摺動部をスムースに動くようにするなどの意味がある

昭和の時代、新車を購入するとまず慣らし運転を行うのが慣例だった。たとえばエンジンの暖気を十分に行い、走り出してからも回転数は3000回転以下に抑える。トランスミッションの操作はゆっくり行い、速度も抑えて走るなど。

そんな慣らし走行を少なくとも5000kmは行うと良いといわれていた。オイル交換も最初は1000kmごとに。その際にはオイルフィルターも交換するのが理想とされていたのだ。しかし、僕が受けた武蔵工業大学機械工学部内燃機関工学の授業では、自動車エンジンの権威である故・古浜庄一教授から「必要なのはオイルの量が十分かどうかで、新しいか古いかは大きな問題ではない」と教わった。つまり交換しなくても、量を管理して減ったら継ぎ足せばいいのだと。



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その後、レース界に身を置くと、レースエンジンの慣らし走行というのは行われなかった。その代わりにブレーキの焼き入れ、トランスミッションやデフの慣らし、タイヤの皮むきといった作業が求められた。レースエンジンの場合、すでにエンジンベンチテストで十分な慣らし運転が行われていて、実走行での慣らしは不要だったわけだ。ブレーキはディスクとパッドの両方を焼き入れし、即レースに使えるよう準備しておく必要があるため、レースウィークでは練習走行のはじめに数セットのブレーキ慣らしをしながらマシンとコースのコンディション確認を行ったものだ。



そもそも「慣らし」にはどんな意味があるのだろうか。エンジンでいえばベアリングやピストンなど摺動部がスムースに動くようにし、細かな加工バリや組み込みのアンバランスなどを修正する意味もある。これを行わずにいきなり高負荷・高回転でエンジンを回すとベアリングやピストン、シリンダーなどに傷が付き、後々焼きつきを起こしてしまったり、パワーダウンの原因になったりする。

また長期間に及ぶ車両保有期間で最高性能を維持していたいという思いも込められていただろう。



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ポルシェには取説に慣らしの記載があった

僕が所有していた1993年製のポルシェ911ターボの取り扱い説明書には「慣らし運転」に関して記載があった。



「少なくとも最初の1000kmを走行するまではエンジン回転数を5000回転以下にするとエンジンの寿命や性能に良い影響を与える」と書かれている。



またブレーキに関しても「最初の200kmは利きが甘く、大きな踏力が必要です」とある。しかし、エンジン性能曲線図を見るとエンジンが5000回転だと1速では50km/h、2速では90km/h以上、3速だと130km/hに達してしまう。つまり、一般道を普通に走行するなら暖気だけ気をつければ特別な「慣らし運転」は必要ないことになるわけだ。



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ポルシェは新車時から寿命が尽きるまでつねに最高性能を引き出せるクルマであり続けることを使命としていて、取説にもこのような記載があるのだといえる。速度無制限区域のあるアウトバーンが主戦場のポルシェならではの取説なのだ。ポルシェに限らず、長期間に及ぶ使用を目的とする工業製品ならば必ず慣らしを行う必要があり、その方法はメーカーが示しているものだ。



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では近年の国産車はどうなのだろうか。最新の自動車生産技術は驚くほど精度が高まっていてピストンやシリンダー、ベアリングなどの完成度や組み込み精度も高い。機械加工のバリなどもなく、特別な慣らし運転を必要としていない。

一般道を普通に走行していれば必要にして十分な性能の維持が可能となっている。ブレーキも一般道の通常走行をするなら、何の気配りも必要ない。普通に走り、普通に減速すればそれで十分といえる。



ただ、新車をサーキットで走らせようとするなら話は別だ。市販車は一般道の走行を前提に設計されているから、サーキットでの全開走行のような高負荷での使用を前提としていない。ベアリングやピストンとシリンダーの組み合わせ、隙間など、熱膨張の程度も通常走行で最高のバランスとなる。サーキットを走るならエンジンやトランスミッションオイル、ブレーキフルードのグレードを変更して入れ直さなければならないし、200km/h以上出せる高性能車ならタイヤに関してもより順序よく慣らししていかなければならない。

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