現在、春の選抜高校野球2026が開催中だが、かつて甲子園を沸かせた「怪物」こと江川卓さんと、同学年でプロに入ってからのライバルとして知られる遠藤一彦さんが、『怪物 江川卓伝』(著・松永多佳倫)の刊行を記念して初対談。お互いの学生時代の印象と対戦、そして最後はプロ野球入団時のあのエピソードまで、スポルティーバのYouTube「ベースボールチャンネル」で語ってくれた。

【江川卓×遠藤一彦対談】「同学年だけど、ほかのピッチャーと比...の画像はこちら >>

【幻に終わった高校時代の初対決】

 遠藤さんが江川さんの存在を初めて意識したのは学法石川高校(福島)時代のことだ。作新学院高校(栃木)のエースとして活躍し、新聞に「完全試合」という文字とともに江川さんの名前を目にした瞬間が、すべての始まりだった。

「同学年なんですけど、ほかのピッチャーと比べようがないほどすばらしいピッチャーと見ていました」

 ライバル心ではない。「憧れ」だった。遠藤さんは率直にそう言いきる。実際に生で江川さんの投球を見たのは大学時代になってからだが、テレビ越しに見た甲子園でのピッチングはすでに伝説的な輝きを放っていた。

 当時、作新学院と学法石川は一度だけ練習試合を組んだそうだが、雨で中止に。遠藤さんは「(新聞の)見出しになるピッチャーを見られる(ワクワクした)気持ちが強かったんですけどね」と残念がった。

 まだスピードガンによる球速表示がなかった時代。それでも「あの当時150キロは超えていたんじゃない?」と遠藤さんが聞くと、江川さんは「170キロ」とさらりと返す。「嘘やろ」と驚く場面は笑いに包まれた

【「4万7000人」が集まった、伝説の江川vs原】

 一方、江川さんが甲子園出場のなかった遠藤さんのことを初めて認識したのが、大学4年時の秋の明治神宮大会決勝の対戦でのことだ。法政大学と東海大学、リーグの異なる両校が勝ち上がり、江川さんと遠藤さんがついに同じグラウンドに立った。

 だが、この試合の最大の注目は「江川vs原」だった。のちに読売ジャイアンツのスターとなる原辰徳さん(当時1年生)との対決が話題を呼び、神宮球場は超満員。

通常は開放しない外野席まで解放され、4万7000人もの観客が詰めかけた。

 江川さんはこう話す。

「僕が4年生で彼は1年生でした。そんなふうに(原がすごいと)言われても、大したことないんじゃないかって、インコース気味の膝元ちょっと下に投げたんです。そしたらレフトスタンドに打たれたんですよ」

 江川さん本人が「ちょっとびっくりしましたよね」と語るほど、原の一打は衝撃的だった。しかし江川さんは最後の打席で原さんから3球三振を奪い、きっちりと締めている。「ホームランを打たれているから、最後は三振をしないと格好がつかない」と江川さんは振り返る。

 一方の遠藤さんは、この試合をどう迎えていたのか聞くと、「(チームメイトは江川の)生のボールを打てるぞと盛り上がっていたけど、(自分自身は)江川に勝つぞ」という気持ちは「全然なかった。それよりもなんとか(強力な法大打線を)抑えられたらいいな」という心境だったと打ち明けた。

 フォークボールなしで勝負していた大学時代の遠藤さん。江川さんは自身も「いいストレートを投げてましたよ。速かったもん。

私は170キロでしたけどね」と笑いを交えながら認めていた。

【カットされ続けた、記者会見の真実】

 江川さんといえば、どうしても避けられないのがプロ入り時のいわゆる『江川事件』と呼ばれる騒動だ。読売ジャイアンツへの入団をめぐる経緯は今も語り草になっている。遠藤さんも「いろいろな考え方の人がいるんだなと思って見ていました。われわれには報道されることしか耳に入ってこないし、そういう受け止め方になってしまっていた」というが、江川さんは""新事実"を明かした。

「本当は(会見で経緯を詳しく)表現していたんですけど、全部カットされていたんですよ」

 記者会見は20分間にわたって行なわれたが、江川が語った発言のほぼすべてがカットされていたという。残ったのは「興奮しないで」というひと言だけ。これがいかに誤解を招いたか、江川さんは淡々と、しかし確信を持って語る。

「カメラの人がセッティングをしていた時に、新聞記者の人だと思うんだけど、誰かがものすごい声で怒鳴ったの。『お前、この野郎』って言い方でもう喧嘩腰で、それで僕は『いやいや、興奮しないでやりましょうよ』って言ったところからカメラが回っていた」

 つまり、あの「落ち着いてください」「興奮しないで」というシーンは、文脈ごとカットされた"切り取り"だった。なぜそんな発言が出たのか、その直前の映像は流されることなく、結果として江川さんだけが不可解な発言をした人物として映り続けた。「そんな突然言わないでしょ、普通」と、江川さんは笑いを誘いながらも真実を語った。

【怪物は、いつも"文脈ごと"切り取られてきた】

 江川卓という投手は、球速も、記録も、騒動も、すべてが"文脈ごと"切り取られ、伝説化されてきた。

170キロという冗談めかした数字も、記者会見の「落ち着いてください」も、――そのすべてには、語られなかった前後がある。

 遠藤さんが「憧れ」と語り、江川さん本人が笑いながら"真実"を解き明かすこの対談は、怪物の素顔に近づいた時間だったかもしれない。

【Profile】
江川卓(えがわ・すぐる)
1955年5月25日生まれ、福島県いわき市出身。作新学院高校1年の夏に完全試合。73年春夏甲子園出場、春は60奪三振の大会記録を達成。この年のドラフトで阪急に1位指名されるも法政大学に進学。法大では通算47勝(歴代2位)。紆余曲折の末、巨人・小林繁とのトレードで巨人入団。1年目は9勝10敗と負け越したが、2年目に16勝で最多勝、最多奪三振(以後3年連続)。3年目には巨人の優勝に貢献、MVPに。87年に現役引退。通算成績266試合、135勝72敗3セーブ、防御率3.02。

遠藤一彦(えんどう・かずひこ)
1955年4月19日生まれ、福島県西郷村出身。東海大学在学中はエースとして活躍。1977年に横浜大洋ホエールズからドラフト3位指名を受け入団。プロ1年目の終盤戦に11軍に昇格しプロ初勝利を挙げる。82年からは6年連続二桁勝利を達成。83年は最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞など、投手のタイトルをほぼ独占した。92年現役を引退。引退後はTBSテレビ・ラジオの野球解説を経て、 2000年~2003年まで横浜ベイスターズの1軍投手コーチを務めた。

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