横浜DeNAベイスターズ相川亮二監督インタビュー(前編)

 2025年秋、横浜DeNAベイスターズの新指揮官に就任した相川亮二監督は、意外なほど淡々としていた。「監督になった」という実感よりも、まず考えるのは、チームをどう勝たせていくか。

三浦大輔前監督のスタンスを受け継ぎながら、指揮官として背負う責任と向き合う日々が始まっている。

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【まだ監督になったという実感はない】

── 2025年の秋季トレーニングからチームの指揮を執り始めましたが、"監督"になったという実感は湧いていますか。

相川 なんて表現していいかわからないんですけど、正直、実感というか、そこまで難しくは考えていないんです。チームにどのような方向性を示し、勝つことができてくるのかと考えてはいますが、僕ひとりの考えですべてが動くわけではありません。秋季トレーニングもそうですが、今はコーチ陣とチームスタッフと情報を共有しながらやっているような状況ですね。

── DeNAでは4年間、コーチとして過ごし、立場は変わりますが、あくまでもこれまでのやり方、三浦大輔前監督のスタンスを引き継いでいく。

相川 そうですね。三浦前監督は、みんなが一緒に一丸となって勝つにはどうしたらいいかを常に考えていましたし、それがベイスターズのよさでもあるので自分が監督になったからといって、そんな極端に変わることはないと思います。

── スタッフも含め全員で戦うスタイルはDeNAの持ち味だと思います。ただ、オーケストラのように各自が仕事をしていくなかで、最終的に指揮者としてチームを調和させるのが監督だと思います。やはりコーチ時代とはチームの見え方が違うのではないですか。

相川 そういう部分においては自分のひとつの言葉であったり、ひとつの行動がチームに影響を及ぼすと思うので、そこは一番大事にしていかなければと思っています。実際、メディアの前に立つ機会も増えましたし、以前と比べ言葉や内容が少しずつ変わってきているのかなっていうのは実感しています。

── 責任ある立場。そこはより慎重にならなければいけないと?

相川 周囲からの見られ方も、コーチ時代とは違う感覚があります。多少ですけど(笑)。

【思い描く理想の監督像は?】

── 記者会見でお尋ねしましたが、以前より監督になりたいという意思がおありだったそうですね。いつぐらいからそんなイメージを持っていたのですか。

相川 いや、常にぼんやりというんですかね。正直、このタイミングで「監督になりたい」というのはないんです。ただ、選手時代からも、指導者になってからも、頭の片隅にはそんなイメージを持ちながらプレーをし、コーチングしてきたように感じます。「自分だったらこうするかな」といったように。

── 相川監督は、若い時は権藤博監督など、いろいろな監督のもとでプレーしてきましたが、理想とする監督像みたいなものはあるのでしょうか。

相川 はい、何人かいらっしゃいますよ。ベイスターズだったら権藤さんはもちろん、大矢明彦さん、ヤクルトならば小川淳司さん、ジャイアンツならば原辰徳さんなど、それぞれすばらしいと感じられた部分があったので、それを自分のなかに少しずつプラスしていければと考えています。まあ、この人になりたい、こういう監督になりたいって理想像はありますけど、どうしてもその方にはなれませんからね。

── その監督はどなたか秘密ですか?

相川 いや、そんなことないですよ。たとえば小川さんと原さんは、ものすごく影響を受けた監督です。小川さんは選手として一番長く接してきたのですが、選手との信頼関係をつくるという部分で勉強になりましたし、原さんはとくにコーチになって下でやれたっていうのは大きな経験になっています。戦術の部分であったり、チームビルディングのやり方を近くで見させてもらったのは大きかったですね。ただ、お二人にはなれませんし、なれないという自覚はあります(笑)。

── 相川監督のスタイルがどう構築されていくのか興味深いですね。球団から監督のオファーがあった時、「武者震いした」とおっしゃっていましたが、予感めいたものはあったのですか。

相川 本当に少ない確率ですが、もしかしたらあるのかなとは思っていました。

【監督を引き受けた理由】

── ハードワークな監督業、オファーを受諾した決定的な理由はなんですか。

相川 決定的な理由ですか......。まず断る理由がありませんでした。コーチを4年間やってきて、毎年リーグ優勝できると思ってやってきました。

だけど、達成できていない。ここが理由じゃないか、これが原因じゃないかと、常に頭のなかに描きながら過ごしてきました。当然ですけど、リーグ優勝できると思っています。

── なるほど。現役時代からバッテリーを組み、そしてこの4年間コーチとしてサポートしてきた三浦大輔前監督から受けた影響や、チームを引っ張っていく姿をどのように見ていましたか。

相川 三浦さんは、我々コーチの言葉にしっかりと耳を傾けてくれましたし、それに絶対に弱さを見せず、常に安心できるリーダーとして堂々とした姿は、僕の目にも焼きついています。三浦さんのそういう姿を引き継ぐことも重要だと思っていますので、そこは意識していきたいなと思っています。

 あらためて監督となり、すべては自分の責任だという思いのもと、今も行動しています。今後シーズンが始まり勝敗が絡んでくると、コーチ、選手まかせにできないところもたくさん出てくると思うので、成功も失敗も自分のなかでしっかり受け止めたいと思います。

── 思えばキャッチャー出身の相川監督。よくキャッチャーは"グラウンド上での監督"と言われますが、その経験も生かせそうですか。

相川 そうですね。

そもそも現役時代は、監督が責任を感じていても、負けてしまえばキャッチャーである自分の責任だと思っていましたし、勝ちに関しては他のプレイヤーのおかげだと思ってプレーしていました。もちろん立場は違いますけど、勝つことへの執着や負けることへの責任という部分では、現役時代の感覚とあまり変わらないような気がしています。

つづく>>


相川亮二(あいかわ・りょうじ)/1976年7月11日生まれ。千葉県出身。東京学館高から94年ドラフト5位で横浜ベイスターズに入団。99年に一軍デビューを果たし、2004年にアテネ五輪に出場し銅メダル獲得。06年に第1回WBCに出場し世界一となる。09年にヤクルトへ移籍し、主力捕手として存在感を示す。13年は第3回WBCのメンバーに選出され侍ジャパンの一員としてチームを引っ張る。15年に巨人に移籍し、17年に現役を引退。その後、評論家、巨人のコーチを経て、22年から古巣・ベイスターズのコーチに就任。26年から一軍監督としてチームの指揮を執る

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