たった1球で、空気が変わった。
全国高校野球選手権大会1回戦・日本文理(新潟)対大分商(大分)戦。
大分商は0対2とリードされ、なおも無死一、二塁。打者へのカウントも2ボールとなったところで、大分商ベンチは早くも先発右腕の米田泰志に替えて、エース番号を背負った平田玲翔(れいと)をマウンドに送った。
【球場の雰囲気を変えよう】
平田はこの回、ブルペンで捕手を座らせて投げたのは10球にも満たなかった。それでも平田はベンチに向かって「いける」と合図を送る。那賀誠監督の「いってこい」という言葉に送り出されて、平田は小走りでマウンドに向かった。
内心、こんなことを思っていたという。
「楽しい場面をつくってくれたので、米田に感謝ですね」
身長188センチ、体重80キロ。長身の平田がマウンドに立つと、その体はさらに大きく見える。投球練習を終えて投じた初球、150キロのストレートが捕手・伊東大雅のミットにめりこんだ。
甲子園球場の場内が「おぉ~」とどよめく。その瞬間、甲子園は平田によって支配された。二塁を守る中野斗真には、平田のボールがこう見えたという。
「めちゃくちゃ速く見えました。『バチッ!』と決まって、球場の雰囲気が変わったように感じましたね」
この時の心境を試合後の会見で聞かれた平田は、不敵に笑ってこう答えた。
「とりあえず球場の雰囲気を変えようと思っていたので。これは抑えられるなと思いました」
2球目には、自己最速まで1キロに迫る151キロを計測。この回はストレートで押し、ピンチを無失点で切り抜けた。
このシーンを境に、試合は完全に大分商のペースになった。
5回表には9番・菅原翔空(とあ)の適時打などで2点を奪って同点に追いつくと、6回、7回にも2点ずつを加え、試合を優位に進めた。
8回裏に平田が4安打を浴びて2失点を喫したものの、試合は6対4で大分商が逃げ切った。大分商にとってはじつに29年ぶりの甲子園での勝利だった。
【打者としても高校通算20本塁打のスラッガー】
報道陣の間では、平田について「森下暢仁2世」という声も飛んだ。広島でプレーする森下は大分商のOBである。
だが、森下が真上から投げ下ろすオーバーハンドなのに対して、平田は斜めの角度から右腕を振るスリークォーター。体の使い方が根本的に異なっている。
腕を振る角度について聞くと、平田は事もなげに驚きの投球術を明かした。
「(腕の)アングルは途中で変えています。スライダーを横に曲げたい時はちょっと斜めにしたり。真っすぐもバッターの目が慣れてきたと思ったら、下から投げたり、上から投げたりして変えます。球の軌道が変わると、打ちづらいじゃないですか」
実際に投球を見た限りでは、そこまで腕の角度を大きく変えていた印象はなかった。しかし、本人にとっては大きな変化なのだろう。
「キャッチボールの時から、いろんな角度で投げて、『今日はこの角度が合ってるな』と確認しています」
腕の振りだけでなく、下半身の使い方も変幻自在だ。2段モーションで投げたと思ったら、次はクイックモーションで投げることもある。ただ速いストレートを投げるだけでなく、打者のタイミングを外す工夫も厭わない。
もともと制球力が課題だったが、冬場にコンパクトな投球フォームへと修正したところ、コントロールが安定。今夏は大分大会で最速152キロをマークし、プロスカウトの評価も高まっている。
一方で、平田には野手としての高い資質も備わっている。
甲子園のマウンドに上がった喜びと、甲子園の打席に立った感動は、どちらのほうが大きかったか。そう尋ねると、平田は「打席です」と答えた。
「ピッチングは楽しむ形、バッティングはフルスイングする形。気持ちの面では、バッティングのほうが楽しかったですね」
【自信があるのはピッチャー】
そう語る平田だが、野手としてプロに行く気は毛頭ない。別の取材日に「投打どちらでプロに行きたいですか?」と聞くと、「ピッチャー一本です」と即答だった。
念のため、「スカウトから野手として評価されても、投手で行きたいですか?」と尋ねても、平田は「ピッチャーです」と答えた。
なぜそこまで投手にこだわるのか。平田はこんな思いを口にした。
「自信があるのはピッチャーなんで、高いレベルで勝負したいです。マウンドという一番高い場所で、注目されるなかで投げたいんです」
ただし、投手・平田玲翔が大成するためには、クリアすべき課題も多い。
この日はピンチの場面で二塁の中野から「ギアを上げろ!」と声をかけられ、平田は出力を上げてなんとか対処した。
その一方で、平田にはとっておきの武器がある。日本文理戦で投げた変化球はスライダーとチェンジアップだけだったが、本来の決め球であるスプリットは投げなかった。大分大会で右手中指のマメが潰れた影響もあり、あえて回避したのだ。
遊撃を守る菅原は、平田のスプリットについてこう証言する。
「スピードがあって、落差もあります。(大分大会準決勝の)明豊戦でもスプリットでたくさん三振を取っていました」
次戦までに調整が進めば、スプリットも解禁されるだろう。
そして、身体的にも大きな伸びしろが残されている。高校入学時から身長は5センチ伸び、体重は15キロも増えた。それでも、平田は「まだ身長も少しずつ伸びています」と明かす。
将来はどんな選手になっていきたいか。
「まだまだ完成形は見えないんですけど、世界でもトップレベルのピッチャーを目指していきたいです」
無尽蔵の可能性を秘めた大器は今夏、自分の理想像にどこまで近づけるのか。次戦は8月13日、英明(香川)との2回戦が予定されている。
菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi










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