【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第15回(後編)

◆第15回・前編>>「ホンダのPUだけでなく、アストンマーティンの車体も失敗作」

 第11戦ハンガリーGPを終えたF1は、約4週間の夏休みに入っている。そして第12戦オランダGP(決勝8月23日)から、いよいよ2026年シーズンの後半戦がスタートする。

 日本のファンが注目しているのは、何と言ってもアストンマーティン・ホンダだ。ハンガリーではアストンマーティンが車体の大型アップデートを持ち込み、パフォーマンスを大幅に向上させた。そしてオランダでは、ホンダが待望の改良版パワーユニット(PU)を投入する。

 前半戦は低迷していたアストンマーティン・ホンダがどこまで浮上してくるのか? PU開発競争のポイントは? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

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【F1】元ホンダ・浅木泰昭に聞いた改良版パワーユニットの実力...の画像はこちら >>
 シーズン後半戦の幕開けとなる第12戦オランダGP(決勝8月23日)と、その2週間後の第13戦イタリアGP(決勝9月6日)は、開催されるサーキットの特徴がまったく異なります。

 オランダのザントフォールトは、中高速コーナーが連続するハイダウンフォース仕様のテクニカルサーキット。イタリアのモンツァは、長いストレートとシケインが組み合わされたローダウンフォース仕様の超高速サーキットです。 

 特性が異なるサーキットでの2レースで、ホンダがアップデートしてきた改良型PUがどの程度性能をリカバリーしてきたのか、いろいろと見えてくるでしょう。

 他社もPUの開発が進み、どんどん性能もよくなっていきますので、ホンダのリカバリースピードとの競争になっていくと思います。それが後半戦の見どころのひとつですが、ホンダは意外に早く元のポジションに戻れる可能性があるのではないかと考えています。

 私がPUの開発責任者としてトロロッソ(現在のレーシングブルズ)に供給するPUで高速燃焼の開発をしていた頃は、まだ高速燃焼そのものすら自分たちの手の内にしていませんでした。だから高速燃焼によってエンジンの馬力が大幅に上がってくると、いろんなところに想定以上の負荷がかかって壊れました。

 たとえば、シリンダー内部のメッキがはがれてしまったり、ピストンが圧力に耐えきれずに破損してしまったり......。それらを直して信頼性を向上させながら改良版のPUを実戦投入して、高速燃焼の制御を一生懸命に学んでいきました。

【ホンダの開発陣はわかっている】

 でも今、高速燃焼を元のレベルに戻すだけであれば、信頼性を確保するためにPUを改良する必要はありません。2026年に導入された新しいレギュレーションでは、圧縮比も燃料流量も以前よりも下がり、馬力も落ちていますから。

 高速燃焼が元のレベルに戻って馬力が上がったとしても、シリンダーやピストンが壊れたりすることはありません。軽量化は進める必要があるかもしれませんが、それで壊れたところがあれば、また元に戻せばいいだけです。 

 とにかく、1回見たこと、やったことがあるレベルに、どれくらいのスピードで戻ってくることができるかが、今のホンダに問われています。そこまでたどり着いたら、ようやく開発は次のフェーズに入っていくことになります。 

 まずはオランダとイタリアの2レースで、アップデートされたPUがどのくらいのレベルで昔の燃焼に戻っているのかを、実戦を通して検証していくことになります。ただ、ホンダの開発陣は改良したPUがどれくらいの馬力を出しているのか、すでにベンチテスト(台上試験)でわかっていると思います。

 また、加速度などの各種データも分析しているはずです。ライバルのPUはどれくらいの馬力が出て、ホンダとの位置関係はどうなっているのか、というのも把握しているでしょう。

 今後の開発に関しては、ホンダがライバルの状況をどう評価・分析しているかによって変わってくると思います。

「他社は圧縮比と燃料流量が引き下げられる前よりも、さらに効率が上がっている」と分析しているのか、それとも「他社も昨年までのレベルに戻すことに精一杯だ」という分析をしているのか。

 相手の様子を見ながら、開発の戦略や方針を決めていく必要があります。それはつまり、開発リーダーの戦い方のセンスが問われることにもなります。

「他社は圧縮比と燃料流量が引き下げられる前よりも、さらに効率が上がっている」という分析結果になっていたとしたら、これからの開発は簡単ではないでしょう。「他社がレギュレーションのグレーゾーンを使って、どうやって効率を上げているのか」というのを見つけると同時に、新しいアイデアを考えて、自分たちのPUの性能をさらに向上させていかなければなりませんので。

【いずれトップ争いに絡んでくる】

 ホンダのモータースポーツ活動に関わる研究開発が行なわれているHRC Sakura(栃木県さくら市)の開発陣は、相当悩まなければならないでしょう。でも、それが本当の意味でのF1の開発競争です。

 先行するライバルに追いつこうと思ったら、相手も時間の経過とともに馬力を上げていきますから、自分たちはライバルよりも急な角度で性能を向上させていく必要があります。そうじゃなければ、いつまで経ってもライバルに追いつけません。相手よりも性能向上の角度を上げて、はじめて追いつくことができます。

 角度を上げるということは、「テストの回数×テストの成功率」です。新しいアイデアを出して、テストの成功率を上げて、性能向上の角度を急にすれば、いずれ追いつきます。ただ、今はバジェットキャップ(予算制限)がありますので、無駄な開発ができません。

一つひとつのアイデアの成功率の勝負になっていくと思います。

 でも、今のホンダはまだそこまで到達していません。繰り返しになりますが、昔いたところにいつ戻れるのか、というスピードを問われている段階だと思います。

 ホンダは今回のPUのアップデートによって、中団グループで安定して戦えるようになれば、"御の字"だと思います。

 車体のアップデートで競争力が大幅に向上し、ハンガリーGPでフェルナンド・アロンソ選手が予選で今季初めてQ2に進出しました。PUのアップデートなしでそこまで行っているのですから、これからはQ3進出(トップ10)を狙えるようなところまで行ってほしい。

 改良型の車体もリリースされたばかりで、これから最適化がどんどん進んでいくと思います。最終的にはQ3の常連になってもおかしくはありません。

 ホンダは今シーズン、PUの開発に一度は失敗しましたが、私は後輩たちの能力を疑っていません。彼らはレッドブルとともに何度もタイトルを獲得し、2023年には22戦21勝という前人未踏の大記録を打ち立てました。いずれはアストンマーティンとともにトップ争いに絡んでくると思っていますので、今は開発のスピード感を見せてほしい。

【F1は開発もスピード勝負の世界】

 今回のアップデートは、2027年に向けての第一歩という見方もあるようです。

ですが、私はこの後半戦が勝負だと思います。「来年が勝負......」などと言っているようでは、ずっとダメな可能性もあります。

 F1はコース上の戦いだけでなく、開発においてもスピードの勝負です。時間との戦いなんです。そこを理解したうえで「来年が勝負」と言っているのであればいいですが、「時間をかけてやっても大丈夫」と思っているのなら話になりません。来年はライバルも進化してくるのですから、後半戦でできるだけトップグループに迫ってほしい。

 そのためには先ほど話したように、急な角度でPUの性能を向上させていかなければなりません。「後半戦に入ってホンダがこんなに伸びてくるのは想定外だった」と、後輩たちにはライバルに言わせてほしいですね。

(第16回へつづく)

【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。

2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

川原田 剛●取材・文 text by Tsuyoshi Kawarada

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