瀬古利彦インタビュー(後編)

【マラソン】レジェンド瀬古利彦、黒田朝日をはじめ若手の台頭に...の画像はこちら >>

 箱根駅伝に出場する学生のマラソン挑戦。ここ数年は積極的に挑戦する選手が増え、しかも、結果も出ている。

レジェンド・瀬古利彦氏はその背景や日本長距離界の現状をどう見ているのか。マラソンでも青学大の強さが目立つようになってきた理由、トラックとマラソン双方の重要性、世界との差、そして今後期待される選手たちについて聞いた。

【マラソンでも箱根駅伝でも結果を出せる理由】

――2月1日の別府大分毎日マラソンでは、黒田朝日選手(青山学院大)が2時間07分03秒で3位(日本人2位)、溜池一太選手(中央大)が7位(2時間07分59秒)、白川陽大選手(中央大)が10位(2時間08分48秒)と、学生3人がトップ10に入りました。

 この大会では前年も若林宏樹選手(当時、青山学院大)が2時間06分07秒の2位に入るなど、学生ランナーの好結果が続いています。なかでも、青学勢がインパクトある走りを見せることが多いですが、どこに要因があると思いますか。

「意識と練習環境でしょう。青学大は寮からグラウンドまでの距離が5kmほどあって、そこを練習前後に走っていると聞きます。例えば、練習で30km走をやった日は、トータルで40km走ることになるわけです。全員が毎日やるわけではないとは思いますが、ポイント練習を終えた後も、マラソンを意識している選手はさらに走ったりする。マラソンは、こういう積み重ねが非常に大事なんです」

――青学大はマラソンも強いですが、トラックでも10000mで27分台の記録を持つ選手が出てきています。

「単に長い距離を走るだけじゃなく、トラックでいかに(ベースとなる)スピードを上げていくかということにも取り組んでいる。そこはマラソンを走るうえでも非常に重要で、それをしっかりやっているのでマラソンでも箱根駅伝でも結果が出ているんだと思います。

 中大もトラックで強く、昨年の夏にはかなり走り込んだそうで、それはよいことだと思いますが、(そういう取り組みを始めて)まだ1年目。

青学大はそれを10年以上やっている。長距離の結果はすぐに出ないので、何年か続けることで青学大の姿が見えてくるんじゃないでしょうか」

――学生がマラソンで速くなったのは、シューズの進化も大きいでしょうか。

「大きいですね。今は、中学生の頃から厚底シューズを履いているので、それを履きこなす体と脚が早い段階からつくられてきている。テクノロジーの進化で毎年、高性能のシューズが出て、それを履きこなしているので、記録がよくなるのは必然だと思います」

――青学大の原晋監督の持論は、トラックで世界と戦うのは無理だけど、マラソンなら世界で勝負できる可能性があるので、あくまでマラソン練習の一環として5000mと10000mに取り組むべきというものです。どう思われますか。

「個人的には、トラックも(世界で)勝負していけるように重視していかないといけないと思います。マラソン向きではない選手もいますし、トラックをやっている選手全員がマラソンを走れるわけじゃないですから。もちろん、マラソンで世界と戦うにはスピードがないと勝負できないので、トラックでスピードを磨くことは大事ですが、まずはトラックをやるならトラックで勝負していく。そこでオリンピックレベルになった選手が、いずれマラソンに取り組むのが一番いいんじゃないかなと思っています」

【学生のうちにマラソン挑戦すべき】

【マラソン】レジェンド瀬古利彦、黒田朝日をはじめ若手の台頭に大いに期待「いつまでも大迫じゃないだろうというところを...」
期待の若手を聞くと、瀬古氏は次々に名前を挙げた photo by Miki Sano 

――トラックとマラソン、両方やることで強さが生まれる。

「マラソンの選手でトラックをあまり走らない選手は、同じスピードで押していくことはできるけど、大胆にペースを切り替えたり、ラストスパートをすることがなかなかできない。競り合ったなか、最後にスパートをかけ合うこともあるわけで、そういうところの強さも兼ね備えていかないと世界では勝てないですよ」

――トラックは、マラソン以上に世界との距離が遠い状況です。

「今のトラックの選手は、1500mをやろうとしてもスピードが足りなくてダメだから5000mに、同じく5000mをやろうとしてもダメだから10000mに、となっていますね。

だから、1500mの層が薄い。実際、1500mを3分35秒で戦える国は日本くらいで、世界では3分30秒を切らないと戦えない。5000mも12分40秒、10000mも26分台じゃないと世界では戦えません。

 それなのに、5000mの日本記録は、いまだに大迫君(傑、リーニン)が10年以上前に出した13分08秒40(2015年)ですよ。だから、そこはもう佐藤圭汰君(駒澤大)に期待しているんですけどね。(大学卒業後の今春から)5000mのスペシャリストを目指すそうなので、早い段階で12分台を出して、日本のトラックのレベルをどんどん引き上げていってほしいです」

――一方、トラックでオリンピックに出たような選手たちが、今後はマラソンへと舞台を移す気配も見えます。

「トラック組では、昨年の日本選手権の10000mで勝った鈴木芽吹君(トヨタ自動車)は楽しみですね。それに太田智樹君、田澤廉君(いずれもトヨタ自動車)もいますね。彼らがマラソンに挑戦して、その後どうなるかは期待したいです。

 箱根で活躍した選手でいえば、太田蒼生君(GMOインターネットグループ)も平林清澄君(ロジスティード)、吉田響君(サンベルクス)も楽しみですね。(※インタビューは大阪マラソン前の2月17日に実施)

 黒田君、溜池君もいいマラソンランナーになると思いますし、(東京マラソンに出場予定の)早稲田の後輩の工藤(慎作)君もどこまで走れるのか。学生のうちにマラソンに挑戦するのは、私自身もやっていたことなのでよくわかりますが、絶対にやったほうがいいんですよ。

マラソンを走れば箱根なんてその半分の距離ですから(笑)。そこでもしっかり結果を出せるようになると思います」

【今後期待する選手たち】

――別府大分毎日マラソンの後、男子マラソン国内記録100傑で瀬古さんの記録(2時間08分27秒・ボストンマラソン・1986年)がついに100位になりました。かつての日本記録が40年の時を経て100番目になった。

「長かったね(笑)。日本記録を何度も塗り替えるのが私の目標だったんですけど、1986年の一度しかできなかった。その後、中山(竹通)さんに超えられた時は悔しかったなあ......。でも、記録は破られるためにあるものなので、どんどん超えていってほしいですね」

――3月1日の東京マラソンには、日本記録保持者(大迫傑)と前日本記録保持者(鈴木健吾)も出場します。ふたりのベテランに期待することは?

「大迫君と鈴木君のふたりには日本記録を更新して、若い奴らにはまだ負けないというところを見せてほしいですね。30歳を超えてもこれだけやれるんだぞ、ついてこい、と。でも、若い選手にも、いつまでも大迫じゃないだろうっていうところを見せてほしいです。そうやって、みんなでレベルアップしていってくれるといいですね」

――厳しい目で見れば、大迫選手の持つ日本記録(2時間04分55秒)は、世界の100傑にも入っていません。

「ケニア、エチオピア勢とは体のつくりが違うので、走ることに関しては彼らが上なのは間違いないですし、まともに戦うと勝つのは難しいです。

昨年のベルリンマラソンを2時間02分16秒で優勝したサバスティアン・サウェ(ケニア)なんて相当強いですよ。いずれ2時間を切るでしょう。

 そういう選手にタイムで追いつこうにも、練習の工夫でどうこうできるレベルを超えていますからね。でも、勝負となれば話は別。気象条件が厳しいなかでは、戦える状況も出てくる。最近は、学生を含めてケニアに合宿に行く選手が多いですけど、ケニア人の練習への取り組みや環境、ハングリー精神を学ぶのはいいことですよ。日本人は甘いし、いろいろ文句ばかり言いますけど、ケニア人は文句も言わずに練習していますから。

 そこで気持ちを入れ替えて、競技に向き合うことでプラス面が出てくると思うので、学びはすごくあると思います。それをレベルアップに生かして勝負できる選手がひとりでもふたりでも出てきてほしいなと思います」

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瀬古利彦(せこ・としひこ)/1956年生まれ、三重県桑名市出身。四日市工業高校から本格的に陸上を始め、インターハイでは800m、1500mで2年連続二冠を達成。早稲田大学へ進み、箱根駅伝では4年連続「花の2区」を走り、3、4年時には区間新記録を更新。トラック、駅伝のみならず、大学時代からマラソンで活躍し、エスビー食品時代を含めて、福岡国際、ボストン、ロンドン、シカゴなど国内外の大会での戦績は15戦10勝。

無類の強さを誇った。オリンピックには1984年ロサンゼルス大会(14位)、1988年ソウル大会(9位)と二度出場。引退後は指導者の道に進み、2016年から2024年まで日本陸上競技連盟の強化委員会マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(マラソンリーダー)を務め、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)を設立し、成功に導いた。現在はDeNAスポーツグループのフェロー。自己ベスト記録は2時間08分27秒(1986年シカゴ)

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