阪神・及川雅貴インタビュー(後編)

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 及川雅貴(阪神)の横浜高時代は、精神的にも技術的にも未完成だった。阪神で才能が開花した要因は、どこにあるのか。

そう尋ねると、及川は「どちらかといえば、技術じゃないですか」と答えた。

「今は『こう投げたい』というフォームが固まっていて、再現できるようになってきました。どの筋肉がどう働くかを勉強して、自分の理想に近いフォームになっています。昨年はバランスよく投げられていました」

【プロ野球】阪神・及川雅貴、悪癖を武器に変えたフォーム革命「...の画像はこちら >>

【追い求める理想の立ち方】

 今春2月、沖縄・宜野湾キャンプで及川のキャッチボールを観察して、驚かされた。及川は近距離でも1球1球、わざわざセットポジションをつくってから投球モーションに入るのだ。足元を見て爪先の向きを揃え、右肩を斜めに向け、ベルト付近でグラブを携えた右手に左手を収める。ただセットポジションを入るだけの動作に、細心の注意を払っていることが伝わってきた。

 そのことに触れると、及川は照れ臭そうにこう答えた。

「キャッチボールはマウンドのように足元にプレートがあるわけでも、投げる方向にホームベースがあるわけでもありません。パートナーとの距離が離れると、左右のブレも出てきます。まずは投げる方向を確認して、両足の方向を確認して、右肩を一塁ベンチ方向に向けて。下から上へと確認しながら、セットに入っていく。僕には理想の『立ち感』があるんです。

(右足を上げて)いい立ち方をするための、いいセットの入り方を目指しています」

 入団4年目となる2023年から、今のセットポジションの形を継続している。及川のなかで「細かい感覚が一気にガチッとはまった」という手応えがあった。

 高校時代は「右肩が二塁側に入りすぎてしまう」と、しきりに気にしていた。だが、今の及川は打者に背中を向けるようなフォームになっている。もはや「右肩が二塁側に入っても問題ない」と開き直っているかのようだ。

【割りきりが生んだ投球の再現性】

 どんな心境の変化があったのか。そう尋ねると、及川はこう答えた。

「自分のクセなのかわからないですけど、どうしても右肩が(二塁側に)向いてしまうんです。それを意識しちゃうと、リリースのタイミングが合わない。なので、もう受け入れることにしました。最終的に右肩と左肩の入れ替えさえできればいいことじゃないですか。むしろ右肩が入らないように意識すると、フォームに間(ま)がなくなってしまいます。そう割り切ってから、感覚がよくなりました」

 右肩が入るのは、自分の特性。

それならば、最初から右肩を入れた状態でセットポジションに入ることで、再現性を高めようと考えた。裏を返せば、ふつうの投手よりも広い可動域を使える可能性があるのだ。及川は言う。

「知識を学んで、自分の体の特性を知って、同じ動きを再現するにはどうすればいいんだろう? と考え続けてきました。昨年はそれがうまくかみ合いました」

 高校時代からの変化は、投球時の左腕の振りにも見られた。高校時代は斜めに左腕を振っていたが、今は左腕を縦に振り下ろすように使っている。これは藤川球児監督から受けた金言が背景にあるという。

「プロ2年目の春季キャンプでキャッチボール中、当時SA(スペシャル・アシスタント)だった藤川監督から、『縦に振ってみたら?』とアドバイスをいただいて。ある程度意識したら、一軍を経験できて(39試合に登板)。その後は試してもできずにいたんですけど、一昨年の11月に藤川監督からまた言葉をいただいて、『時間もあるし、やってみよう』と思ったんです。今まで自分がやってきたことに、縦の動きをつけ足していって、ようやくいい角度を見つけた感じです」

 縦の角度が加わったことで、ウイニングショットのスライダーにも変化が見られた。及川は「ドロップ成分が増えて、それも武器になりました」と明かす。

確かな技術革新を経て、及川は今やリーグを代表するセットアッパーへと成長した。

【目標は誰からも信頼される投手】

 7年前のドラフト時を振り返り、私が「こんな繊細な選手が阪神に入団して大丈夫だろうかと心配になりました」と打ち明けると、及川は苦笑交じりにこう答えた。

「自分はとくに考えていなかったです。阪神に決まった時も、『関西の人は気持ちをストレートに伝えてくる』というのと、『言葉遣いが少し荒っぽい』と思ったくらいで。関東とは文化が違うので、多少の不安はありましたけど」

 今年の4月で25歳になる。まさに野球選手として旬を迎えたと言っていいだろう。及川は昨季後半に見つけた課題の克服に取り組んでいる。

「昨年は後半戦に入ったところで平均球速や球威が落ちたと感じる時期がありました。そういう時に変化球で逃げたくなってしまうので、そこは改善したいですね。球数が増えても威力が落ちない球質を求めつつ、年間通してバランスのいいフォームで投げること。それを求めていきたいです」

 10年前におっさんを侮って手痛い一撃を食らった中学生は、今や最高峰の世界で輝きを放つプロフェッショナルへと進化していた。これからどんな人間になっていきたいか。

最後にそう尋ねると、及川は少し考えてからこう答えた。

「そんなに大きなことは言えないですけど、でもずっと言っていることがあるんです。誰からも信頼してもらえるピッチャーになりたい。たった1年だけじゃなく、2年、3年......といい成績を続けていくことが、一流のプロ野球選手だと思います。厳しい世界なので、簡単ではないんですけどね」

 誰からも信頼されるピッチャーになりたい──その思いは、匝瑳シニアに在籍した中学時代から口にしていたような気がする。私がそう漏らすと、及川は「そうかもしれません」と笑った。

「勝ってるところはとくにない」

 かつてそう漏らした面影はない。たくましくなったサウスポーは、確かな信頼を勝ち取るために今日も腕を振る。


及川雅貴(およかわ・まさき)/2001年4月18日生まれ。千葉県出身。横浜高校では1年春からベンチ入りし、最速153キロの速球とスライダーを武器に世代屈指の左腕として注目を集め、「高校BIG4」のひとりに数えられた。19年ドラフト3位で阪神に入団。

プロ入り後は制球力と投球フォームの安定を課題にしながら経験を積み、リリーフとして頭角を現す。キレのあるストレートと変化球を武器にブルペンの一角を担い、試合の流れを引き寄せる役割を担う左腕として成長を続けている

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