藤平尚真、侍ジャパンまでの軌跡(後編)

「速度×質量=運動量」──ボールにより大きな力を与えるため、投球動作をどのように行なえばいいかは広く知られるようになった。

 ワールド・ベースボール・クラシックWBC)連覇を目指す日本代表のエース・山本由伸(ドジャース)がわかりやすい例だが、メジャーリーグを見ても、その法則を体現している投手が増えている。

 一方、侍ジャパンが2月に行なった宮崎合宿で、藤平尚真(楽天)の投球フォームを「ちょっと特殊なフォーム」と評したのが、アドバイザーのダルビッシュ有(パドレス)だった。

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【打者が嫌がる投球フォームを確立】

 連覇を阻もうとするアメリカやドミニカ共和国は、MLB屈指の強打者を揃える。だが、メジャーの潮流とは一線を画す藤平のスタイルに、彼らは容易に対応できるのだろうか。ダルビッシュは言う。

「今のアメリカの投手は、足を上げたらすぐに並進運動を加速させるのが基本的なトレンドです。足を上げてからゆっくり"ため"をつくる動作はあまりない。ということは、打者もそうした動きには慣れていないはずです。慣れていなければ、やはり対応は難しくなると思います」

 MLBの平均から外れる存在──。前回のWBCでは、吉井理人コーチがそうした視点で投手陣を選出し、それが日本代表の大きな武器となった。今回もまた、その路線が踏襲されているように感じられる。

 藤平が「ちょっと特殊なフォーム」になったのは、野球人生をかけた中継ぎ転向後だった。

「しっかり自分のフォームについて、『これが相手バッターの嫌なフォームなんだな』と気づいて、しっかりそれを確立したのが1年半前ぐらいですかね」

 プロ入りから7年間、思うような結果を残せず、戦力外通告も覚悟し、迎えた2024年。リリーバーとして、藤平はついに花開いた。

 もともと軸足でしっかりと立って投げるタイプだったが、より長く"ため"をつくるようになったのは、打者との駆け引きを意識してのことだろうか。

「そうですね。僕はほかの投手のように、圧倒的なボールを持っているわけではありません。だからこそ、打者がどうすれば嫌がるのかを常に考えながら投げています。そのなかで、動作を長く保ち、しっかり"ため"をつくってから投げるようにすると、150キロ前後でも打者が差し込まれるイメージがありましたし、空振りも増えた。『これは自分の武器にできる』と思い、取り入れました」

【横浜高校時代に築かれた基礎】

 ブルペンで軸足に体重を乗せる時間を計測すると、3.50秒、2.32秒と、1球ごとにばらつきがあった。手動による計測のため数値はあくまで目安だが、意図的にタイミングをずらしているのだろうか。

「足を上げた時に打者を見て、『タイミングをずらせる』と感じた時は、あえて長く足を上げています。足を上げてタイミングを取る打者には、長く"ため"をつくってから投げ始める。2秒ためる時もあれば、3秒の時もある。場合によっては、一度しっかり立ってから動作に入ることもあります。

 あとは、マウンドの傾斜にしっかり入っていくイメージです。足を上げたところでのタイミングの取り方が少し特殊なだけで、それ以降の動きは、そこまでほかの投手と変わらないと思います」

 時間にすれば、軸足に乗って"ため"をつくるのはわずか2~3秒。

だが、プロの投手にとって、その数秒のタイミングを操ることは極めて繊細な作業だ。

「本当にそうです。一見すると簡単そうに思われるかもしれませんけど......。いまの代表メンバーの練習を見ていても、『やっぱり意識がすごく高いな』と感じます。ひとつズレると、その後も連鎖するようにズレていく。僕自身も、重心の位置や指先、つま先までしっかり立つことを意識しています。ほんのわずかなズレが、その後の動きすべてに影響してしまう。だからこそ、そこは練習で繰り返し確認しています」

 繊細な作業を精密に遂行できるのは、10代から積み重ねてきた努力の賜物だろう。高校時代の映像を見ても、藤平は軸足でしっかりと立ってから投げているが、横浜高校の先輩である松坂大輔(元西武など)や涌井秀章柳裕也(ともに中日)らを彷彿とさせる。同校のよき伝統として、受け継がれているのだろうか。

「あると思います。やってきた練習は、松坂さんも涌井さんも僕も同じですし、基礎となる部分は、やっぱり高校までにできあがるものだと思っています」

 足を上げることで位置エネルギーが生まれると言われることもあるが、藤平にはそうした目的はない。

力を生み出すうえで意識するのは、並進運動の「速度×質量」だ。

「並進のスピードをできる限り上げる。体に重さがあればあるほどスピードは出ます。ただ、体重が重すぎて並進のスピードが落ちてしまうと、左足を着いた時のブレーキ動作もしっかりできなくなるので、一番意識しているのは速く並進して強く止まることです」

【硬いマウンドの国際大会は追い風】

 藤平が力を発揮するうえで、国際舞台はむしろ追い風になる可能性がある。WBCでも採用されるMLB仕様のマウンドは、日本のそれと比べて土が硬いという点だ。

「硬ければ硬いほど好きですね。逆に柔らかいマウンドだと、変な"間"ができるというか、足元がグニュっとなる。その分、自分で着地してから力を出さないといけなくなるんです。僕は並進でスピードを出して、マウンドが硬ければ硬いほど強く止まれる。強く止まれれば、リリースに向かってどんどんスピードが上がっていく、というイメージです。だから硬い分にはまったく問題ない。もちろん、そこでコントロールできなければ意味はないですけど、出力に関しては大丈夫かなと思っています」

 投球理論に裏打ちされたフォームで出力を最大化し、打者との駆け引きで三振を奪う。

中継ぎ転向からわずか2年で日本屈指のリリーバーとなり、侍ジャパン入りを果たした。それでも本人は「一番下」と言うが、中継ぎの専門職が限られる今回の陣容では、藤平は間違いなくカギを握るひとりになるだろう。

 数年前に現役引退を覚悟したところから、世界一を目指して戦える現状をどう捉えているのか。

「世界一を狙う大会に出場できるとは、想像もしていませんでした。めぐり合わせもあって選んでいただいた部分もあると思いますし、自分にとっては大きなチャンスだと思っています。できる限り優勝に近づけるパーツになれるように、精いっぱい頑張りたいです」

 世界中からトッププレーヤーが集い、特別な視線が注がれる大舞台。そのすべてをぶつけ、世界の打者をねじ伏せてほしい。

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