「『DHは自分のための制度や』くらいの感覚です。DH制が導入されたおかげで、自分が甲子園に立てるイメージができたので、感謝しています」

 東洋大姫路(兵庫)の6番・DHで出場した福井皓大はそう言って、顔をほころばせた。

チームが敗れたため手放しでは喜べない様子だったが、甲子園の打席に立てた感激が伝わってきた。

 一方、勝利した花咲徳栄(埼玉)の8番・DHの中森来翔(らいと)は、こんな感慨を口にした。

「自分は守備が苦手で、バッティングしか取り柄がないので。DHという新しいルールができた時は、『自分が出てやるんだ』と強い気持ちを持つことができました」

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【守るところがないんです】

 今春の第98回選抜高校野球大会(センバツ)から指名打者(DH)制度が導入され、早くも多くのチームが活用している。昨年まで出場できなかった選手が、DHの導入によって甲子園の土を踏める可能性が高まった。間違いなく人材活性化につながるだろう。

 3月21日の第1試合、花咲徳栄対東洋大姫路の1回戦に登場した2人のDHは、とくに象徴的な存在だった。花咲徳栄の中森も東洋大姫路の福井も、昨秋はベンチ入りメンバーから漏れた選手。今春に初めて公式戦メンバーに入り、しかもDHとして先発出場しているのだ。

 中森は身長188センチ、体重108キロの大型打者。本人に普段守っているポジションを聞いても、「守るところがないんです」という答えが返ってきた。

「最初はファーストを守っていたんですけど、厳しくて......。次はレフトをやって、それも守れなくて。

それで1週間前からブルペンキャッチャーを始めました」

 昨秋は戦力になれず、「もうダメかな」と腐りかけた時期もあったという。だが、気持ちの糸が切れかけたところで、岩井隆監督が声をかけてくれた。

「岩井先生がずっと気にかけてくれて、『野球がうまくいかなくても、人間としてちゃんとしろ。後輩から憧れられる選手になれ』と言われて。岩井先生に救ってもらって、結果で恩返ししたいと思いました」

 ただ体が大きいだけでなく、握力78キロの怪力の持ち主だ。父・達治さんは高校時代にウエイトリフティングの全国2位に輝いたという。その血を受け継ぐ中森も、ベンチプレスで120キロの重量を持ち上げる。

 大会前の甲子園練習ではサク越え本塁打を放つなど、アピールに成功。背番号17をつけ、DHでの先発出場を勝ち取った。

【代走要員も昨秋はベンチ外】 

 甲子園の打席に立った中森は、高揚感を覚えていた。

「みんなに応援されて打席に立つのは初めてで、力が湧いてくる感じがしました。試合に出ている人の気持ちがわかりました」

 2打席凡退で迎えた3打席目、1点ビハインドを追う8回表に見せ場が訪れた。一死一塁の場面で打席が回ってきた中森は、三遊間にゴロを放った。

強烈な打球は三塁手のグラブ下をかすめ、左翼へと抜けていった。記録は失策だったが、花咲徳栄のチャンスを広げる一打だった。

 その直後、一塁走者の中森に代走・山田蒼二郎(そうじろう)が起用された。中森にとっては、「いつもどおり」の起用パターンだった。

「自分も山田もセンバツで初めてベンチに入って、自分はバッティング、山田は走塁の役目を任されているんです。練習試合でも自分が打った後に、いつも山田が代走でかき回すことが決まっていました」

 まさに一心同体。「ふたりでひとりですね」と尋ねると、中森はこの日一番の笑顔で「はい!」とうなずいた。

 花咲徳栄はこの回、3得点を挙げて逆転に成功。勝ち越しのホームを踏んだのは、山田だった。

 この日、第1試合の気温は7~8度。スタンドでは厚手のコートを着込んでいても、肌寒さを覚える気候だった。しかし、中森は試合を通して半袖で過ごしている。

 寒くなかったのか尋ねると、中森は事もなげに「暑かったです」と答えた。

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6番DHで出場した東洋大姫路の福井皓大 photo by Ryuki Matsuhashi

【練習試合の打率6割超でスタメン獲得】

 一方、東洋大姫路のDHだった福井は、中森を見てこう思っていたという。

「あ、こいつも半袖や!」

 東洋大姫路はベンチ入りメンバーを含め、半袖だったのは福井のみ。だが、福井は「緊張もあって、寒さは感じませんでした」と振り返る。

 福井は身長175センチ、体重83キロとたくましい体躯の右打者。背番号12をつけた控え捕手でもある。

 昨秋のベンチ外だった理由を尋ねると、福井は気まずそうな表情で内幕を明かした。

「授業中にスマホの音を鳴らしてしまって、秋は謹慎していました......」

 勝ち進むチームを応援スタンドで眺める日々。福井は「喜びより悔しさが大きかった」と本音を明かす。

「『なんでここにいるんやろ?』と思ってしまいました」

 福井は趣味を「ウエイトトレーニング」と語るほど、筋力トレーニングに打ち込んできた。ベンチプレスの最高重量は115キロ。チーム2位の濱根安希斗が100キロだというから、圧倒している。

福井は「チームのなかで誰にも負けないのはバッティングとベンチプレスです」と胸を張った。

 今春の練習試合は、ほとんどがDHでの出場。6割超の驚異的な打率を残し、センバツでの先発出場をつかんだ。

 1打席目には花咲徳栄の本格派右腕・黒川凌大(りょうた)の決め球であるカットボールを見極め、フルカウントまで持ち込んだ。しかし、最後は142キロのストレートに空振り三振に終わった。

 福井はこの打席に悔いが残っているという。

「変化球の見極めは、今までやってきたことが出せました。でも、1球目から振る最善の準備をしてきたつもりなのに、自分のスイングができませんでした。ふがいなかったです」

 2打席目は中飛に倒れ、3打席目に入ると代打を送られて交代した。福井は「信頼を勝ち取れなかった自分の実力不足です」と唇を噛み締めた。

 試合中の福井の役割は、打撃だけではない。時にはブルペンでリリーフ投手の投球練習を捕球する仕事もあった。

 一塁側ベンチを出てブルペンに向かう途中、アルプススタンドから福井に向かって声援が飛んできた。昨秋に一緒にスタンドで応援していたベンチ外の部員たちである。

「あいつらが声をかけてくれたのがうれしくて、試合中に泣きそうになりました。試合前に『おまえがDHで打席に立っている姿を応援したい』と言ってくれていたんです。甲子園で1本打てなくて、あいつらに申し訳ないです」

 東洋大姫路は2対3で敗れ、甲子園を去ることになった。夏に向けての思いを聞くと、福井は決然と宣言した。

「夏は絶対にここに戻ってきて、ヒットを打ちます。いや、1本と言わず、2本、3本と打ちたいですね」

 甲子園の土を踏みしめ、実際に打席に立った者にしか見えない世界がある。

 この試合に出場した選手は、両チーム合わせて28人。DH制度の導入によって、高校野球は確実に変わろうとしている。

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