで山本小鉄さんが「さすがにそれはまずい」ということで、KENSOを寿司屋に呼び出した。それで1対1で説教していたのに、なぜかKENSOは時計ばかり見てソワソワ。「彼女が待っているので」と、話の途中で帰ってしまったらしいんですよ(笑)。棚橋が"モテ男"のオーラを表に出し始めたのも、そんなKENSOの影響があったんじゃないかと思います。
――ちなみに、ご家族のお話はしますか?
柴田:たまに、目を細めて話してくれます。娘さんがいるんだけど、今はアナウンサーを目指して就活中らしいです。2011年の、テレビ朝日の野上慎平アナウンサーと八木麻紗子アナウンサーの結婚式には、棚橋が娘さんを連れてきていました。まだ小さくて。棚橋の膝に乗ったりしていましたけど、そういった場面でアナウンサーを見て、惹かれたのかもしれないですね。
息子さんは大学でバンドを組んで、音楽活動に励んでいます。(棚橋が入場時にパフォーマンスで行なう)エアギターじゃなくて、本物のギターを弾いていますよ(笑)。あと、棚橋は仮面ライダーが好きで、作品に出てくるポーズやセリフを試合中に使ったり、コスチュームにも要素を取り入れたりするほどですが、息子さんも大ファンのようです。
――まさに「ベスト・ファーザー」ですね。
柴田:お子さんが小さい頃、運動会の保護者リレーに出場して棚橋が走った際に、棚橋コールじゃなくて、新日本コールが起こったそうです。「新日本プロレスのレスラーとして認知されているんだ」と、うれしそうに振り返っていましたよ。
【タブー視されていた学生プロレスから超スター選手に】
――棚橋選手は、柴田さんが主催したプロレス交流会にも参加したそうですね?
柴田:「棚橋が来る」となったら、参加者の数が一気に膨らんでしまいました(笑)。その交流会では、最初のうちは僕が棚橋を連れて各テーブルを回っていたんだけど、少ししたら自分からサッと動いてテーブルを回っていました。それに、ファンの顔や名前、長所や会話の内容まで覚えているんです。
たとえば、「おばあちゃんが病気で心配」と明かしたファンには、次に会った時に「おばあちゃん、元気?」と気遣ったり、「受験勉強を頑張っています」と話した受験生のファンには「受験、どうだった?」と聞いたり。女性に対しては、髪の毛の質がいいとか、手がきれいとか細かいところに気づく。その気配りを生かしたファンサービスは、さすがに新日本をV字回復させた立役者ですね。
――レスラーとしてのオーラもすさまじいですね。
柴田:昔に、僕が番組収録の時間が空いた時に新橋を散策していたら、棚橋に遭遇したことがあって。新橋のように人が多い場所だと、選手によっては「大きいお兄ちゃんだな」という感じで、すぐにはわからないこともあるんです。でも、棚橋はひと目で気づく。アントニオ猪木さんや、佐山聡さんもすごかったですけど、棚橋も同じようなオーラを放っていますね。
――体づくりも、相当ストイックだと伺いました。
柴田:会食した時には、「引退したらフレンチトーストをたらふく食べたい。それまでは我慢」と、しみじみ話していました。栄養価の高いものは、体づくりのために頻繁には食べられないですから。あと、ベスト・ファーザー賞とベスト・ネクタイ賞を受賞した時に、選考委員の方と一緒に中華料理店で食事したんですが、その時も麺の量は半分でしたね。点心は全然食べず、杏仁豆腐も僕にくれました。特に若い頃は、相当に気をつけていた印象があります。
――棚橋選手は学生プロレス出身ですが、そのなかでも「ズバ抜けていた」という話をよく聞きます。
柴田:当時、学生プロレスはタブー視されていました。棚橋本人はプライドを持っていたけど、表には出せない雰囲気がありましたね。棚橋は学生プロレス出身者も多いインディー団体に参戦することもありますが、そういう人たちの思いをよく理解しているからでしょう。
――デビューは1999年10月10日。真壁刀義(当時は真壁伸也)選手が相手でしたが、当時の印象はどうでしたか?
柴田:明るいし、将来有望で「トップクラスまではいくだろう」と思いました。ただ、同期には井上亘や柴田勝頼もいて、若手選手の層が厚かったですから、注目度ナンバーワンというわけではなかったですけどね。肉体はでき上がっていましたけど、ここまでの超スター選手になるとは思わなかったですよ。
【「愛してま~す!」がファンに受け入れられるまで】
――2002年2月1日、札幌大会の"猪木問答"の時も、棚橋選手はリングに上がっています。
柴田:中西学や永田裕志、KENSOなどもいたけど、あの時はまだ棚橋は目立っていませんでした。ヤングライオン時代は、僕もインタビューをしなかった。今と違って、メインイベントの選手でも、毎回インタビューを受ける時代ではなかったですけどね。
――「愛してま~す!」が決めゼリフになったのは、いつごろですか?
柴田:2006年7月、IWGPヘビー王座を初戴冠した試合後に「愛してま~す!」とマイクで絶叫したのが始まりです。
だけど、今では当たり前になっています。継続は力なり。やり続けることが大事だということを、身をもって証明しましたね。棚橋だけじゃなく、中邑真輔の「イヤァオ!」も、オカダ・カズチカの「カネの雨が降るぞ!」も、内藤哲也の「トランキーロ」も、最初から支持されていたわけではないですから。
――ほかにも、「100年にひとりの逸材」と名乗り始めたり、エアギターをやり始めたりとさまざまな形でアピールしていましたが、柴田さんの目にはどう映っていましたか?
柴田:「100年にひとりの逸材」というフレーズが生まれたのは、いつごろだったか......。おそらく、2008年の後半くらいからじゃないかと。猪木さんをはじめ、ストロングスタイルの試合を見てきた者としては、正直、面食らいましたよ。
でも、当時は新日本が低迷していた時期ですし、逆にちょうどよかったんじゃないかと思います。いろんな先輩たちを見て、ゆっくり研究できたでしょうから。そのうえで、「自分は違う方向を目指そう」「新しいものを出していこう」と、一見チャラい感じの、今のようなキャラクターになったんじゃないでしょうか。
――明確に、ファンに受け入れられたと感じた時期はありますか?
柴田:ターニングポイントがあったわけではなく、本当に徐々に変わっていった感じです。
見ている人は見ているんですよ。基礎はしっかりしているし、試合運びもちゃんとしている。見た目はチャラいけど、やっていることはストロングスタイル。内藤も、メキシコ遠征から帰国してからスーツを着たりして、最初はみんな笑っていたと思うんです。「早く脱げ!」って言われていたのが、いつの間にか新日本の中心選手になっていた。それも、しっかりしたプロレスの基礎があってこそです。
――内藤選手は、マイクもうまいですね。
柴田:確かにうまいですね。棚橋は、あまり気の利いたことは言えないけど(笑)、正直というか、一生懸命さが伝わる。「プロレスが大好きなんだろうな」って。その気持ちがファンのハートに届いたから、棚橋の時代がきたんだと思いますよ。
(連載24:元東スポ記者が語る棚橋弘至と中邑真輔、引退試合の相手オカダ・カズチカとの関係−−3人の物語は「まだまだ続いていく」>>)
【プロフィール】
柴田惣一(しばた・そういち)
1958年、愛知県岡崎市出身。学習院大学法学部卒業後、1982年に東京スポーツ新聞社に入社。以降プロレス取材に携わり、第二運動部長、東スポWEB編集長などを歴任。2015年に退社後は、ウェブサイト『プロレスTIME』『プロレスTODAY』の編集長に就任。現在はプロレス解説者として各メディアで記事を掲載。テレビ朝日『ワールドプロレスリング』で四半世紀を超えて解説を務める。ネクタイ評論家としても知られる。カツラ疑惑があり、自ら「大人のファンタジー」として話題を振りまいている。



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