この記事をまとめると
■メルセデスのEクラスをベースにした「ボシャート B300」というカスタムカーがあった■ガルウィングドアが特徴となっているほか、ヒンジ式ドアのモデルも用意されていた
■300台限定で4000万円弱の価格設定だったが、ガルウイング仕様は1台しか売れなかった
メルセデス・ベンツファンの間で論争が起きた1台
1980年代のドイツはカスタムカーやスペシャルチューニングモデルの天国だったこと、ご承知のとおり。AMGやケーニッヒ、シュトロゼックにDP、シュニッツァーなど枚挙にいとまがないとはまさにこのこと。クルマの出来ばえについてもバリエーション豊富で、玉石混交を通りこして百鬼夜行の体をなしているかと。
そんなドラマに登場したボシャートB300は、ちょい役だったことは否めませんが、我々に与えてくれたインパクトは主役級! なにしろ、300SLガルウィングを本気で凌駕しようと生まれた意欲的モデルなのです。
やはりメルセデス・ベンツ300SLは永遠のアイドルなようで、1980年代のドイツでそれを復活させようとしたのが当初のモチベーションだったようです。
この壮大な夢を実行に移していった勇者の名はヘルトムート・ボシャート。彼の名は、B300とともに語られることがほとんどですが、どうやらスタイリング・ガレージ(これまたドイツの夢のようなスペシャルカーメーカーで、代表作はなんといっても300SLガルウィングの精巧なレプリカ)と深い関係があった模様。
で、ヘルトムートとしては、「いまの時代にガルウィングがないなら、作っちまおうぜ」てなノリで、ベースに選んだのはW124のクーペでした。素人考えとしてはSLをベースにして、ハードトップ化、その後にガルウィングドアを装備ってのがスムースな気もしますが、ヘルトムートはちょっと変わっているのかもしれません(笑)。

バウハウスに代表されるように構築デザインに関してドイツ人の右に出るものはいません。クーペがベースでもさぞかし、すごいカスタムモデルが出来上がるかと思いきや、なんだかパースがおかしなケーブルカーのようなプロポーション。

前から見ればR129のSLで、リヤスタイルはW124クーペっぽい、横から見たら山高帽みたいなシルエットですから、新鮮を通り過ぎて斬新、アバンギャルドな領域かと。
ガルウイング仕様は世界に1台だけ!?
このセンスを理解しなかったのか、メルセデス・ベンツはフロントノーズにあったスリーポインテッドスターの使用を差し止めています(プロトタイプでは使っていたものの、市販仕様ではボシャートのマークに変更)。

それでも、やっぱりヘルトムートのコンセプトはしっかりしたもので、Cピラーを25センチ前進させることで前後重量バランスを最適化。

この時代のことですから、KKK製ターボチャージャーにベアーのインタークーラーという鉄板コンビだったのではないでしょうか。
ちなみに、マニュアル5速という仕様もベンツのクーペといえばATしか思い浮かばない我々日本人にとってはかえって目新しいですよね。

キモとなるガルウィングですが、クーペをベースにしただけあって後部座席へのアクセスも容易にする幅広いものとなっています。それゆえ、ウインドウガラスには苦労したようで、プロトタイプでは途中で分割されたスプリットタイプを採用。生産型では一枚ガラスになったようですが、ウインドウは下まで下がりきらないはず。
また、インテリアにもこだわりまくるという当時のトレンドにしたがって、すべて特注のレザーでくるまれ、ガルウィング化にともなって太くなったサイドシルまでレザー張り。フロントシートは、よりスポーティになるようR129のものへと交換されていますが、ここらへんは顧客のオーダー次第でいかようにもカスタマイズできたのかと。

ヘルトムートは完成したB300をフランクフルトショー(IAA)に出品し、限定台数300台と打ち出しました。それなりに反響はあった模様ですが、顧客のほとんどはガルウィングでなく一般的なヒンジドアを持ったクーペのほうに興味があったようで、市販されたガルウィングモデルはなんと1台のみ! 価格は16万5000マルクで、当時のレートでいえばおよそ4000万円弱。
オリジナルの300SLが買えそうな金額だったためか、300台という数字にははるかに届かなかったとのこと。
夢があふれるような時代に咲いた、ちょっと変わった大輪の花、ボシャートB300を見ているとそんな感慨にふけるばかりです。