流しのブルペンキャッチャー回顧録
第5回 菅野智之(ロッキーズ)後編
全力投球で30球を投げてくれたあとに語り合ってみて、菅野智之の懐の広さは、想像の100倍ほどだった。
2時間を優に超えて語ってくれた「菅野智之の野球の世界」は、単行本一冊が書けるほどの濃密な内容だった。
【実戦で磨かれた投球術】
「大学に入って、だんだんとスピードと球威がアップしてきました。でも、下級生の頃は『ストレート=強気』っていう思い込みがあって、ピンチに力任せの勝負に出て、痛い目にあったことも何度もあって......」
そこで、「カットボール」という強力な武器を開発した。カットを投げておけば、なんとかなる。困った時に頼れるボールを獲得していたのだ。
「器用なほうだと思うんです、自分でも。不器用よりは器用に越したことはないですけど、逆に変化球ならコントロールできてしまうので、狙われることもある。変化球で安易にストライクをとりにいくことはしないようにしています」
変化球は覚えると使いたくなる。そこがピッチャーの落とし穴か。
「間違いないですね」
菅野の口ぐせだった。彼にこう反応されるとうれしかった。
「今、自分が投げている球種、スライダー、カーブ、カットボール、フォークなんですけど、じつは自分の球種って、もっとたくさんあるんです。でも、今の自分にとって必要なことは、持ち球をコーナーにきちっと投げること。そういうことが完璧にできてから、また次があるんだと考えます。
スライダーも、タテの変化と横の変化で使い分ければ、これで球種はふたつになるし、カットだって曲げたり落としたりで、やはりふたつ。そこにストレートとカーブが加われば、もう6種類ですから。その6種類をベース(本塁)の内、外で微妙に動かせたら、実際はさらに球種は増えていくんです」
まとまった話をよどみなく、一気に話して、しかも、スッと胸に落ちる。頭のいい人が、絶えず何かを考え続けていないと、こうはならない。
「右打者のインコースにストレートを投げる時、プレートを右足で若干強く蹴ってやると、シュート回転するんです」
こういうさじ加減を、練習ではなく、実戦のなかで試し、身につけていくというから驚いた。
「実際、練習でできるようになっても、実戦でできないことって多いんで......。それなら、試合で試行錯誤してできるようになれば、いつでも試合のなかでできるわけじゃないですか」
【ダルビッシュ有のフォームを研究】
話すことが、しっかり理にかなっている。
「ダルビッシュさんが、以前話していたんですけど、『僕のピッチングフォームはひとつじゃない。何通りもあって、その日の調子に、いちばん合っているフォームをあてはめていく』そうなんです」
菅野はこういう話が大好きなのだ。一段と目が鋭くなって、身を乗り出してくる。
「じつは、自分もそういうこと、実際にやっていて......。左足の上げ方だったりとか、セットした時のグラブの位置を変えたりとか」
その日の自分の調子をつかまえる感性。その日、その時の「等身大」の自己を見据えられる「鏡」を持ってなきゃ、出来ることじゃない。
「右腕の上がりがよくないなと思う時は、セットポジションでグラブをちょっと下げ目にセットすると、テークバックで右手を早く下まで下ろせるので、そのぶん腕を上げる時間がとれるじゃないですか。逆に、ボールをひっかけちゃうような日は、グラブを上げ目にセットして、腕を遅らせてみると、トップの姿勢がしっかり取れたりするんです」
試合のなかで、そういう修正ができるようになっているという。菅野はダルビッシュ有の連続写真を持っていた。
「このへんなんか、すごいですよね~」
指をさしたのは、上げた左足を踏み込もうとしている瞬間だ。
「これだけ左肩が中に入っているのに、そのあとでしっかり戻してトップつくれるなんて、ふつうの人間の柔らかさじゃないですよね」
たしかに、左足を這(は)わせるようにしてステップへ持っていこうとする瞬間に、ダルビッシュの左肩は、三塁側を向いている。
「セットポジションで立った姿勢から、左足を上げて体重移動、そして踏み込み、トップ......。頭がいつも股間の真上にあるじゃないですか。リリースの瞬間のグラブの位置だって、最も力が入る位置にありますよね。トップの姿勢で胸を張っておいて、リリースで一気にそれを閉じている。
そういえば、腕相撲をする時、上体はみんな閉じている。
「考え方だと思うんですよ。ここ一番で力まないピッチャーなんて、いないんですよ。逆に、力めないとダメなんで、普段から力む練習をしておけばいいんですよね。力んだ状態で、いかに質のいいボールをコントロールよく投げるか。そういう練習をしておけばいいんだなって」
【究極のベストピッチ】
テーマは「いかに力感なくパワーのあるボールを投げられるか」だ。
「100の力で球威が100のボールは、誰でも投げられるじゃないですか。でも自分は、70の力で100のボールを投げられるピッチャーになりたいんです」
100の腕の振りで100のボールなら、見たまんま、感じたままだから、打者のタイミングはピシャリとなるが、70の振りで100のボールが来たら、「遅いボールなのかな?」と思った時には、100のボールに完全に入られてしまう。
「リーグ戦なんかで、相手の選手から『今日、軽く投げてたでしょ?』って、よく言われるんですよ。自分としては、これが調子のバロメーター。軽く投げているように見えるのに抑えたって試合が、自分の究極のベストピッチなんです」
菅野智之のここがキモ。こんな調子だったから、話は尽きなかった。
あれから、もう15年。巨人での12年で136勝、昨季移籍したオリオールズで10勝を挙げ、今年からロッキーズに移籍した。その前に、侍ジャパンの一員として、「世界一連覇」の大仕事が待ち構えている。
学生時代からあれほどあった「引き出し」が、今はどれほどに増えているのだろうか。将来、未来の野球界のため、多くの後継者たちのために、伝承すべき時もまもなくやって来るだろう。
どこかの球団の指導者におさまって、「企業秘密だ」なんて引っ込めておくにはもったいなさ過ぎる。野球界全体の「巡回コーチ」となって、プロもアマチュアも、あまねく飛び回って、後継者育成のために、残りの半生を費やしてくれたなら......。
私なんかよりも、多くの野球人のほうが、ずっと熱く、そう願っているはずだ。
菅野智之(すがの・ともゆき)/1989年10月11日生まれ、神奈川県出身。東海大相模高から東海大を経て、2012年ドラフト1位で巨人に入団。1年目から先発ローテーションを守り、2017年から2年連続で沢村賞を受賞。2024年に最多勝、最高勝率、自身3度目のMVPに輝き、同年オフにオリオールズと1年契約。










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