市販車からレーシングカーまで開発する研究施設

ヴァイザッハはドイツ・バーデンヴュルテンベルク州にある小さな村。そこにはポルシェの研究開発センターがあり、ポルシェ・フリークならその名を知らない人はいないのではないだろうか。ポルシェ本社のあるシュツットガルトから北西に約30km。

ドイツを観光で訪れ、ポルシェ本社近くにある「ポルシェ・ミュージアム」を見学しヴァイザッハにまで観光の足を伸ばす人も多いだろう。だが、近年はヴァイザッハの役割がより高度で重要になり、一般人の見学は許されなくなっているという。



僕がヴァイザッハを訪れたのは2001年のことだった。例のポルシェ911によるワンメイクレース「ポルシェ911スーパーカップ」のモナコGPラウンドへの出走が霧消と化し、その代替としてオファーを受けた同シリーズの「スパ・フランコルシャンGPラウンド」への参化条件として、ヴァイサッハを事前に訪問しテストを受けることとなったのだ。



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フランクフルト空港で三菱自動車の現地オフィスからギャランVR4をお借りし、ヴァイザッハが指定したホテルに向かった。ギャランVR4は当時唯一カーナビを備えたモデルがラインアップされていたが、空港で購入するのが当たり前となっていた「ドイツ国内ルートマップ」も手に入れて向かったのだ。



フランクフルト空港からハイデルベルグ、カールスルーエをアウトバーン5号線で南下し、約3時間のドライブでヴァイザッハ村に到着した。すでに夕刻となっており食事をしたかったが、レストランらしき店が皆無。仕方なくスーパーを見つけ「ピザパン」とコーラを買ってホテルに向かった。村で唯一のスーパー内には「ポルシェ」のエンブレムの入ったウェアを着たヴァイサッハの職員と思われる客が多勢いて、いかにも「ポルシェの街」といった雰囲気だったが、街なかはあまりにも殺風景で寂れており、そこに住むのは気が引けた。



ホテルは村はずれの細い田舎道沿いにある、材木工場に隣接して立てられた「ビジホ」だが、すでにフロントはクローズドしていて無人状態。花壇の下に隠されたキーを自分で探し出して勝手にチェックインするというのが利用方法だった。



初めてのマシンで走ってコースレコードのコンマ5秒落ちを記録!

翌朝、いよいよヴァイザッハ研究所に向かう。研究所の周囲は美しい田園に囲まれ、目を奪われていると、対向車線を2台のテスト車両と思われるポルシェ車がもの凄い勢いで現れ、あっと言う間に過ぎ去っていった。どうやらテストセンターは近いようだ。



写真でしか見たことがなかったヴァイザッハの門前に到着し、受付で担当者を呼び出してもらう。ほどなく広報の女性が登場し、施設内をいろいろと案内してくれた。その際にアテンドとして若い男性スタッフも同行。聞けば彼はまだ18歳のオーストラリア人で、英語が話せるということで世話役として呼び出されたという。



18歳の若者がポルシェの聖地「ヴァイザッハ」でどんな仕事をしているのか訊ねると、じつはまだ入社して3カ月目だという。ポルシェ社で働きたくて3カ月前にヴァイザッハを訪れ、門を叩いて「何か仕事をさせて」と頼んだらしい。すると対応してくれた人事担当者が「君は何が出来るのか?」と聞くので「クルマの運転なら出来ます」と答えたという。すると「それならテスト・ドライバーになりなさい」ということでテスト・ドライバー部門に配属されたのだという。日本の常識で考えたらあり得ないような、なんとも羨ましい話しじゃないか。



彼とヴァイザッハの社員食堂で昼食を取り、テストコースエリアに移動する。そのなかにレーシング部門専用エリアがあり、ドライバーズロッカーにはポルシェ・ワークスのレーシングギアが何十着も掛け並べられている。サイズの合う物を選んで着てくださいと案内され、アンダーウェアからヘルメットまで一式を借り揃え着替えた。



ポルシェファンの聖地ヴァイザッハ! 若き日の中谷明彦が体験した「日本の常識」が通じない世界とは



そしてテストコースのピットへ移動。途中、レーシングカー専用ガレージがあり、なかを覗くとプロトタイプのレーシングカーが置かれていた。どうやらGT1の発展モデルのようだったが公開されていない。聞けばヴァイザッハではポルシェ社が「ゴーサイン」を出せばいつでもガレージからマシンを引き出し、ル・マン24時間レースで闘える準備をしているのだという。その年はル・マンに参戦していなかったが、準備だけは毎年万全に整えているのだと。さすがポルシェはル・マン参戦にブランクがあってもつねに強い理由がわかった。



コースサイドにピットエリア(といっても屋根もないただの作業スペース)にいくと純白の911スーパーカップ仕様が2台並べられていた。1台はシェイクダウンを行う新車だという。そしてもうひとり、レーシングスーツを着た小柄な女性ドライバーがスタンバイしていた。

彼女はバニラ・イクス。そう、あのベルギーが誇る天才レーサー・ジャッキー・イクス氏の愛娘である。



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ブルーの瞳が魅力的で小柄なバニラ氏だが、レースでの走りは勇猛果敢で一目を置かれているらしい。どうやら僕と同じ、彼女の地元でもあるスパ・フランコルシャンラウンドで911スーパーカップにデビューするらしく、その準備のためヴァイザッハで合宿トレーニングを積んでいるらしい。デビュー戦からヴァイザッハワークス体制なわけだ。ジャッキー・イクス氏の影響力の大きさがわかる。



トレーニング用車両で周回を重ねるバニラ氏。僕は新車のシェイクダウンと自身のコースへの習熟が求められ、ゆっくりと周回しながらペースアップしていった。



夕刻までみっちり走り込み、ピットサインが出てピットイン。タイヤがすでに使用限界に達していたので走行終了と指示された。僕はニュータイヤの感触を掴みたいと申し出たのだが、「もうコースレコードのコンマ5秒落ちのタイムが出ているからこれ以上速く走らなくていい」と却下されてしまった。件のオーストラリア人男性が「君がバニラより速く走っているからバニラが機嫌悪くしたんだよ」とこっそり教えてくれた。



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ということで、未知のコースでもそこそこ闘えるという感触を掴み、ヴァイザッハを後にした。スパ・フランコルシャンのレースはそれから2週間後。一旦帰国するか、そのまま居残ってレースデイを迎えるか悩ましいところだったが、滞在費用を押させるため安いチケットで帰国することにした。そして迎えるスパ・フランコルシャンで起こったこととは。また別の機会にリポートさせていただきたい。

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