【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第14回(前編)

 2026年シーズンからアストンマーティンと組み、ワークス復帰を果たしたホンダ。ファンの大きな期待を集めてスタートを切ったが、開幕戦からトラブルが続き、最後方に沈むという予想外のレースが続いた。

 しかし、シーズン中盤戦に入り、ようやく巻き返しの局面に入ってきた。アストンマーティンはシーズンの折り返しとなる第11戦のハンガリーGP(決勝7月26日)に大がかりなアップデートを施したマシンを投入する。

 ホンダも今年から導入された新制度「ADUO」(追加開発・アップグレード機会)を活用し、夏休み明けの第12戦オランダGP(決勝8月23日)には改良型のパワーユニット(PU)投入を目指している。

 アストンマーティン・ホンダはどこまで競争力を上げるのか? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

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【F1】アップデートでホンダの強みが本領発揮される? 浅木泰...の画像はこちら >>
 1月下旬にバルセロナで行なわれたシェイクダウンから約半年──2026年シーズンのホンダが失敗した理由をいろいろと推察してきましたが、それももう終わりです。こんな結果になってしまった状況をどう反省し、どう立て直すかという、反転攻勢の局面に入ってきたと思っています。

 結局のところ、新しいレギュレーションに対応したPUの完成が遅れてしまったことが問題の大元にあります。

 完成が遅れたことでシーズンが始まる前にテストが十分にできず、アストンマーティン・ホンダのマシンが抱える異常振動やギヤボックスなどのトラブルを発見し、対応するのが後手に回ってしまった。その結果、PUの性能向上のための開発に手をつけるのも遅れた......。それがこれまでの流れだと思います。

 私が2017年にPUの開発総責任者としてホンダのF1プロジェクトに加入した時も、今と同じような状況でした。PUにトラブルが続いて完走さえもままならず、当時パートナーを組んでいたマクラーレンは、すでにホンダに見切りをつけている状況でした。

そこから何とか立て直し、レッドブル・グループとパートナーシップを組み、タイトルを獲ることができました。

【ダメなところはダメだと認めて】

 でも、それはたまたま人材や設備などが整ってきて機が熟すタイミングだったので、「浅木は上手くやることができた」と現場は考えていたのかもしれません。でも、実際に自分たちでやってみると、そう簡単じゃないと気がついたと思います。

 やっぱり、開発のトップがどういう時間軸でPUを開発しながら戦っていくのか、という戦略をしっかりと持っていないと、こんな事態になってしまう。この現実を目の当たりにするまでは、ここまでひどいことになるとは、たぶん現場の人間は思っていなかったのかもしれません。

 でも、この半年間の戦いを通して自分たちはちょっと甘く考えていたと、PU開発のトップが反省し、反撃に出るための作戦を練っていたはず。これまでの考え方をしっかりと修正し、組織の立て直しができたかどうかが今、問われていると思います。

 ホンダは夏休み明けのオランダGPに、大がかりなアップデートを施したPUを投入する予定です。これまでの厳しい戦いの裏側でアストンマーティンとともに準備を進め、一生懸命に開発を進めていたと思います。その成果がこれから出てくる。

 速い燃焼を実現することで燃費と出力を向上させる「高速燃焼」は、昨シーズンまでのホンダの強みでした。でも、アストンマーティンの車体に搭載されるホンダのエンジンは高速燃焼が起こっていますが、十分なレベルに達していないのではないかというのが私の見立てです。

 オランダGPでのアップデートは、より効率の高い高速燃焼を実現するために、ピストンや燃焼室に改良を加えてくると思います。

それでうまくいけば、開発チームの士気も上がっていきます。「一度は失敗したけれども、自分たちには能力があるんだ」と自信を取り戻して、巻き返しを図っていけばいい。

 アストンマーティンも、ホンダと同じ局面にあると思います。自分たちの車体のダメなところはダメだと認めて、パートナーシップを組むホンダとしっかりと意思疎通を図りながら開発を進めていって、なるべく早く中団グループまで上がってきてほしい。

【ホンダは今、岐路に立っている】

 マシン設計を手掛けるエイドリアン・ニューウェイさんは、レッドブル時代に一緒に戦い、何度もタイトルを獲得してきました。能力はありますから、今回のアップデートがうまくいけば、比較的早いタイミングで今のレッドブルの位置ぐらいまで戻ってくる可能性はあると思っています。シーズンが終わるころには「あの頃はひどかったね」と笑い話になるかもしれない。

 もちろん、うまくいかない可能性もないわけではありません。その場合は第4期でマクラーレンとパートナーシップを解消した時のようになるかもしれない。まさに今、ホンダは岐路に立っていると思います。

 それだけに今回のアップデートは非常に重要となりますが、後輩たちがきっとうまくやってくれると信じています。

 2026年シーズンからPUメーカーに対して、厳密なバジェットキャップ(予算制限)が導入されています。この連載のなかでも何度か触れていますが、開発予算を自由に使えた時代と異なり、現在のレギュレーションのもとでは「選択」と「集中」をいかにセンスよく実行できるかが問われています。

 開発がうまくいかずに成績が低迷している時は、できることは何でもやるという中途半端な「発散開発」になってしまいがちです。できることは何でもやれというのは、リーダーにとってはラクなんです。もし失敗しても「何でもやっていいって言ったのに、お前(部下)たちがちゃんとできなかったから、お前らのせいだ」と言い訳ができます。

 一方、「これに開発を集中するんだ」と部下に指示を出して失敗した場合は、その決断を下したリーダーの責任になります。「選択と集中」というのは簡単ですが、「これはやれ。これはやらなくていい」と決めるのは、思った以上に苦しいのです。

 私がF1プロジェクトに合流した約半年後の2018年シーズン、マクラーレンに代わってトロロッソ(現・レーシングブルズ)とのパートナーシップが始まりましたが、勝つためにはトップチームのレッドブルと契約しなければならなかった。

【リーダーの覚悟が問われている】

 レッドブルは当時ルノーと契約していましたが、ホンダはレッドブルに対して「ルノーよりも優れている」ということを証明しなければならなかった。もしホンダがレッドブルと契約できなければ、一度も勝てずに撤退するしか道はありませんでした。

 私にはそれほど時間の猶予がなかったので、「いいからやれ!」と強権発動したことが多かった。そのために部下から反発を招いたことも何度かありましたが、結局、PUの馬力が上がったり、壊れなくなったりするのを目にすると、開発チームの雰囲気が変わり始めました。そこまで来るのに1年半ぐらいかかりました。

 現在のホンダのPU開発リーダーも断固たる決意で、「選択」と「集中」をしていかなければならないと思っています。その覚悟が今、問われています。

(つづく)

◆第14回・後編>>ホンダで培ったリーダー論「部下の心はどんどん離れていく」


【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

川原田 剛●取材・文 text by Tsuyoshi Kawarada

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