ミラノ・コルティナ五輪では日本は過去最多メダル数を記録した。スキージャンプ女子個人ノーマルヒルで丸山希が日本勢最初のメダルを獲得すると、計24個のラッシュとなった。

それぞれ、栄光の瞬間だ。

 しかし現地で取材していると、「メダルに届かない」物語が人々の心を強くとらえる光景をしばしば目の当たりにした。

 なかでもフィギュアスケートはスポーツの特性上、失敗を励まし、ライバルを賛美する文化もあることから、その傾向は顕著だった。必死に競技に立ち向かう姿が会場を熱くし、熱くなった会場が選手を勇気づけた。その呼吸は半ば魔法だった。失敗に気を落としかけた選手が、命を与えられたように復活した演技を続けた例がいくつあったか。

 女子シングルのショートプログラムで大きなミスをしたアメリカのアンバー・グレンはメダル争いから自らが脱落していたことを承知していた。演技後のペン取材を、泣き崩れてスキップしたほどだった。しかし、翌々日のフリーはトリプルアクセルを成功させただけでなく、鬼気迫るような演技で観客を熱狂させた。

 そしてアンバーは高得点でリーダーズチェア(フリーの暫定1位が座る)に座ると、今度は後続選手に声援や拍手を送り続けた。カザフスタンの選手の好演に、立ち上がって観客に「もっと拍手を!」と求めた場面は印象的だった。その演技がどれだけの労苦で勝ち取ったものか、誰よりもわかるからだろう。

彼女はメダリストを心から祝福する一方、4位と惜しくもその座を逃した千葉百音をそっと抱きしめた。そこに渦巻く感情は、ひとつではない。

 その真摯な姿勢は多くの人の胸を打った。メダル以上のものを感じさせた。エキシビションでも、金メダルのアリサ・リュウ(アメリカ)は圧倒的に華やかだったが、アンバーもそれに匹敵する拍手を浴びていた。

 一方、スピードスケートの髙木美帆のメダリスト会見は、気高く、知的で、気持ちを揺さぶられた。高木はパシュート、500m、1000mで3つの銅メダルを勝ち取ってメダルを通算10個としたが、思い入れのあった1500mではメダルに届かず、揺れる思いを口にしていた。 

【「やり残したことはないかな......」】

【ミラノオリンピック】髙木美帆が吐露した「揺れる思い」 大会...の画像はこちら >>
「昨日のレース(1500m)が終わってから、メダルに対する思いだったり、オリンピックに対する思いだったり、時間が経つたび、変化していて......。(3つの)メダルを誇りに思う気持ちもあれば、最後1500mを思いどおりの滑りで終えられず、オリンピック自体の思い出が"負けてしまった"で締めくくる感じになったのは、前回の北京と真逆の流れで、いろいろな感情が出てくるのを昨日から繰り返しています。SNSの DMや友人のメッセージを読むたび、『メダルを取るだけではない感動をもらった』って言葉をたくさんいただいて、素直にうれしく思う自分がいて。ただ違う瞬間、結果として取りたかったという思いが出てくる。揺れる感情のなかでの時間を過ごしています」

 メダルとメダルでない狭間を、これだけ言語化できる競技者が何人いるだろうか。

うれしい、悔しいと、人生をかけた戦いを簡略化できるはずはない。揺れ動く気持ちがあって、それがにじみ出る時、感涙を誘うのだろう。

 それは同情とは違う、むしろ畏敬の念だ。

「この4年間で取り組んできたことには誇りに思うところがあって」

 髙木は凜として言う。

「その理由は、チームを立ち上げてすばらしい仲間に出会えて、同じ時間を過ごせたことがかけがえのないものになると感じているからです。スケーティングだけでなくて、スケート人生でチャレンジしたことで得られたものでもあると思っているので、その点で充実した4年間だったと思います。でも、挑戦だけで終わりたくない、頑張ることに満足せず、結果に残したいって気持ちもあったから......そう考えると悔しい気持ちが込み上げることもあります」

 これぞ"敗れざる者"の境地である。勝負の業深さに身悶えしながら、しゃんと背筋を伸ばし、気持ちを言葉にしていた。

 男子フィギュアスケートのイリア・マリニン(アメリカ)は、"4回転の神"という触れ込みで絶対・金メダルを義務づけられながら、信じられない大崩れでメダルを逃すことになった。しかし、奈落の底に落ちた彼は、金メダルに感情が追いつかないミハイル・シャイドロフ(カザフスタン)を真っ先に祝福していた。競技では敗れたが、人生では敗れていなかった。その生きる姿勢が大きな共感を呼んだ。

 エキシビションのリンクに立ったマリニンが、大会前よりも輝いて見えたのは錯覚ではないだろう。髙木の言葉とも符合する"どう生きるのか"に到達した時、メダルの価値を越えるのだ。

「(メダルを取るために)我慢という生活はそんなにしてないです」

 髙木はいみじくも言っている。

「長くスケート人生を続けているので、昔は我慢だったのが当たり前になって、自分のなかで"制限がかかっている"と思わない生活になり、スケートが人生の一部の4年間だったのかもしれません。今までの過去2大会より好きなことをやってきたのかなって。そういうマインドになっていただけかもしれませんが......やり残したことは、パッと思い浮かぶのはないかなって思います」

 彼女はスケートを裏切らずに生きてきた。その矜持は美しかった。

 オリンピックとは、その人生そのものに賛歌が贈られるべき舞台なのだろう。もちろん、証としてのメダルは輝かしい。しかし、たとえそれを逃しても、人生をかけて戦った時間は、やがてアスリートを優しく包むだろう。戦った記憶こそ宝なのだ。
 

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